第百八十三話 勇者になんか選ばれない
「魔王ってのは隣国のグラウェル国の王様のことさ、このフメット国をずっと狙っている。だから勇者が選ばれたんだ、この劇は本当の話を演劇にしたものだよ」
通りすがりの人間はそう言ってすぐに去っていった、なんというか物騒な話を聞いた気がする。グラウェル国がこのフメット国を狙っているからといって、それを大々的に演劇などにしていいのだろうか。宿屋に戻ってそのことを仲間と話してみた。
「勇者って他の国の王様を狙っていると公言していいのか、なんだか凄く物騒な話になってきたんだが」
「はい、そうですね。ですが歴史書にもあるように、敵対国のことを貶める言い方をすることはあります」
「うーん、難しくてよく分かんないや」
「所謂プロパガンダでごさいますね、意図をもって特定の主義や思想に誘導する宣伝戦略のことです。この場合はフメット国には勇者という神に選ばれた人間がいて、グラウェル国という悪の国を倒すというふうに思考を誘導していくのでございます」
「王様や貴族が好きそうな都合の良い話だ、意図的な宣伝活動だとすると面白くないな」
「はぁ、そういう教えもあるのですね。神に選ばれた、神が本当に選んだのでしょうか」
「そんなに簡単に神様って人を選んだりするの」
「本物の神様はともかく、上の政治をする方々からは選ばれた勇者なのでしょう。私としては凄く興味深いのですが、どうせ皆さん安全策をとって関わらないようにされるのでしょう」
「面倒な国家間の話には関わりたくない」
「神よ、闇のあるところに、光をもたらすことができますように」
「よく分からない政治の話はいいや」
「そうですか、それでは仕方ありません。私はこっそりと勇者様一行を覗きに行きたいと思います」
宿屋に戻って話し合うと3人は勇者には関わらないとしたのだが、ミゼだけは好奇心旺盛で間近で勇者を見てみたいと言いだした。黒猫一匹だけだったら王城に入っても、無礼だと切り捨てられたりはしないだろう、それならばミゼはしたいようにすればいい。俺たちは宿屋で風呂を借りて、それぞれが寝る体勢に入った。ミゼだけが夜のフメットの都へと消えていった、あれで意外と慎重な奴だから無茶はしないと思う。逆にすると小心者だとも言えるが、いざとなれば中級魔法までは使えるのだ。その夜は何事も起きずに済んだ、ミゼはいつの間にか帰ってきていて眠っていた。
「ディーレ、いつもの援護を。ファン、前に出過ぎるなよ!!」
「はい、分かりました」
「分かってる、いつもどおりにね」
俺たちはフメットの都にある迷宮に来ていた、金を稼ぐにも運動をするにもここが一番だ。低い階層は他の冒険者に譲ったり、ディーレの精密射撃で片付けて深い階層に潜っていた。ジャイアントが出るくらいの階層だ、それ以上深くにはもぐったことがない。とにかく今はジャイアント数匹を相手にしていた、ミゼの奴は朝飯を食べるとふらりとまた出かけていったので不在である。俺はジャイアントの足をフレイルで潰していった、いつものように背が高い相手には効果的だ。ファンは俺が地面に倒したジャイアントに向かっていきその首を刈り取った、ディーレの援護射撃は的確で目から風撃弾を撃ち込まれて死んでいく個体もいた。暫くすると俺と仲間たち以外は動かなくなった。
「今日はミゼがいないから交代で見張りをするか」
「はいはーい、僕が見張りをするよ。だって剥ぎ取りは苦手なんだもん」
「はい、分かりました。僕とレクスさんで剥ぎ取りですね」
ジャイアントは大きいから剥いでいく皮の部位が重要になる、柔らかそうな皮の部分を剥ぎ取っていった。胸のあたりに穴をあけて魔石を回収するのも忘れない、ファンは時々欠伸をしていたがしっかりと見張りをしてくれていた。なかなかこの階層まで来る者はいないが、全くいないとは言い切れない。魔石や皮を回収した後のジャイアントは『火炎嵐』で軽く焼いておいた、簡単にジャイアントの皮が回収できると噂がたつと困るからだ。それじゃそれをやったのは誰だという話になりかねない、今の俺たちの身分はただの行商人だ。それが終わると迷宮を出た、まだ昼だったので飯を食べたら劇場に行くことになった。
「今日のは神の生誕劇のようだな」
「わぁ、楽しみです。神よ、僕たちに日ごとを楽しむ心を今日もお与えください」
「えへへっ、神様ってどういうモノなのかな。楽しみ!!」
それから始まった神の生誕劇はまず世界がどうやってできたのか、そこから始まった。かつては混沌とした海だけがあり、そこにディース神をはじめとする神々や島々が生まれていった。神々は皆それぞれに役割をもち、ディース神を中心として世界は回り始めた。だが、ある時に悪の神が生まれてディース神に逆らった、そこから七日間もかかった神々の戦いになった。悪の神は生まれてからモンスターなどの仲間を増やしていったが、ディース神も人間をはじめとする生き物を生み出した。七日間続いた神々の戦いにディース神は勝利し、悪の神は辺境へと追いやられた。悪の神の力はグラウェル国へと引き継がれることになり、ディース神はフメット国を見守っているとそこで神話の演劇は終わりだった。
「最後がとってつけたような話だが、神話自体は面白かった」
「教会で何度も聞いた話ですが、演劇で目にするとまた違った想いが浮かびます」
「そうか、人間ってああいう神様を信じてるんだ」
「人間の信じている神様は沢山あるぞ、ファン」
「そうです、僕はパルム神の信者です」
「ああ、そっか。ディーレの信じている神様はまた違うんだね」
そうして演劇を見終わって宿屋に帰ってみるとミゼが爆睡していた、夕食に行くから起こしたがそれがなければ朝まで寝ていたに違いない。一体何をしているのだろうと気にはなったが、まぁ大したことじゃないだろうと思った。本当に勇者とやらがいる王城に行くのならば、こんなに短時間で戻ってはこれないからだ。寝ぼけているミゼを連れて、夕食を食べに行った。適当に料理を注文して、お喋りしながら食べた。夕方で一番活気があったから、こっそりと喋っているミゼのことも誰も見ていなかったはずだ。
「それでミゼ、お前は何をやってきたんだ」
「王城の周囲にいる猫たちへの聞き込みでございます、勇者一行は確かに王城にいるそうです」
「そこからはどうするんだ、王城へ忍びこむ気か」
「そうするつもりでしたが、思ったよりも警備が厳しくて困ったものです」
「まぁ、ほどほどに頑張れよ」
「なんと!?その成果をまるで期待していないご様子。意地でもこのミゼは頑張ってみせます!!」
そう高らかに宣言してミゼは夕食を食べるとまた出かけていった、ミゼは寝たい時に寝て動きたくなれば動くという奴だ。今回も勇者一行と会うまでは頑張るかもしれない、あまり使えないようでいて時にとんでもない行動に出るのがミゼという猫だ。もし城で何かあったらミゼを従魔にする権利を譲渡してやろう、王城などで何もせずにただ飯を食って惰眠を貪る、ミゼにとっては最高の生活かもしれないわけだ。
そんなことを考えていたら、次の日の朝になってもミゼが帰ってこなかった。『従う魔への供する感覚』にも異常なしと短い返答があるだけだった、厄介なことには巻き込まれていないようだが、しばらくミゼは戻ってこないかもしれなかった。そう伝えると少しファンが寂しそうだった。ミゼ抜きで朝食を食べにいったが、やっぱりいなければいないで厄介なのがミゼなのだと思った。なんとなく消極的に食事を皆で終えた時、通りの方が賑やかになった。
「勇者さまの一行だよ」
「剣を持ったのが勇者さまだ」
「その剣は誰も敵う者がいないとか」
「そのお傍にいるのは聖女さまだよ」
「聖なる魔法で悪魔族もいちころだって」
「後ろに控えているのが賢者さまさ」
「数百の魔法が使えるんだって」
「ずっと後ろにいるのが聖者様代理だ」
「聖者さまはまだ見つからないんだって」
通りを皆が噂しているとおり、とても賑やかな一行が豪華な屋根のない馬車に乗って、俺たちの目の前の大通りを通っていった。そして、俺の見間違いであって欲しいんだが、勇者たち一行の馬車に何故かミゼは堂々と乗っていた。時々、聖女から頭を撫でてもらっている。あの馬鹿はまだ面倒事に俺たちは巻き込もうとしているようだ、慌てて俺たちは店の奥に引っ込んで姿を隠した。そんな俺たちのことを追いかけて、聖女と呼ばれる女の声が聞こえた。
「聖者を名乗る者よ、勇者の御前にはせ参じるように」
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