第百八十二話 掴んだけれど残らない
「うーん、何故なんだ」
「レクス様、ここで叫び散らさなくなっただけ、大人になりましたね」
「喧しい、俺はもう19だぞ」
「はい、4年前はそれはもう声高々と喚き散らしていらっしゃいました」
「今すぐに忘れろ、その記憶を」
「嫌です、私の心の中にそっと黒歴史として記憶しておきます」
「………………」
「そして、そんな私の記憶の操作もできないレクス様。なんということでしょう、あまりに不憫で涙が出てきそうです」
魔法での記憶操作は気軽にするべきでない、それをある実例として知った俺は精神魔法をなるべく使わないことにした。ミゼの奴め、余計なことはよく覚えている奴だ。それは別にいいのだが、祝福されし者への修行がどうも上手くいかなくなった。以前にも霧になれなくなったりしたので、力の反動かその力の操作自体を上手く覚えていないからだと思う。少し前の事件で世界という大きな力の中に入り、そこに会った高位ヴァンパイアたちの包囲網を破壊してしまった。その時は多少の体への反動ですんだのだが、しばらくしたら今度は全く世界の力が使えなくなった。これが非常に悔しい、掴んだと思ったものが失われるのは辛い。
「何故なんだろうな、さっぱり分からん」
「うーんとね、レクスは成長期なんだよ」
「成長期、それならずっと俺は成長期だが」
「そうじゃなくて世界の力の成長期、今は少し休んで体に力がついてくるのを待った方がいいの」
「そのうちに体が自然とついてくるのか」
「そうなるかもしれないし、ならないかもしれない。本当はもっとゆっくり成長するものだから」
「なんとも曖昧な話だな」
「レクスはドラゴンで言ったら、100年分の成長を1年も満たないうちにしようとしてる。無理がでるのも当然だよ」
ファンの言葉にはなるほどと頷けるだけの力があった、なんといってもファン自身が太古の生き物であるドラゴンだ。俺の成長はそんなに無理をしていたのか、でも成長するまで100年もかかっていたら、人間ならばとっくに死んでしまう。ドラゴンも祝福されし者も太古の生き物だけあって、生きている時間の長さが違っていると感じるのはこんな時だ。まぁ、俺も草食系とはいえヴァンパイアだから寿命はそこそこ長いと思う。100年もかけるわけにはいかないが、少し長い目線で自分が成長するのを見守ることにした。
「その間、ディーレたちにも迷惑かけるな」
「レクスさん、僕は皆さんと会わなかったら、フロウリア国で死んでいたかもしれません」
「ああ、確かにあの頃のディーレは危なっかしいところがあった。……今も少しあるが」
「どうせ一度は死んでもいたかもしれない人生です、レクスさんたちと一緒に旅ができるのは楽しいです」
「そう言って貰えると気が楽だが、辛くなったらすぐに言えよ」
「もちろんです、仲間として報告や相談、体調管理は当然のことです」
「ディーレ、そういう意味じゃなくてだなぁ。はははっ、変わらないなお前は」
「僕は何は変なことでも言いましたか」
ディーレや仲間たちがついてきてくれるので、今も行く当てのない旅を続けている。目標はとりあえずは強くなることだ、強くなければ何もできない。最終的な目標としてはフェリシアを取り戻せるくらいに強くなることだな、これが凄く難しいことだ。フェリシアは最後の祝福されし者としてヴァンパイアの庇護者なので慕われている王だ、そこからフェリシアだけを切り離すのはとても難しい。だがフェリシア自身も境遇になんらかの不満があるようだ、助けてという言葉からもそれが分かる。だからできればフェリシアを助けたい、強くなりたい、そしてまた何故力が使えなくなったという思考に戻ってしまうのだ。ああ、悪循環だ。そんなことを考えていると次の国に着いた。
「フメット国だったな、芝居や劇場が人気だと聞く」
「そうなんですか、僕はそういうのを見たことがないです」
「僕も、僕も、見てみたいや」
「この時代の演劇でございますか、2.5次元と言うわけですね」
「見られたら見ていくことにしよう、まずは入国審査だ」
「はい、列に並びましょうか」
「都ってどこに行っても、門の前は行列だね」
「それだけ人が集まる場所だっていうことでしょう」
俺たちはフメットの国の都に入る行列に並んで待った、俺たちの身分証は相変わらず行商人のままだ。これが意外と使いやすくて便利なのだ、商業ギルドに毎年銀貨5枚納めないといけないが、それ以外は自由で何をしていても特に何も言われない。行商人ならといって泊めてくれる小さな村などもある、冒険者よりも身近で親しみやすい職業なのだろう。『魔法の鞄』があるので安い時に大量に食材などを買っておき、別の飢饉のところで売ったりもできる。現在は物は溜まっていく一方だ、偶に商業ギルドなどで迷宮の物などは売却している。
迷宮もあちこちに入り口があるから、日々の労働として金銭を稼ぐ目的で通うこともある。なんといっても一番は運動になるし、日々強くなれるから行っている。迷宮での運動はなくてならないものだ、魔の森でデビルボアやデビルベアなどと戦う時もあるが、迷宮のほうが敵が豊富で相手に困らない。最近、ミゼが戦闘に参加できないことが多く、サボりがちだが見張りという仕事はしっかりとしてくれる。対人戦の訓練として仲間同士で戦うこともあるので、そんな時はミゼも強制的に参加させている。愛玩用の猫だといっても、俺にはそれだけの為にミゼを使い魔にするつもりはない。戦える手段はできるだけ多く持っていた方がいい、そんなことを考えているうちに順番が来た。
「行商人で3人か、その割に荷物が少ないようだが」
「ああ、これから色々と仕入れる予定だ」
「ならばよし、入っていいぞ」
「そうか、どうも」
俺たちは通行税をそれぞれ銀貨2枚払って、フメットの都に入ることができた。都としては普通に見えたが、大きな劇場や小さい芝居小屋が通りに並んでいた。それはともかく都や街に入れたら行くところは一つだ。俺たちの場合は飯屋である。
「玉ねぎのスープの具はなしで、それに果物のジュースを二杯くれ」
「ええと、サーモンの焼き物にご飯、卵のスープをください」
「ここからここまで全部、それから肉入りのスープとご飯を頂戴」
「………………(ありがとうございます、ファンさん。ああ、久しぶりの白米でございます)」
フメットの都には珍しく米の飯があった、ミゼが好きな飯の一つだ。だからファンが一緒に注文していた、行商人で入国しているから喋る猫など連れて行けない。ミゼは人目があるところでは普通の猫のふりをしているか、こっそりと小声で話しかけてくる。とにかく俺たちは久しぶりに美味い料理を食べた、そのまま宿屋に行ってそれぞれが休みをとった。一休みすると次は観光相談である。
「この国にも迷宮があるから後で行くとして、劇場にでも行ってみるか」
「そうですね、ああ。神の生誕劇が見てみたいです」
「僕はドラゴンがカッコいい物語がいいな」
「さて、どのようなものが上演されているのでしょうか、楽しみでございます」
神の生誕劇やドラゴンの話は無かったが、冒険者が活躍する冒険物が劇場でやっていたので見てみることにした。とある冒険者が冒険にでるまでの少年時代や、冒険者になってからの時代、最後には冒険者は勇者として選ばれた者になって終わった。勇者というのは何かよく分からなかったが、なかなか面白かった、別の演目も見てみたいものだ。
「少しずつ成長していく少年は良かった、少し都合が良すぎることもあったが」
「神の導きを与える、聖女が気になりました。あの薄い衣装は聖女には合いません」
「うーんとね、面白かったんだけど、最後になる勇者っていうのがよく分からなかったな」
「ファンさん、勇者というのはよく魔王を退治に行ったりするお人好しのイケメンです。くそっ、よく考えたら演技者って皆アイドルみたいなものじゃないか、イケメンなど爆発炎上するがいい」
「魔王ってなんだ、そんなものがいるのか」
「はぁ、聞いたことがありませんね。悪魔族の王様のことでしょうか」
「ディーレの言うとおりだよ、ほえっ!?それを退治に行くのが勇者なの。それっていいのかな?」
「この世界では魔王は普通の王様のようですね、私の常識では世界征服を企んでいたり、仲間の魔族の為に人間を滅ぼそうとしてりしていましたけど」
俺たちが演劇について話し合っていると、通りの人から声をかけられた。ミゼはすぐに口をつぐんでごろにゃあんとファンに甘えていた、通りすがりの人はこう言っていた。
「魔王ってのは隣国のグラウェル国の王様のことさ、このフメット国をずっと狙っている。だから勇者が選ばれたんだ、この劇は本当の話を演劇にしたものだよ」
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