第百七十九話 自分が誰だか分からない
「お前が本物か、この殺人鬼!! 白金の冒険者レクス、覚悟しろ!!」
「……何を言っているのか分からんが、とりあえず『気絶』」
俺はフードを被って剣を振るったアムという女の子、白金の冒険者レクスとも名乗っていた少女をとりあえず魔法で気絶させた。精神魔法は相手との力量差によっては失敗するがさほど抵抗もなく成功した、さて気絶させたからには放りだしておくわけにもいかない。俺はフードを被っている彼女を自分たちの部屋に運びこんだ、深みに嵌っていくような気がするが放り出しておくのも気がかりだ。すぐに仲間たちを起こして話をする。
「レクス様、なんと美少女を誘拐されたのですか!?」
「適当なことを言うな違う、宿屋の裏で襲いかかってきたから気絶させただけだ」
「この子、偽のレクスじゃないか。もう、ドラゴンがどれだけ誇り高くて強いか教えてあげたい」
「でも、どうしましょう。この街にいるのなら、この方とは関わらない方がいいです」
「でも関わっちゃいました、さぁこの美少女の事情を聞きましょう!!」
「そんなに気楽にやってられるか、一旦この街を出る。面倒だが、この子も連れてな」
「うーん、分かった。でもどうやって移動するの」
「僕たちは別行動をした方が良さそうですね」
そこで『隠蔽』をかけた俺が街の外壁を登って降りてこの子を運ぶことにした、近くにある森で仲間とは落ち合うことにする。記憶を消す魔法を使ってもいいのだが、どのくらい記憶を消せば冒険者レクスのことを忘れてくれるのか分からない。それに人間の精神はあまりいじくりまわすものじゃない、正常に戻せないかもしれないからだ。まぁ、非常時だと思ったら魔法を使うけどな。しばらく森で本来の草食系ヴァンパイアの食事などしていたら、ディーレ達がやってきて合流できた。
それからこの美少女に話を聞こうをしたがなかなか起きてくれなかった、仕方がないので見張りなどをしながら森の奥に入っていった。もう朝になるから森の端だと誰かが来るかもしれないので、人目のない森の奥のほうが都合が良かった。そうしてようやく昼にかかろうかという時に少女は目を覚ました、すぐに飛び起きて俺の方に切りかかろうとしたが既に剣は取り上げている。少女は俺たちを今度は油断せずに見回していたが、どこにも少女が逃げる隙はなかった。そして、俺は聞いてみる。
「お前が本物か、この殺人鬼とはどういう意味だ?」
「しらばっくれて、私の村を焼いたのは貴方よ!!」
「一体何という村だ、俺は村など焼き払った覚えはない」
「アルヒェの村よ、まさか忘れたとは言わせないわ!!」
「全く覚えが無いんだが、お前はその村の子か?」
「そうよ、私の名前はアム、アルヒェは私の大切な村よ!!」
「駄目だ、会話にならん。『精神支配』」
「何を――!?」
会話が全く成立しない、お互いに主張を言い合ってるだけだ。これでは何も解決しない、俺はこの女の精神に直接聞くことにした。ところがだ『精神支配』を使ってみてはっきりした、さっきの『気絶』では気づかなかったが、この少女は既に記憶をいじられた後である。記憶の中にぽっかりと空白の部分と、土をいじれば跡を残すようにそんな痕跡があって分かるのだ。俺はそれが分かるともう記憶には触れず、少女を解放した。これ以上、不自然に記憶をいじられたらこの少女は正気を失うかもしれない。
「誰がやったか分からないが、お前は既に記憶をいじられている。間違った記憶を植え付けられて、本当の記憶は消されているようだな」
「……嘘……そんなの……信じ……られ……な……い……」
俺の魔法を受けて精神に負担がかかったのだろう、また少女は気絶してしまった。これはちょっと話を聞くだけでは済まない、しばらく連れて歩かなくてはいけないだろう。とりあえず少女が言っていたアルヒェの村を地図で探してみることにした、有難いことに村はさほど遠くはなかった。俺たちは少女もつれてアルヒェの村に向かうことにした、三日もあれば着く距離だったのは幸いだった。
「私をどこに連れて行くつもり、剣を隠されたって貴方の息の根くらい止めてみせる」
「そういえば街では魔法を使うとか言われてたが、どんな魔法を使うんだ」
「魔法なんて使えなくても、仇を討つのは難しくないわ!!」
「そうか、剣しか使えないわけだな。白金の冒険者レクスが犯人だ、そう誰に聞いた?」
「誰にも聞いていないわよ、だって見たもの。そこの薄茶色の髪の男も、白い髪の少女も、喋る猫だっていたんだから!!」
「……それでお前の前でわざとのんびり話しながら、全員で村を焼いたっていうのか?」
「ええと話してはいないけど、確かに貴方たちがいたわ!!そう、いたはず、いたのよ」
「本当にいたのか、お前は一体誰だ?」
「私は、私は、アルヒェの村の、村の。だ、誰だっていいでしょ!!」
「お前の記憶は空白だらけだ、自分のこともきちんと覚えていないんじゃないか」
人目を避けてアルヒェの村に向かっている間、宿屋ではアムの名乗った少女に話しかけ続けた。彼女は記憶をいじられているだけあって、時々言うことが矛盾した。それに自分のこともよく分からない様子になることもあった、これが精神魔法を受け過ぎた影響というわけだ。あまり簡単に使っていい魔法じゃない、俺はそのことを改めて感じ取って学んだ。
三日ほどがすぐ過ぎて少女が言ったアルヒェの村に到着した、するとなんということだろうか。村では何も起こっていなかった、ごく普通に存在していたのだ、アムと名乗った少女は明らかに困惑していた。村人たちは朝から普通に畑などで働いていた、誰も殺された様子も襲われた様子もなかった。
「よう、こんちは。最近の作物のできはどうだい、何か売れる物はあるか?」
「ああ、冒険者かい。作物の出来はいいよ、買ってくれるなら何か売ろうか」
「それじゃ、小麦や野菜を少し頼む。それからこの少女を知らないか?」
「高く買ってくれよ、冒険者の旦那。可愛い子だね、ここいらじゃ見かけないけど」
「そうか、最近変わったことは無かったか?」
「別になんにもないねぇ、村の暮らしってのはそんなもんさ」
俺も試しにアルヒェの村人に話しかけてみたが、普通に会話ができたし何もおかしな様子はなかった。そして、アムと名乗った少女のことを誰も知らなった。アムは訳が分からない様子で混乱し、その日は何も話さなかった。そのままアルヒェの村の納屋に泊まらせて貰った、何も起きなかったし誰もアムを訪ねてこなかった。アムも自分のことを何も言えなかった、ただ、ただ混乱していた。
「お前の記憶がどれだけ曖昧か分かったな、もう冒険者レクスの真似事は止めてどこかで暮らせ」
「そんな!?……父さんも母さんも記憶にない、この村も私の記憶とは違うわ」
「何か大きなことが起きると記憶は曖昧になるという、お前はそれを誰かにわざとされたんだ」
「それじゃ、私の村はどこにあるの。アムっていう私の記憶はどこまで本当なの」
「俺にも分からんが、白金の冒険者レクスの関係者じゃないのは確かだな」
「………………」
アムという少女は目に見えて落ち込んでしまった、何せ今まで自分が信じていたこと全てが崩れさったのだ。おそらくは高位ヴァンパイアの仕業なんだろうが、そこまでは話さなかった。高位ヴァンパイアたちは狡猾だ、多分アムと同じように記憶を操作された人間が沢山いるはずだ。それがいつどこで白金の冒険者レクスに襲い掛かってくるか分からない、人間の誰が味方か見分けるのが一層難しくなった。
それからこのアムという少女も問題だった、記憶を消すことができない。俺たちのことを覚えたまま、それ以外の記憶は持たない彼女をどこかで暮らせるようにする必要ができた。記憶を再びいじってしまうと今度はアムの精神にどんな影響があるか分からない、アムが良く眠ってしまった夜に俺たちはこれからのことを話し合った。
「俺たちの旅にはこれ以上連れていけない、危険が大きすぎるし彼女は剣くらいしか使えない」
「レクスさん、その剣ですが紋章入りのものでした。多分ですが大きな街に行けば、どこの貴族の紋章か分かります」
「そっか、それじゃ、お家に帰してあげられるね」
「美少女が酷い目に遭うのは悲しいものです、無事に親御さんのところへ帰せればいいのですが」
ディーレの提案で俺たちは近くの大きな街に行ってみることにした、カルボーヌという街だったが行ってみるとアムがどこの生まれかすぐに分かった。何故ならその紋章がカルボーヌの街の壁に刻まれていたからだ、つまりはこの街を治める貴族と関わりがあるのは間違いなかった。だがアムの顔色は良くなかった、彼女は辛そうに頭を押さえてこう言いだした。
「戻りたくない、戻ったら、私はきっと殺されるわ」
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