第百七十四話 人間を信用してはいけない
「見て、レクス。フォルティス国の都だよ!!」
「やっと帰ってこれたな、さぁこれからどうするか」
ファンがフォルティス国の門の前で無邪気に喜びの声をあげたので俺もそれに答える、フォルティス国の特徴的な背の高い時計台が門の前からも少しだけ見えた。門の前には長い行列ができていた、どこの国にでもできることが多い都に入る人の列だ。俺たちもそれに並びながら、さて王子にはどう報告しようかと小声で相談した。
「高位ヴァンパイアを倒す魔法は教えられない、王子にはそんな魔法は無いと言うべきだろうな」
「そうですね、あの魔法は習得が難しく、また悪用されたら恐ろしいことになります」
「覚えるの大変だったよねー、特にディーレは苦労したし」
「私だけ覚えられませんでした、猫の心を盗むヴァンパイアはいませんよね、いませんよね」
「まぁ、そんな物好きはいないだろう。使う魔力に比べて、得る物が合わない」
「ミゼさんが狙われたりすることは少ないと思いますよ」
「そうだね、猫を狙ってもあんまり得が無いもん」
「それは嬉しいような、なんだか私が蔑ろにされているような」
「まぁ、まずはフォルティス国に入って休もう」
「はい、そうですね。長い旅でした、疲れを癒しておきましょう」
「王子様に会うのはそれからってことだね」
「ファンさん、なにかあの王子様を気に入っていませんか、……ってもう順番ですか」
俺たちはとりあえずフォルティス国に入って休むことにした、多くの人が並んでいる列もどんどん進んで、ちょうど俺たちの番になったからそこで一旦話は終わりにした。いつものように傭兵の身分証で中に入れた、そうしたら俺たちがまず行くところは飯屋に決まっている。
「ベーコンと野菜のスープ、具は無しで果物のジュースを2杯くれ」
「えっと豚のステーキとパン、それに卵スープをつけてください」
「えへへへっ、ここからここまで全部!!」
「肉入りのスープを肉多めでお願いします。さて、ファンさん。さっきのことです!!」
「ああ、ファンがジェンドっていう王子様を気に入っているかってことか」
「王子にしては気さくな方でしたね、いつも気楽に話してくださいます」
「別に気に入ってるわけじゃないよー、ただ威張らない王子様だから良いなって思う」
「それを気に入ってると言うんじゃないんですか、やっぱり身分ですか、男は身分なのですか」
「まぁ、ミゼの話はどうでもいいとして、あの王子に収穫が無いと話すのは気が重いな」
「もっとずっと信用できる方でしたら、真実を教えられるのですが……」
「仲間くらいに信じられないと駄目だね」
「良かったです、私はあの王子様以上にファンさんに信用されてます」
そこで料理が来たので、その味などを話しながら皆で食べた。俺も食べたがやはり都の方が食材が豊富で料理人の腕が良くて美味しい、街になると少し料理の味が落ちるし食材の質も落ちる、村に至っては料理を出すところがあればいいくらいだ。まぁ、地方によっていろんな料理があるから、村や街によっては思わぬ味に出会えることもある。そんな話をしながら、美味しく料理を頂いた。
それから宿屋探しだ、風呂があってある程度は高級な宿にする。安い宿屋に泊まると壁が薄かったり、客が乱暴者だったりするからだ。かと言ってあまり高級宿にすると下の方の貴族がいたりする、何事もほどほどがちょうどいい。俺たちは宿を見つけて風呂を借りると、まだ昼だがもう眠ることにした。
五か月もかかる旅だった、もう俺は19と半分くらいだ。フェリシアに最後にあって一年と半分が過ぎようとしている、いくら姿を隠しているとしても彼女に会えなかった期間が長すぎる。もう俺のことなど忘れているかもしれない、そんな不安が胸をよぎったが以前の彼女を思い出して眠りについた。フェリシアは俺のことを好きでいてくれる、そう信じながらの眠りだった。
『……くす、レクス。また会えたね』
『ん、フェリシア?ああ、そうかこれは夢か』
『これは私が残した夢。だからレクスに返事はできない』
『フェリシア、やけに現実的な夢だ』
『レクス、人間を信用してはいけない。そして、高位ヴァンパイアを侮らないで』
『人間を信用するな、それは難しい。高位ヴァンパイアは一応、倒す魔法を手に入れた』
『ああ、会いたいよ。レクス、そして無事だって知りたい』
『フェリシア、俺こそお前の無事が知りたい』
『私の体を傷つけられる者はいない、でも心はそうはいかないんだ』
『そうだな、心は誰だって弱いところがある』
『早く私を迎えにきて、もう心だけで会うの……は嫌……だ……よ……』
『フェリシア、どうしたんだ声が遠い』
『……私を……、……忘れ……ない……で……』
「フェリシア!!」
俺は突然目を覚ました、とても現実のような夢を見た。周囲を見渡してみるが、仲間たちが眠っているだけだ。だが俺の体から微かだがフェリシアの匂いがした、ただの夢ではなかったのだろうか。夢で彼女は何と言っていた、『人間を信用してはいけない、高位ヴァンパイアを侮らないで』これも本当にフェリシアが残した言葉だろうか。人間を信用してはいけない、俺は一人でベッドに起き上がり静かに考えこんだ。
それから三日ほど過ぎた、充分な休息をとって皆が回復した。俺たちはアウル魔法学院へ手紙を書いた、ジェンドに頼まれていたことの報告をしなければならない。意外なことに返事はその日のうちにきた、俺たちはまたアウル魔法学院の応接室で会うことになった。黒髪に茶色い瞳をした短い髪の男、この国の第三王子であるジェンドは俺たちにまた気さくに話しかけた。
「お帰り、謙虚な傭兵たち。さて、お目当ての魔法は手に入れたか?」
「悪魔族は高位ヴァンパイアを倒す魔法を持っていない、彼らが襲われないのはただ単純に血が不味いからだ」
「率直で分かりやすい回答だ、でも残念な話だ。それではヴァンパイアは滅ぼせない」
「ああ、高位ヴァンパイアは恐ろしい存在だ。そう簡単には倒せそうにない」
「……その割には残念そうでないな、何か対抗策を見つけたんだろう」
「いいや、何も見つからなかった。だから、報酬も貰えない。話はただそれだけだ」
俺は正直に全ては話せなかったが、真摯にジェンドの相手をしたつもりだ。しばらくジェンドは残念そうにしていたが、俺たちがそれ以上話すことが無さそうなのを見ると諦めたようだった。彼は応接室の扉を開いてくれた、俺たちはそこから出て行こうとした。その時だフェリシアの言葉を思い出した。『人間を信用してはいけない』、それを思い出した瞬間にゾクッと嫌な予感がして、俺は自然と体が動いた。
「ディーレ!!」
俺は咄嗟にディーレを庇った、何故ならこのパーティで一番に狙われるとしたら、人間であり回復役でもあるディーレだ。俺の行動は間違っていなかった、ジェンドが隠し持っていたナイフで、危うくディーレの心臓を突き刺すところだった。それを庇った俺にナイフは突き刺さった、随分と切れのいいナイフだ、もう少しで心臓をやられるところだった。
「レクスさん!?『完全なる癒しの光!!』」
「だ、大丈夫だ。ディーレ、心臓は外れた。――っ、それにもう治った」
「レクス、凄い血だよ」
「はわわわ、レクス様!?」
ジェンドは舌打ちをしてナイフを捨てた、でも敵意をなくしたわけじゃない。応接室には大勢の人間がやってきた、俺たちは人間たちに取り囲まれた。そんな状況でジェンドが悲しそうに話しだした。
「レクスと言ったか、きっと仲間を庇うと思っていたが当たったな。どうか君だけでいい。人々の為に死んでくれないか、そうしないと高位ヴァンパイアが父や兄を殺してしまう、いや王族全員が死んでしまうのだ」
「……高位ヴァンパイアと取引したのか」
「取引などというものではない、一方的に脅されているんだ。こちらは相手の名前も知らない」
「そうか、それならこうする。『失いし生きた記憶!!』」
俺は記憶を失う魔法を仲間以外に使った、しかも範囲を広くして手加減して使った。おそらく今日アウル魔法学院にいた者は2、3日分の記憶を全て失ったはずだ、そうでないと困ってしまう。王族を敵にまわせば、人間の世界で指名手配をかけられてしまうからだ。俺たちは魔法によって記憶を失い、そして倒れた人間たちを放っておいて、すぐにその場から逃げ出した。
俺は大量に血を失って血まみれになっていたが、『魔法の鞄』からマントを出して着てそれを隠した。そのまま人々が倒れ伏しているアウル魔法学院から逃げ出した、いやフォルティス国の都自体から逃げ出したのだ。そして、草食系ヴァンパイアの俺は近くの森に行って、木々から生気を分けて貰い回復させてもらった。
ジェンドがディーレを狙ったのは敵ながら良い判断だった、俺を直接狙ったなら殺気を感じて簡単に躱すことができただろう。だがディーレを庇った為に俺は傷を負った、心臓に命中していなくてよかった。高位ヴァンパイアでも首を切り落とされたり、心臓を刺し貫かれたら死にかねない。俺なら死ぬことはなく、霧となって周囲の者を栄養に回復するだろうが、そうなったら仲間も犠牲にしかねない。
「人間を信用してはいけないか、フェリシアの言葉に救われたな」
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