第百七十一話 信用するのはまだできない
「レクス殿、貴殿も本当は高位ヴァンパイアなのだろう」
「……さぁな、どうだろうか。俺は人の血が飲みたいと思ったことはない」
「うむ、私の勘が外れたのである。レクス殿が戦っている姿から強い気配を感じたのだ。はっ!?もしやファン殿が高位ヴァンパイアなのであるか!!」
「オッド、それも違う。ファンは確かに強い気配はするが、高位ヴァンパイアじゃない」
「ディーレ殿は人間のようであるし、ミゼ殿はどう見ても猫である。では戦っていた時のあの強い気配は一体何だったのであろうか」
「ん、そうだな。オッドがもっと俺たちを信用できるようになったら分かるさ」
俺は自分たちの正体を誤魔化しておいた、オッドは悪い奴ではなさそうだが、まだ出会って二日くらいだから正体を明かすには早過ぎる。俺とオッドがそんな会話をしている間に仲間たちが盗賊を縛り上げていた、近くに村や街が無さそうなのでこのまま放置していくことにした。だが、ディーレたちから思わぬ話を聞くことになった。
「レクスさん、この方たちはもっと多くの人がいる盗賊団です」
「まだ沢山の仲間がいるんだって、女の人たちも捕まってるんだって」
「レクス様、女性の危機とあっては見過ごせません!!すぐに助けに参りましょう!!」
「ミゼ、お前は荷物番をしていただけだろうが。あー……、そうだな。どうするか」
「ミゼさんの意見に賛成します、ここに僕たちが通りがかったのも何かの縁でしょう。神よ、戦いに於いて僕らを護り、悪の凶悪な謀計に打ち勝てますように」
「女の人を助けたら、また自害したりしないかな。……でも、助けないのはもっと嫌だな」
「ほらっ、レクス様。ディーレさんも、ファンさんもこう言っています!!」
「それじゃ、盗賊退治をするとして、どこにアジトがあるんだ?敵は何人くらいなんだ?」
俺の質問にミゼが何も言えないでいるので、俺はそこで倒して縛り上げてある盗賊に目を向ける。適当に選んだ相手を足で仰向けに転がして、その男の喉の部分を踏みつけるようにした。
「アジトはどこだ?盗賊は全部で何人いる?」
「うるっせえっ!!お前らなんてお頭たちが来たら全滅だ!!」
「もう一度聞くぞ。アジトはどこだ?盗賊は全部で何人いる?」
「うっ……くっ、苦しっ、……知らねぇ、くたばりやがれ……」
俺は喉を踏みつける力を徐々に強くしていった、それと同時に本気で殺気をぶつけてやる。さぁ、素直に全て話すんだ、そうしなければお前はもう用なしだ。うっかりと殺してしまうかもしれない。
「三度目だ、もう次はない。アジトはどこだ?盗賊は全部で何人いる?」
「ひいっ!!はぁ、はぁ、はぁ、こ、ここから西の森の中だ!!全員で100人以上いる!!」
盗賊は何故か失禁しながらそう大声で叫んだ、その瞬間に仲間の盗賊たちが目を背けた。鼓動の速さや発汗などから嘘ではないと感じた、そうか森の中なら俺の力でアジトを見つけるのは簡単だ。そう考えて仲間の方を振り返ったら、一人だけオッドが大変なことになっていた。
「や、やっぱり人間は怖いのである。私はまだ死にたくないのだ、新しい子孫を残すまで生きていたいのである」
オッドが森の木陰に隠れてぷるぷると震えているのだ、消極的な戦闘行為だったとはいえどさっきまで盗賊を圧倒して、次々と倒していたとは思えない姿だった。
ディーレは気の毒そうにオッドを見ていた、ファンは少し面白そうな顔をしていた、ミゼは完全に面白がっていた。
「オッドさん、大丈夫ですよ。レクスさんは敵でない方には優しい人です」
「そうだよ、怒ると怖いけど、とっても優しいんだよ」
「私はレクス様の一番の僕であります、ですから今まで私にされた世にも恐ろしい残酷な仕打ちの数々、全て覚えております。ふっふっふ、聞かなけばいい話だったのになーってところです」
「おいこらっ、ミゼ。俺がいつお前に何をした、馬鹿なことばかり言ってオッドを混乱させるんじゃない」
「レクスさん、オッドさんが怖がっていますし、僕かファンさんが森に隠れて見張りをします」
「うーんと、ディーレがレクスと行ってきて、僕がオッドのことを見張ってるよ」
「もちろん、私も残ります。その間にレクス様との思い出話でも、オッドさんにたっぷりとしていましょう」
「俺とディーレが100人以上を相手にか、少し手加減が難しいかもしれんな。それからオッド、ミゼのいうことをいちいち真に受けるな、ほとんど嘘を言っていると思っていい」
俺はディーレたちと簡単に相談して二手に分かれた、俺とディーレで盗賊100人を相手にする。普通の人間が聞いたら、正気を疑われるだろうが、俺は草食系とはいえヴァンパイアだ。ディーレには後方にいてもらって援護射撃をしてもらえば安全だろう。
ファンやミゼ、それにオッドは盗賊団のアジトから離れた森で留守番だ、最初に捕まえた50人の盗賊は縛り上げて放置しておいた。何もなければ三日ほどで水が無くて息絶えるだろうが、今まで人も殺していただろうから同情はしない。オッドにもミゼのことを重ねて注意しておいた。
「本当にミゼ殿に言っていることは嘘であるか、私はこれでも高位ヴァンパイアだから嘘は分かるつもりだ」
「ミゼの奴は特別な嘘つきだ、本気で言っているようでも、かなり脚色された話になっている」
「ううむ、分かったのである。私はファン殿とミゼ殿と一緒にここに残るのである」
「ん、もし他にも盗賊がいたら気をつけろよ。オッドにミゼ、何かあったらファンに守って貰え」
俺はオッドをファンとミゼに預けた、見た目だけなら保護者は逆だが、オッドはファンを尊敬のまなざしで見つめていた。ミゼは面白がっていたが、何かしたらオッドに全身をなでなでをさせるときっちり脅しておいた。ミゼは俺のような成人男性を好まない、だからそう言ったらつまらなそうにチッと舌打ちしていた。お前は本当に俺の従魔なんだろうな、態度がそれを裏切っているぞ。
「それじゃ、ディーレ。行ってみるか」
「はい、無理はしないように気をつけましょう」
俺はディーレと一緒に西の森に向かった、草食系ヴァンパイアの力を使って、素早く森と同調して盗賊のアジトを探した。森の木々が人の沢山集まっている場所を教えてくれた、森の奥深くに作られた木でできた小さな要塞のようだった。俺はまず様子を伺って、アジトを見渡せそうな場所を探した。かなり大きな樹があってそこからならアジトを見渡せそうだった、ディーレを抱えて跳躍して樹に登っていった。
「それじゃ、ディーレ。援護射撃を頼む」
「分かりました、お気をつけて。レクスさん」
俺はディーレを安全な樹の上に残して、盗賊の要塞に真正面から突っ込んでいった。そしてまずは軽く大きな木の扉を飛び越えた、それから飛び降りた広場に何人の敵がいるのかをざっと確認する。
「何だ、お前!!」
「俺たち、アルバ盗賊団を知らねぇのか」
「男一人でなんだ!?」
「はっはははっ、こいつ馬鹿じゃないか!!」
「倒しちまえ、男じゃ売れもしない」
「皆、出てこい!!」
最初の広場にいたのは5、6人だった、口々に何かを言っていたがその数分後、全員が地面に倒れて動かなくなっていた。俺は単純に力で盗賊たちをねじ伏せただけだ、いつもと違って手加減をほどほどにしかしなかった。そして、俺は近くにあった鳴子を鳴らして更に敵をおびき出した。
「まずは一人、続いて二人目、三人……、もう面倒だから全員でさっさとかかってこい」
鳴子の音に驚いて何人もの盗賊が飛び出してきた、俺は草食系ヴァンパイアの力を使って素手で、なるべく死なないようにでも動けなくなるように叩きのめした。ディーレのライト&ダークの援護射撃も助かった、十数人の盗賊がそれで手足を撃ち抜かれて動けなくなった。
「よくもやってくれたな、このアルバ様が相手を……」
「悪いが貴様に興味なんてない!!」
ある程度の盗賊を倒してしまうとここのボスらしき者が現れたが、俺にとっては特に脅威でない敵だった。大きな斧を振り回してきたが、その先をちょっと指でつまんで受け止めて、がら空きになった腹にきつめの蹴りを入れておいた。それだけでアルバ盗賊団とやらは壊滅した、残党もしっかりと狩っておいた。
「皆さん、落ち着いてください。もう、家に帰れますよ」
「ディーレの言う通りだ、ここのなんとかいう盗賊団はもう終わりだ」
盗賊団のアジトには何人も女が捕まっていた、中には子どもが数名いたから人身売買もやっていたようだ。これはこのまま放っておけはしない、繋がりのある組織に俺たちのことがバレたら困る。
「『失いし生きた記憶』」
俺は盗賊のボスを始めとして、要塞の中にいた盗賊たちを集めて魔法をかけた。すると盗賊団は記憶を全て失い、無垢な赤子のようになってしまった。これで俺たちのことが別の組織にバレることはないだろう、後は捕まっていた女と子どもを近くの小さな村まで送っていくだけで済んだ。その帰り道はディーレと話をしながら歩いた。
「ディーレ、ライト&ダークの援護は助かった。やっぱりその武器を持ったお前は強いな」
「レクスさんこそ、普通は盗賊のアジトに真正面から突っ込んでいったりしないんですよ」
「そこはほらっ、俺も草食系とはいえヴァンパイアだからな」
「だからって無理をしていい理由にはなりませんよ」
「ははははっ、この程度なら無理はしてない」
「全くレクスさんはもっと自分を大切にしてください」
アルバとかいう盗賊団を片付けていたら随分と遅くなってしまった、ファンとミゼはオッドと上手くやっているだろうか。俺は帰り道を森の木々に教えてもらいながら、その木々の意志から危険はないと感じ取れた。しばらくすると、森の中に灯が見えてきた。大きめの焚火があって、そのそばにデビルボアが血抜きの為に吊るされていた。
「あっ、ディーレ。レクス。お帰りなさい!!」
「レクス様、ディーレさん。ご無事でなによりです」
灯はファンとミゼを照らし出していたがオッドがいない、俺が首を傾げるとファンが苦笑いして大きな樹の上を指さした、オッドは樹の上の方に登ってまたぷるぷると震えていた。
「えーと、何があったんだ?」
「オッドさんはあんなところで何をなさってるんです」
「僕が暇だったから、デビルボアを狩ったの」
「血抜きをして内臓を抜き取りましたら、それが怖いと逃げ出してしまったのです」
「……なるほど分かった、血や内臓はオッドに見えないように埋めてやれ」
「オッドさん、もう降りてきても大丈夫ですよ」
「よっと、土をかけてっと、これで良し」
「早くデビルボアの肉を料理しましょう、ファンさん」
オッドは何度目からの呼びかけにずるずると樹を降りてきた、ディーレやファンが食事の支度を始めると震えも大分おさまった。やがてデビルボアの串焼きや骨とハーブを入れたスープができた、俺はいつもどおりスープだけだが食事を十分に楽しんだ。オッドもようやく震えがおさまって、串焼きやスープを食べていた。
「はぁ、これは美味しいのである。やはり調味料を使っているのがいい、私が狩りをする時とは大違いだ」
「オッドはどうやって狩りをしていたんだ、いやいつもはどんな生活をしてるんだ?」
俺の問いにオッドは考え込んでいたが、やがて少しずつ話し始めた。それは俺が思っていたよりも変わった生活だった、高位ヴァンパイアとは思えないような暮らし方だった。
「動物の血が必要だから狩りはするが、なるべく鳥で済ませるようにしている。デビルボアなどの大物は怖くて戦えない、食べる時はほとんどそのまま鳥を焼いたものを食べる。時々は街や都に忍び込んでみる、すると何故か女の人間が優しくいろいろとしてくれる。この前に着ていた服も貰った物である、私の金銭や持ち物はほとんどがそうして貰ったものだ」
「なっ、なんていうことでしょう。オッドさん、貴方のような方をヒモ男と呼ぶのですよ!!」
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