第百七十話 結婚したいが相手がいない
「まぁ、ヴァンパイアの王に適う存在はいない。いるとしたら今は亡き祝福されし者くらいだ、人間が何を心配しているのか分からないが、ヴァンパイアの王は今でも健やかに過ごされているだろう」
「…………そうならいいんだがな」
オッドの気楽な言葉に俺は苦笑いをして頷いた、そして彼に話をいろいろと聞いているうちに、時間は夜になったので皆で食事に行くことにした。
「ディーレ、ファン。それにミゼとオッド。食事に行くぞ」
「はい、行きましょう」
「やったね、ご飯、ご飯」
「今日は何を頂きましょうか」
俺の仲間たちはそれぞれ頷いてついてきたが、なぜかオッドがおろおろと落ち着きのない様子をしていた。俺はそんなオッドにもう一度声をかけてみた。
「オッド食事に行くぞ、ヴァンパイアの食事じゃない。人間が食べる飯の時間だ」
「そ、それはいいのであるが、私は着の身着のままでついてきてしまったのだ。つまり……、何も金銭を所持してないのだ」
「ああ、それなら心配ない。俺たちと同行してもらう間、飯代や部屋代はこっちで払ってやる」
「それは有難いが、なんだかご先祖様に申し訳ないのである」
「誇り高いヴァンパイアが細かいことを気にするな」
「……それは何か間違っている気がするのだが」
オッドは捕まえたばかりの高位ヴァンパイアだ、まだ聞きたいことはいろいろと出てくるだろうし、その代わりに飯代や部屋代くらい払うのは簡単だ。それに仲間たちと飯を食っていて、一人だけ何も食べていないというのも、かなり不自然だしこっちの気が重くなる。俺たちはオッドも連れて、近くの飯屋に入っていった。
「俺はトウモロコシのスープに、桃のジュースを2杯くれ。そっちの男には豚の煮物にパンと、野菜のスープをつけてくれ」
「僕はデビルボアの串焼きにパン、それに卵のスープをお願いします」
「えっとね、僕はここからここまで全部!!」
「私は肉入りのスープ、肉を多めでお願いいたします」
俺たちが次々と注文するのにオッドは戸惑っていた、彼に任せていると何か決まるまで時間がかかりそうだったから、俺が勝手にいろいろと注文した。オッドは出てきた料理を貴族のようなとても綺麗な所作で食べていた、全部食べていたから嫌いなものなどは無かったようだ。
「久しぶりに食べるまともな食事である、狩りをして焼いただけの肉ばかりでは飽きるのだ」
「…………お前は一体どういう暮らしをしていたんだ?」
オッドはどの料理を食べても感動していて、ファンに美味しい肉料理を勧められたら、それも食べて純粋に喜んでいた。普段は一体どういう生活をしているのだろうか、高位ヴァンパイアとはもっとこう貴族のような生活をするものではないのだろうか。
全員が満腹になったら食事を終えて、帰る前にちょっと服屋に立ち寄った。レユール国の都だから夜でも開いている店はあった、そこでオッドの服を何枚か購入した。買ったのは冒険者のような服だ、あとで皮鎧も作ってやるべきだろう。オッドが元々着ていたのは上等な絹の服だった、良い品だが庶民として生活するには向いていない。
「オッド、風呂に入って服を着替えてもらう。ディーレ、一緒に風呂に行こう」
「はい、分かりました。今日は沢山走りましたから、しっかり埃を落としておきましょう」
「分かったのだ、…………風呂も久しぶりである、川の水は冷たいから大変なのだ」
俺たちは男だけで風呂に行った、あとで交代でファンが女風呂に行く予定だ。意外なことにオッドの体は鍛えられたものだった、貴族にありがちな贅肉などどこにもない。まぁ、俺とディーレも似たようなものだ、迷宮などで戦っているから太るような暇がない。
しばらくしたら風呂を終えた俺たちと交代でファンが風呂にいった、ミゼは部屋の中で盥で入浴できるからいつでも入り放題だ。やがてファンが風呂から帰ってきて、その日はもう眠ることになった。
「ファン、先に眠っていいぞ。時間がきたら起こしてやる」
「うん、分かった。お休み、レクス」
ただしオッドがいるから、俺とファンが交代で見張りをすることにした。俺は『永き灯』の魔法を使って読書しながら見張りをすることにした、見張りが必要なのか考えたくなるくらいにオッドは簡単に寝てしまった。あっという間に寝てしまったから随分と疲れていたらしい、スヤスヤと子どものようによく眠っていた。
翌日はまた朝は飯屋に行って満足するまで食事をした、それからフォルティス国への旅の再開だ。オッドは欠伸をしながら朝飯を食い、実にくつろいだ様子でのんびり俺たちについてきた。冒険者の服と予備の皮鎧を着せたが意外なことにこれも似合っていた、手練れの傭兵だと紹介されたら信じてしまいそうだった。
「オッドは何を着ても似合うんだな」
「私も努力しているのである、魅力的な男に見えないと、結婚相手が見つからないのだ」
「は!?お前は結婚相手を探しているのか」
「うむ、そうなのである。200年以上経って生きるのにも飽きてきたのだ、だから結婚相手に息子を生んでもらい、その子を育て終わったら私は永遠の死の眠りにつくのだ」
「……そうか、良い相手が見つかるといいな」
「ヴァンパイアたちの城にいたのもそれが目的だった、だが私と気のあうヴァンパイアがいなかったのである、好意を示してくれる者はいて食事をさせてもらったのは有難かった」
今までヴァンパイアでこんな奴はいなかった、こいつも新しいタイプのヴァンパイアだ。結婚相手を探して子孫を残したら潔く死ぬ、生物としては正しいようだが思い切りが良すぎる気もする。
「レクス殿たちは結婚をしていないのだな、結婚相手を探すのもなかなか難しいことだから、なるべく早く始めるといいのである」
オッドの言葉に俺たちはそれぞれが将来の結婚相手を考えてみた、俺はもちろんフェリシアと結婚したいと思っているがもう1年以上会っていない、今更になって受け入れてもらえるかは難しいところだな。
「俺はフェリシアがいるからいいが、ディーレは将来どうするんだ」
「そうですね、僕はお互いに気持ちを通わせることができて、神に同じように仕える方となら結婚できそうな気がします」
「うーん、僕はまだ分かんないや。サクラくんは好きだったけど、結婚したいのとはちょっと違うかな。結婚するドラゴンは僕と同じように、食べることが大好きな子だといいな」
「ああ、賢者や妖精はここには存在しないのですね。皆さんリア充ばっかりなんだから全員そろって爆発するといいのです」
「賢者?妖精?なんのことである?」
「……ミゼは相変わらず爆発が大好きだな、だからお前にも良いメス猫を見つけてやるのに」
「そうですね、ミゼさんの好みはどんな方なのでしょう」
「ミゼっていろんな女の子を追いかけてるから、どんな猫が好みなのか分かんないや」
「私の嫁はそれこそ無限に存在するのです、彼女たちは時間や次元を遥かに越えていて、私の心は常にその嫁たちにお仕えしているのです」
「嫁の為に働くのか、それは大変な嫁なのである」
俺たちはそんな話をしながらフォルティス国への道を歩いていた、オッドは時々会話に入ってきたがそれよりもすれ違う知らない人間に怯えていた。何があればこんなに人間が怖くなるのだろうって、昨日仲間であるヴァンパイアが人間に滅ぼされたばかりだった、それならこんなに人間が怖くても仕方ないことだろう。
少し接しただけだがオッドは大人しいヴァンパイアだ、200年以上生きると性格も大人しくなっていくのだろうか、いや何年生きたか知らないがこっちに襲い掛かってきた高位ヴァンパイアもいたな。オッド自身が非常に大人しい性格なのだろう、ヴァンパイアに生まれなければ何かを襲うこともなかったかもしれない。
「おっと、面倒事がやってきたぞ」
「あれは盗賊さんですね」
「もう、本当に面倒だなぁ」
「私は残って荷物番をしています」
俺たちの前に50人ばかりの盗賊が現れて道を塞いでいた、ニヤニヤとだらしのない顔をしている者もいる、見た目だけなら俺たちはただの傭兵でしかも子連れだ。いい獲物とでも思っているのだろう、だがそれは大きな間違いだ。
「オッド、逃げないなら自由に動いていいぞ!!ディーレ、援護を!!ファンはやり過ぎないようにしろよ!!ミゼは目立たないところに隠れてろ!!」
「はい、神よ。憎しみのあるところに愛を、諍いのあるところに許しをお与えください」
「えへへへっ、行くよ!!」
「私は荷物番でございます、皆さまどうぞご活躍ください」
俺はメイスは使わずに金属が付けてある皮の手袋だけで盗賊の中に突っ込んでいった、人間なら無謀な突撃だろうが俺は草食系とはいえヴァンパイアだ。軽く一撃を顎に食らわせるだけで盗賊は吹っ飛んだ、ファンもいつものかぎ爪は使わずに盗賊に素早く走り寄って頭を蹴り飛ばした。ディーレがライト&ダークで盗賊たちの足を、武器を持っているものは手を打ちぬいてくれる。盗賊は50人くらいいたが、戦いが終わるのに時間はそんなにかからなかった。
「危ないのである、これだから人間は怖いのだ」
オッドも一応戦っていたが主に逃げに徹していて、どうしても避けらない場合は拳を振るっていた。人の血を飲まずに弱体化しているとはいえ、高位ヴァンパイアだけの攻撃力はあった、優雅に確実に何人もの盗賊を地面に這いつくばらせた。戦闘が終わるとあとは盗賊の始末だ、今回は村や街が遠いから縛りあげて、その場に放り出していくことにした。そんなことをしている間に、オッドは俺のところに来て、こっそりとこう言った。
「レクス殿、貴殿も本当は高位ヴァンパイアなのだろう」
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