第百六十八話 どうしようもなく人が怖い
フォルティス国に向かう旅は続いていた、コクーン国を迂回した為に少し遅れが生じたが、大体あと2か月もあれば無事に着けそうだった。旅自体は順調に進んでいたが、ティリアという少女がいなくなったことが、皆それぞれに影響していた。
「ファン、食事の量が減っているが大丈夫か?」
「レクスこそ、目の下にくまがある。ちゃんと眠れてるの?」
「そうですね、お二人とも顔色がすぐれません」
「そう言うディーレさんもそうです、少し休憩なさいますか。宿屋で2、3日何もしないで過ごしてはどうでしょう」
辛いことがあった時に必要なのは十分な食事と睡眠だ、俺たちはペールという街で2、3日休むことにした。無理にティリアのことを忘れる必要はない、あの少女もそれを望まないだろう。だから食事と睡眠は十分にとっていたが、時々はティリアの話をして後悔するのではなく、ただ彼女のことを静かに思い出した。
それから俺たちはまた旅に出たがペースを少し落として、ゆっくりと歩きながら話しながら旅をした。ティリアの話になることもあったし、それとは全く関係ない話をすることもあった。そうしながら時間がだんだんと心の傷を癒してくれた、ヴァンパイアが人間の血を必要とせずに生きれる、そんな可能性もまだ諦めていなかった。あっという間に時は過ぎ去って、俺たちはいつもの調子を取り戻しつつあった。
「次はレユール国か、この国を抜ければフォルティス国だな」
「相変わらずヴァンパイアの噂を聞きますね」
「うん、弱いヴァンパイアばかりだけど」
「高位ヴァンパイアは数が少ないのでしょう」
「傭兵ギルドに寄ってみるか、何か新しい話があるかもしれない」
「僕たち何もしていないのに、すっかり傭兵のようですね」
「えへへへっ、そうだね」
「私はまぁ、可愛い愛玩用ですから、戦えなくても問題ありません」
レユール国の都で傭兵ギルドによってみた、依頼表には商人警護などの依頼が並んでいた。それから、昼間に行ったのに意外と混んでいた、何かあったのかと思ってギルドの職員に声をかける。
「随分と混んでいるようだが、何かあったのか?」
「ああ、そうですね。魔法で隠されていたヴァンパイアの城が見つかりまして、今はヴァンパイアを退治する傭兵を募集しているんです」
「ヴァンパイアか……、何人くらいいそうなんだ?」
「城一つ分ですから、それなりの数がいると思います。あなた方も参加されますか」
城を持ったヴァンパイアか、それなりの数がいそうだ。だが、下位や中位のヴァンパイアは魔法で片が付く、怖いのは高位ヴァンパイアがいるかどうかだな。俺はそう考えて、ひとまず依頼を受けるかどうか仲間と相談した。
「どうする、この依頼を受けてみるか。もし高位ヴァンパイアがいたら、人間だけじゃ退治するのは難しい」
「そうですね、ついていって僕が足手まといにならなければいいのですが。」
「高位ヴァンパイアが相手だとどうかな、僕はどこまで戦えるだろ、勝てるかな?」
「私は宿屋で留守番ということで、ニート生活万歳でございます」
今は低位や中位のヴァンパイアはロスカが教えてくれた、太陽の魔法があるので相手にならない。だが高位ヴァンパイアは別だ、その魔法は効かないし低位や中位のヴァンパイアより手強い。
「一応、参加してみるか。高位ヴァンパイアがいたら、ディーレとファンは他の傭兵の避難や保護を頼む。そして、ミゼは宿屋で留守番だ」
「はい、それでしたら問題ないと思います」
「僕も戦ってみたいけど、まだ少し早いかな。うん、わかった」
「はい、かしこまりました!! 喜んで宿屋で留守番という大役を務めます!!」
俺たちはレユール国の都近くにある、今まで隠されていた城に行くことになった。高位ヴァンパイアがいるといけないので全員が完全武装である、他にもこの依頼を引き受けた傭兵が十数人いた。
隠されていた城の門は閉ざされていたが、傭兵たちは皆『浮遊』の魔法を使って外壁を飛び越えていた。一番先に入った者たちが戦っているのか、激しい物音が聞こえてくる。
「『強き太陽の光!!』」
太陽の光を利用する魔法が何回も使われるのが分かった、その度に強い光が周囲を照らし出したからだ。そうして傭兵たちは簡単に低位や中位のヴァンパイアを退治していった、俺たちは後続だったからすることはほとんどなかった。
最後のヴァンパイアを倒した時には歓声があがった、俺は少しばかり気になることがあったが、仲間たちだけになるまで口には出さなかった。やがて、傭兵たちは城から出ていった。残っているこの城はレユール国の管理になるという話だった。さて、誰もいなくなってから俺は声をかけた。
「そろそろ、出てきたらどうだ?」
「………………」
「出てこないなら、入り口を破壊するぞ」
「待った!? それは困る、今出ていくから待ってくれ」
俺がおかしいと思ったのは最上階近くの壁の中だ、壁しかないはずなのに気配がすると思ったら、やっぱりヴァンパイアが隠れていた。おかしい強い気配を感じない、低位や中位のヴァンパイアだろうか。わざわざ隠し部屋にいるくらいだから、高位ヴァンパイアかと思って仲間以外は帰るまで待ったのだ。拍子抜けだが低位や中位のヴァンパイアなら、さっさと魔法で退治してしまおう。
「ここへはヴァンパイア退治にきた、太陽の魔法で焼け死ぬのと永遠の死の眠りを与える魔法、どちらがいい?」
「私には太陽の魔法は効かない、そして永遠の死の眠りもできれば遠慮したい」
「それはできない、俺たちはヴァンパイア退治を受けてきている」
「私はヴァンパイアだが、ヴァンパイアじゃない。なぜなら、人間の血を飲んでいないからな」
「…………そんな話、俄かに信じられるものか」
「そうか、それならこうしよう」
俺は壁の中から現れたヴァンパイアが俺たちに襲い掛かってくるかと思った、だがそいつは思いもしない行動にでた、なんと後ろを向いて一目散に逃げだしたのだ。俺たちは慌てて逃げ出したヴァンパイアを追いかけた、なんて速い逃げ足だろうか、だんだんとディーレは引き離されていく。それに逃げていく途中で男は城の窓から外に逃げ出した、だが太陽にあたっても灰にならなかった。なんてことだ、あの男は高位ヴァンパイアなのか。
「ファン、ディーレを頼む。後から追いかけてこい、奴は俺が捕まえておく!!」
ディーレは人間なので足が一番遅かった、他にも生き残っているヴァンパイアがいるとまずいので、ファンと一緒にその場に残して先に行くことにした。そしてしばらくして俺はようやく男に追いついた、その肩を掴んでその場に引き倒した。すると男は両手をあげて、すぐさまこう言った。
「降参する、降参する、だから殺さないで」
「お前、高位ヴァンパイアにしては弱すぎないか」
「人間の血を飲んでいないと言っただろう、本来の食事をしていないから私は弱いんだ」
「床の上で倒れたまま、堂々と胸を張って言うことじゃないと思うが」
やがてディーレ達が追いついてきた、俺は人間の血を飲んでいないと主張する、この高位ヴァンパイアをどうしていいのか分からなかった。だから、まずこの高位ヴァンパイアにいろいろと聞いてみた。
「人間の血を飲んでいないのはいつからだ」
「そうだな、数えていないから分からないが、もう二、三百年は経っているだろう」
「なぜ、人間の血を飲まない」
「人間を襲うなんて……、こ、怖いじゃないか!!」
「高位ヴァンパイアなのに人間が怖いのか!?」
「そうだ!! 人間は怖い、今日だって人間が沢山やってきて私の仲間たちは全滅だ!! まぁ、仲間は人間を襲っていたから、遅かれ早かれこうなっただろうが」
「本当に人間の血を飲んでいないのか」
「オッド・パーソン・ニーレの名にかけて、私は今はもう人間の血は飲んでいない」
「それじゃ、食事はどうしてる」
「簡単なのは夜に鳥を襲うことだな、野兎などはすばしっこくていかん。1回の狩りで大体一週間は持つな」
「ヴァンパイアの王は知っているか」
「ああ、もう長らくお会いしていない。お元気でいることを祈るばかりだ」
オッドという黒髪に黒い瞳のヴァンパイアはこちらの質問に戸惑いなく答えた、動物の血を飲む頻度がティリアの言っていた期間と一致している、それにこのオッドという男からは人血の匂いがしなかった。ひとまず、仲間たちと相談する。
「どうする、人間の血の匂いがしない。少なくとも最近は人間を襲っていない、それにこいつは高位ヴァンパイアにしては弱すぎる」
「ヴァンパイア退治が依頼ですけど、人間を襲っていないのなら退治するのは気が引けますね」
「うーん、しばらく監視してみたらどうかな」
「そうか、そうしてみてもいいか。しばらく監視して、おかしなことをしたら退治するとしよう」
「はい、神よ。慈しみを忘れずに、貴方の祝福によって、不要な犠牲が出ませんように」
「分かった、しばらくは見張りだね」
俺たちの会話を聞いていたオッドという男は、会話を聞きながらもびくびくと怯えていた。ヴァンパイアの仲間は全員退治されたから、自分もどうなるのか分からなくて、多少怯えるのも無理はないだろう。
「とりあえずお前は殺さないでやる、だが条件として俺たちについて来い」
「連れて行って火刑とか、縛り首とか、心臓に杭を打ったりしないでくれるか」
「そうしたいのなら、今やっている。お前が本当に人の血を飲まずに、普通に生きているのか確かめるだけだ」
「私はもう長いこと人の血は飲んでいない、それを見るだけで危害を加えないのなら従おう」
オッドは震えながら俺の言葉に答えていた、俺たちはオッドを連れて宿屋に戻った。ミゼが帰ってきた俺たちを見て、そして連れてきたオッドを見て、また妙なことを言いだした。
「レクス様、イケメンのヴァンパイアをお持ち帰りなんて!! とうとう女性は諦めて同性愛に目覚めましたか!?」
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