第百六十五話 買うだけなら問題ない
他の国では毎日のように人がヴァンパイアに襲われているという噂を聞いた、それがどこまで本当なのかが分からないし、これから旅をして確かめていかなければならない。ただ、別の噂話も耳にした。
「ヴァンパイアを退治する魔法を冒険者ギルドで教えてるんだって」
「俺が聞いたのは商業ギルドに行けばいいって話だ」
「傭兵ギルドでもヴァンパイア対策を教えてくれるって」
「太陽の光のような魔法らしい」
「魔法ギルドで話を聞いたけど、遠くの大国が開発した魔法みたい」
行商人をやっていくのはここまででいい、俺たちは身分証を傭兵に戻して、後からの噂話を確かめる為に傭兵ギルドに行って話を聞いた。
「ヴァンパイアを退治する魔法があるのか?」
「ああ、あの太陽の魔法か。今なら覚えておくと損はない、ヴァンパイアが随分と活発に動いているからな」
「どのくらいヴァンパイアに襲われているんだ?」
「今まで隠れ住んでいた低位ヴァンパイアや中位ヴァンパイア、そんな連中が毎月のように人間を襲っている」
「本当にヴァンパイアの仕業なのか?」
「そうだな、この街では今のところ被害はない。でも魔法の連絡では傭兵ギルドにも依頼がきている」
傭兵ギルドでは無料で『強き太陽の光』と『完全なる強き太陽の光』の魔法を教えてくれた。俺たちは初めて聞いたようなふりをして、魔法がきちんと伝わっていることを確かめた。無料で教えてくれるのはヴァンパイアが活発に動き出している、そんな今ならこの魔法を覚えている傭兵を高く雇ってもらえるからだった。
傭兵ギルドでは商人護衛の仕事をすすめられたが、フォルティス国にあの魔法を売った時にかなりの金貨を貰っている。特に金には不自由していないので依頼のほうは断った、相変わらず傭兵としての実績は何もないが身分証が使えればそれでいいので問題ない。俺たちは情報を一通り集めると、またフォルティス国への旅に出た。この街から4か月はかかる旅だが仕方がない、馬や馬車を利用することも考えたが馬はファンと相性が悪かった、馬車は悪路になると逆に重荷になってしまうので止めておいた。
「ロスカが教えてくれたヴァンパイア退治の魔法はちゃんと伝わっているようだな」
「ええ、故人も喜んでくれるでしょうか。神よ、御許に召された方の善行を称えて、安らぎをお与えください」
「えへへへっ、なんだか久しぶりで懐かしいな。ディーレのお祈り」
「ディーレさんらしいですね、さて神様の国とはどんなところなのでしょうか。…………一度行ったはずでも覚えてない、本当にあるのかな?」
俺たちはまた旅を始めた、訪れる先ではかなり太陽の魔法は広がっていた。小さな村でも行商人から太陽の魔法を教えて貰っていた、それは元ヴァンパイアハンターの為には喜ばしいことだが、同時にそれだけヴァンパイアが活動していることを示していた。俺たちは訪れる街や都の傭兵ギルドで、必ずヴァンパイアの噂を聞いた。そして、商人の護衛という依頼が沢山あった。急いでいるのでそれを受けなかったが、不安が増していくのが分かった。フォルティス国はどうなっているだろうか。
「噂を聞くわりにはヴァンパイアには会わないな」
「僕たちを避けていることは無いですよね、もっと襲いやすい方を選ぶのではないでしょうか」
「うーんと、一人で動く人とか狙われる?」
「ファンさん、私は貴女から絶対に離れません!!」
猫を襲うヴァンパイアは少ないとは思うがいないとは言い切れない、人間を襲えない場合は血の渇望を抑えるために動物を襲うこともあるだろう。そもそもヴァンパイアも人間と共存できなくはないのだ、ロスカが小動物の血で飲んで隠れて生きていたように、人間さえ襲わなければ滅ぼす必要のない種族になる。だが、それは現実には難しい。ヴァンパイアは人間をただの獲物としか見ていないし、自分の欲望を抑えるヴァンパイアは珍しいからだ。
「ヴァンパイアも人間を襲わなければ、別に退治しなくてもいいのにな」
「そうですね、動物の血を飲むだけなら、人間とは食べる物が違う種族というだけでしょう」
「でも、それって無理じゃない。僕だって肉を食べなくても生きていけるけど、それって本能を抑えることだから辛いよ」
「ヴァンパイアの女の子、可愛い牙があって翼が生えているおにゃのこ。……そんな彼女と生きていくのは夢でしかないのですね」
「ミゼ、お前が一番良く知っているだろう。ヴァンパイアは基本的に何故か残酷だ」
「本能がそうさせるのでしょうか。神よ、明日はもっと良く生きれるように、悲しみや苦しみの中にある者をお助けください」
「僕はヴァンパイアに生まれなくて良かったな、ドラゴン族として誇り高く生きたい」
「そうでした、ヴァンパイアは基本的に残酷な方々が多かったです。でもファンさんならヴァンパイアでも可愛いですよ、もちろんドラゴンとしてはカッコ可愛いです」
ミゼは元々はただの猫だった、下位ヴァンパイアと契約したことで魔物になった。そして俺と再契約して従魔になった、だから下位ヴァンパイアの残酷さをよく知っている。俺の村を襲ったローズという女ヴァンパイアもそうだ、人間を飲んで楽しむワインくらいにしか思っていなかった。ヴァンパイアと人間の共存は難しそうだ、それができればフェリシアを助けるのも簡単になるんだが、できないことを言っても仕方がない。そんな旅を続けていた途中だった、プルガという街によった時のことだ。
「はーい、寄ってらっしゃい。見てらっしゃい、特にご貴族と大商人の方々、奴隷は必要でないでしょうか。集めに集めた厳選された品々です、今なら特別に格安でお売りします!!」
プルガの街はクーストースという国にある街だった、俺は嫌いだがこの国には奴隷制度が存在した。普通の奴隷なら俺たちも興味を持たない、可哀そうだが犯罪奴隷などもいるので相手にしない。だが、道端で客引きをしている奴隷商人は続けてこう言った。
「お集まりの皆さま方、世間で騒がれているヴァンパイア、その絶世の美少女を手に入れてみませんか」
俺たちは奴隷商人のその言葉に思わず立ち止まった、ヴァンパイアを奴隷にして売っている。なんて危険なことをしているのだろう、いくら美少女だといっても不意をついて襲われたらどうするのだろう。
「皆、ちょっとだけ寄って見ていこう」
「はい、なんて危険なことをされているんでしょう」
「奴隷にしても襲われたら、人間は負けちゃうよね」
「ヴァンパイアの美少女!!レクス様、早く見に行きましょう!!」
奴隷商人に声をかけて金貨の入った革袋を見せるとすぐに店の中に案内された、そこには檻の中に入ったいろんな人間がいた、大人から子どもまで様々な人種が揃っていた。だが、俺たちが見ておきたいのはヴァンパイアの少女だ。だから、そう言ってさっさと奴隷商人に案内させた。
「ヴァンパイアを奴隷にするのは法律に違反しないか、襲われたらどうしたらいいんだ?」
「それは大丈夫でございます、この少女は歯を全て抜いております。クーストース国の奴隷許可証もこれここに、牙が無ければヴァンパイアだってただの少女に過ぎません。隷属の首輪もしています、決して契約した主人には逆らえません」
人間が嫌いだと思うのはこういう時だ、自分たちよりも弱い者に対してとても残酷なことをする。俺たちだって正体がバレたらどうなることか、草食系ヴァンパイアに上級魔法の使い手それに珍しいドラゴンだ。一歩間違えれば檻の中にいるのは俺かもしれない、そう考えながら檻の中のヴァンパイアの少女を見せて貰った。
「近寄らないで、人間なんて大嫌いっ!!」
確かに檻の中の少女は美しかった、長い金色の髪に緑の瞳を持った少女だった。ほんの少しだけフェリシアに似ている、瞳の色がフェリシアの方が美しいが、彼女を幼くしたらこんな美少女になりそうだった。俺はどうしたものかと迷った、とりあえず買って助けるのは簡単だが、それからどうしていいか分からない。ちょっと仲間と相談したい、そう言って俺は奴隷商人の店の応接室に案内して貰った。
「この会話は聞かれているかもしれない、皆そう思って話してくれ。一体どうすればいいと思う」
「牙が無く力を失っている少女なら、助けてみてもいいのではないでしょうか」
「うーん、助けた後はどうしようか。あの魔法で殺しちゃうの?」
「あんな美少女を殺すなんて世界の損失です、私にはできません、すぐに助けましょう!!レクス様!!」
「ミゼ、助けたはいいが、それからどうするつもりだ?」
「あの少女がどう生きたいかが問題ですね」
「ああ、ロスカって人みたいに生きれるかもしれないんだね」
「そうです、ああ。あんな美少女なら血を吸われてもいいかもしれません、てへぺろ」
約一匹は自分の欲望に走っているようだが、俺たちは散々迷ったあげくにその少女を買い取った。値切りに値切ったが、金貨50枚で話がまとまった。金貨20枚で慎ましい人間なら一年は暮らせる、つまりこのヴァンパイアの少女を買う、それには普通の人間の二年半くらい収入が必要だった。奴隷商人からとりあえず俺を主人として登録してもらった、奴隷契約の魔法を目にするのは初めてだった。
「『主人に隷属せよ』」
「ん、変な感覚だな」
「くそっ、人間なんて嫌っ!!くっ、苦しい!!……………………うぅ、酷い」
奴隷商人が呪文を唱えると俺とヴァンパイアの少女に何か繋がりができた、かなり昔のことだがミゼと契約した時のようだった、少女が俺の配下になったとそう何故か分かるのだ。少女はしばらく魔法の契約を拒否して苦しんでいたが、最後には隷属の魔法に従って大人しくなった。
さてこれからが問題だ、この少女をどうにかして人間と共存させなくてはならない。それがどうしてもできない時は、可哀そうだが俺自身の手で殺すつもりだ。俺たちは大人しくなった少女を連れて、奴隷商人の店を出た。少女は下位ヴァンパイアだった、だから光を遮る特別な分厚いフード付きの長いマントを全身に被っていた、奴隷商人からのサービスというわけだ。とりあえず、宿屋で四人部屋をとって、それから少女と話をした。
「まず名前を聞いておこう、お前を何と呼べばいい」
「………………ティリア、私はティリアよ」
「そうか、親はどこにいる。仲間は他にいないのか」
「ふざけないで!!仲間を殺したのはあんたたち人間よ!!」
このくらいの反抗的な態度なら隷属の首輪は反応しないようだ、少女は憎しみをもった目で俺を睨みつけた、仲間を殺されているのならそれもまぁ無理もないことだろう。
「分かった、とりあえずお前には人間を襲わないようになってもらう」
「そんなの無理よ、お馬鹿さん。金貨50枚を無駄にして、全く可笑しくて笑えるわ」
美しい少女は突然笑い出した、くすくすと本当に可笑しそうに笑っていた。それから俺たちに向かって、こう言い放った。
「どうせ私は2、3日で死んでしまうのよ」
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