第百六十二話 裏切者は許さない
俺もファンが言ったところを読んでみた、するとそれはディーレが以前に使った魔法が載っていた。『聖なる炎』という魔法で悪魔族に効果があるとされているものだ、だが本からは別のことが『残留思念』で読み取れた。
『この魔法を本当に使えたなら、相手の精神を焼き尽くすことができる。それはたとえ高位ヴァンパイアでも例外ではない、だがこの魔法は呪われている決して使ってはならない』
俺は読み取った残留思念をよく考えてみる、『聖なる炎』を本当に使うとはどういう意味だろう。そして呪われているとは何のことだ、残留思念から他にも『恐ろしい』『忘れたい』『使わなければよかった』などという、こちらの恐怖心を煽るようなイメージが伝わってきた。だが、この魔法で高位ヴァンパイアが倒せるのなら、俺はこの魔法を覚えたい。
「ディーレ、『聖なる炎』とは元々どういう魔法だ。人間には危険がないと聞いたが、それは本当なのか?」
「レクスさん、僕が知っているのは神を信じて悪魔を退ける魔法だということだけです。以前にミゼさんに使ったように、悪魔以外には効果がない魔法だと言われています」
俺はディーレの言葉に更に考え込んだ、神を信じて悪魔を退ける魔法。言い換えれば対象を選んでそれを消滅させる魔法ではないだろうか、魔法の発動は術者のイメージに大きく左右される。だからヴァンパイアを敵だと思って、その敵だけを破壊するイメージで使ってみたらどうだろうか。でも、そうそう都合よくヴァンパイアがいるわけではない、そして今の段階では全て俺の仮説でしかなかった。
「ファン、よく探し出した。だが、他の魔法をもう少し探してみよう。この魔法も試してみたいが、使っていい相手がいない」
「レクスさん、相手をヴァンパイアに限定しないなら、狩りの時などに使ってみたらどうでしょうか」
「あっ、兎や鹿を相手に使うの?」
「それで魔法が発動するでしょうか、でもやってみる価値はありそうですね」
俺たちは他の魔法を探しつつ、『聖なる炎』の魔法を試してみることにした。行商人として商業ギルドに通いつつ、高位ヴァンパイアを倒す魔法を他にも探してみる。そして、街の外に出て動物を相手に『聖なる炎』の実験をやってみた、そうしたら呪われた魔法だという意味がすぐに分かった。
「『聖なる炎!!』」
『怖い』『辛い』『止めて』『死にたくない』『殺さないで』『嫌だ』『人間だ』『恐ろしい』『怖い』『嫌だ……』
簡単そうな兎などの小動物を殺すつもりで試してみただけなのに、その相手の感情が逆に流れ込んできて魔法を維持することができなくなった。これは呪われた魔法だというだけはある、とても高度な精神魔法でもあった。俺は自分が無力で小さな兎になったように感じ、自分自身から殺されそうになる恐ろしい感情を味あわされた。俺が攻撃対象にした兎はしばらく硬直していたが、魔法がとけると一目散に逃げだした。
以前にディーレがミゼに使った時とは違う、あの時ディーレは悪魔を対象に魔法を使った。そしてその悪魔というものがいなかったから、魔法は発動したが滅ぼす相手がいなくて不発に終わったのだ。
「精神は人間でもヴァンパイアでも弱いところがある、この魔法はその部分を攻撃する本当は上級魔法だ。だが、何かが違う、まだどこかが不完全だ。この魔法を皆は使うな、下手すると自分自身が危ない」
「……レクスさん、あまり無理はしないでください。深く傷つけられた精神に効く、そんな回復魔法を僕は知らないんですから」
「大丈夫、レクス。顔が真っ青だよ、とっても苦しくて辛そう」
「レクス様、心を鍛えることは難しいことです。でもこの魔法を使って高位ヴァンパイアを倒せるということは、何か別の方法があって今は間違っているのではないでしょうか」
俺は仲間たちから心配されて、一旦この魔法の習得は止めた。方法自体は間違っていないはずだ、でも確かに何かが足りていないと感じた。精神を攻撃する魔法、呪われていると言われるだけはある。だが、精神魔法と俺は相性が良かった、そんな俺だからこの程度の恐怖心を味わうだけで済んだ。俺は仲間にはこの魔法を使わせなかった、仲間に恐ろしくて狂ってしまうような、そんな死の恐怖を感じさせたくなかったからだ。
「一度使っただけなのにこの魔法は疲れる、他にもヴァンパイアに効く魔法がないか探し続けよう」
「はい、分かりました。でもレクスさんは少し眠って休んでください」
「レクスは自覚が無いかもしれないけど、顔色が悪くてすぐに倒れそうに見えるよ」
「それでは私がレクス様の護衛を致します、宿屋のベッドから一歩も出しませんから」
皆が心配するものだからその日は俺は宿屋で休ませてもらった、ミゼの言う通りに精神を鍛えるのは難しいことだ。鍛えると言っても何をしていいか分からない、それに肉体と違って成長しているという実感がない、そしてきっと破壊された時もそれを防ぐ方法がない。俺は眠りながらとても恐ろしい夢を何度も見た、その度に目が覚めたがミゼがのんきに居眠りをしていて体の力が抜けた。こいつは危険が無い時は、とことんよくサボる奴だ。そんなミゼを笑って、何度目かの眠りについた。
翌日には俺はなんとか回復して、皆と一緒に他の魔法を探して歩いた。悪魔族の姿には相変わらず驚かされたが、何日もいろんな姿を見るうちに慣れていった。
「高位ヴァンパイアを倒す魔法を知らないか」
「ああ、今ヴァンパイアが人間の世界で、妙に活発に動いているんだってね」
「そうだ、だからそれを倒す魔法があったら大儲けだ」
「強欲な行商人だよ、いやだからこそこんな辺境まで来るんだろう」
「知っていることがあれば教えて欲しい、報酬はもちろん払うつもりだ」
「私たち悪魔族はヴァンパイアに嫌われてるからね、だから何にも知らないよ」
何日か聞き込みをしてヴァンパイアが悪魔族を襲わない理由を知った、それはただ単純に悪魔族の血がまずいからということだった。やはりヴァンパイアには人間の血が一番に美味しく感じるらしい、死んだ元ヴァンパイアハンターも人の血の誘惑は強いと言っていた。悪魔族はヴァンパイアの攻撃対象から外れているのだ、なのに何故あの本には高位ヴァンパイアを倒す魔法が残っていたのだろう。
俺たちは本屋に行って、本の元の持ち主を探してみた。本屋の主人は偶々前の持ち主を覚えていた、だから俺たちはその悪魔族が住むという場所に行ってみた。町外れの今にも朽ち果てそうな屋敷、それがあの本の元の持ち主の住処だった。今も住んでいるのかは分からないので、玄関でとりあえず声をかけてみた。
「すまない、誰かいないか」
俺の言葉に返事はなかった、だが何かの気配が感じ取れた。俺たちはいつでも戦えるように警戒しながら、その今にも壊れそうな屋敷にそうっと入っていった。
「だ、誰よ。分からない、何故来たの?」
そこにいたのは角と翼をもつ女の悪魔だった、元は美しい女だったかもしれない。だが、その顔は恐怖というものが貼りついているようだった、黒髪に黒い瞳を持ち声はかすれて体はとてもやせ細っていた。俺はその女の肩に触れて『残留思念』を使ってみた、そうしたら本の持ち主かどうか分かる、そんな気軽な思いからの軽率な行動だった。
『怖い』『嫌だ』『ダフネよ』『あはははっ』『殺される』『いや殺すのは私』『なんで?』『殺す殺す殺す』『分からない』『分からない』『止めて』『ダフネっていうの』『もう聞きたくない』『お腹がすいた』『食べたくない』『私はダフネ』『死にたい』『殺すから』『食べたい』『嫌だ嫌だ嫌だ』『ダフネ』『どうして』『私は何』『死にたくない』『死にたくない』『死にたくない……』
「うっ!?」
「レクスさん、大丈夫ですか!!」
「止めて、レクス!!」
「レクス様、すぐに手を放すんです!!」
ディーレたちが止めてくれなければ俺は狂ってしまったかもしれない、その女は完全に正気を失ってしまっていた、そうしてその女の中には一際強い感情があった。
『なんであんな魔法を使ったの』
女の感情が一気に流れ込んできた、俺にはそれが『聖なる炎』の魔法だと思った、それにしても酷く頭が混乱する。女の感情と自分の感情が入り混じって、俺は訳が分からなくなりそうだった。
「レクスさん、すみません。『眠り!!』」
ディーレが眠りの魔法を使った、俺が分かったのはそこまでだった。俺は夢を見た、ダフネという女の夢だった。女の周囲は真っ暗な闇が広がっていた、そして夢なのに凍ってしまいそうな寒さを感じた。
夢でダフネには好き合っている男がいた、その男といてとても嬉しいと感じていた。でも男は悪魔族ではなく高位ヴァンパイアだった、やがてダフネは男からあっさりと裏切られた。そうして辛くて堪らなくなって、復讐しようと悪魔族には禁じられている魔法に手をだした。そうしたらその魔法で男は狂っていった、ダフネにもその感情が移ってしまった。だからもう私には何も分からない。もう何にも感じないし分からない。ねぇ、貴方はなんで私を覗いているの?
「はっ!?……はぁ、はぁ、はぁ。夢か」
俺は恐ろしい夢から飛び起きた、夢の中でダフネという女の感情を味わった。とても恐ろしい夢だった、だがどうしてまだ周囲がこんなに暗いんだ。暗い、何も見えない。ディーレやファン、それにミゼはどこにいった。ここはどこだ、なんでこんなに暗いんだ。俺は手探りで闇の中を進み始めた、宿屋の中かと思ったのに、一向に壁にぶつかることもない。これは変だ、何かがおかしい。そう思った時に真っ暗な闇の中から女の声がした、それは心臓を鷲掴みにするような声だった。
『それはね、貴方が私を見たからよ。ねぇ、私とっても寂しいの。ずぅっと一緒にここにいて』
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