第百六十話 背負ったままでいてもいい
幼いヴァンパイアの子供を二人殺してしまった、また俺の胸の中に重くて苦いものが広がった。それはオレイエ国がヴァンパイアに滅ぼされたと聞いた時、それからずっと俺の胸にあったものだった。俺はそれをどうすることもできずに宿屋に帰ってきた、するとディーレが宿屋の外で待っていた。
「レクスさん、少し夜の散策をしませんか」
「ああ、別にいいが」
俺はディーレからの誘いにのって宿屋から離れて歩き出した、しばらく当てもなく歩いていった。そうするとちょうど俺たちが夜になる頃に見た、あの兄妹たちが拷問された広場に来てしまった。そこでディーレはこう言いだした、静かでとても哀しそうな顔をしていた。
「レクスさん、ちょっと神官様の役をしてください。……僕は告解したいことがあります」
「別に構わないが、俺には神官なんて務まらないぞ」
「聞いて貰うだけでいいのです、それだけで構いません」
「ああ、分かった」
誰もいない広場でディーレは残っている血の跡に向けて祈るように座り込んだ、そうしてその背中を見つめている俺に告解という懺悔をし始めた。
「神よ、僕は罪を犯しました。今日、ここで出会った二人の幼い命を救えませんでした」
「………………」
「神よ、僕は他にも罪を犯しました。不用意に他種族を傷つける魔法を広げて、一つの国を滅ぼしてしまいました」
「………………」
「神よ、僕は大きな罪を犯しました。神のその救いである恵みによって、僕の罪を取り去り、洗い清めてください。救いの喜びを与えて、聖なる息吹を送ってください、神に喜び仕える心を支えてください。僕は自分の信じている道を進みます」
「………………ディーレ、お前だけが悪いんじゃない」
俺はディーレの告解を聞いていた、ディーレが言っていることはそのまま俺の後悔していることだ。やはり俺たちは間違えていたのだ、それを最初は分かったような気になっていた、でも本当には認めずに別の何かのせいにした。そうしてまた似たようなことをしている、今度の旅も間違っているのだろうか。そう考えこむ俺にディーレが立ち上がって振り返った、もう哀しそうな顔はしていなかった。ディーレは何かを決心したような顔をしていた。
「レクスさん、貴方がオレイエ国がヴァンパイアに滅ぼされたと聞いた時、それから抱いている想いを無理に捨てようとしないでください。それは僕たち二人が背負う荷物です、軽くすることは難しいかもしれませんが、捨てようとすればそれは人間らしい心を捨ててしまうということです」
「……そうか、俺は国がヴァンパイアに滅ぼされたと聞いた時から胸が苦しくて堪らない。だが、それは無理に捨てなくてもいいのか」
「そうです、それを捨てないで持ち続けること、それこそ人間だという証明です。優しいレクスさんには今は重い荷物かもしれません、でもあの魔法で助かる人々が増えるたびに軽くなっていくでしょう。なくなることは決してありませんが、後悔することが悪いことだとは思いません」
「……ディーレ、お前もやっぱり後悔しているのか。俺たちの行動で多くの人々が死んだ、国が一つ滅びてしまった。あの魔法を広めなければ良かった、そう思うことはないか」
「そう思ってしまうこともあります、ですが過ぎたことは無かったことにはできません。僕たちは自分のやったことに責任を持たなければなりません、ヴァンパイアに襲われる人々が少なくなるように、今度は高位ヴァンパイアを倒す為に、優しい心は忘れずに罪を背負い、新しい魔法を探していきたいとそう思います」
「………………お前は強いな、俺は危うくまた間違えるところだった。新しい魔法を探すということを口実に、過ちを忘れようとして重い心を誤魔化していた」
ディーレは俺に近寄ってその手を握った、彼の手は暖かくて冷え切っていた俺の手を温めてくれた。
「レクスさん、貴方がいることで僕は強い心を持てます。同じように傷ついていながら、それを忘れようとしない貴方のおかげで、一人ではないと慰められているのです」
「俺だってディーレのおかげで助かっている、ディーレが俺を人間のように扱うから、それで俺は人間でいられる気がする。…………確かに俺たちには重い荷物だが、二人なら忘れずに持っていけそうだな」
俺の言葉にディーレが笑った、また哀しそうなのにどこか強さを感じさせる笑いだった。俺もそれにつられて笑った、そういえばあれから何も気にせずに笑えたのはいつぶりだろうか。俺たちは告解はそこまでにした、そうして宿屋までの道のりを戻っていった。
「ディーレ、ファンやミゼには……」
「分かっています、何も言わない方がいいでしょう」
「ああ、ファンはドラゴンだから俺たちと考え方が違う。ミゼも同じだ、俺たちほど責任を負う必要はない」
「ファンさんもミゼさんも気にしていましたよ、レクスさんの様子が少しおかしいって言っていました」
「自分があまりにも重い荷物を持つことになったと思ったからな、それが軽くなる方法なんて考えてもいなかった。俺は重荷に押しつぶされるところだった、だから今夜は助かった」
「レクスさん、その荷物は僕も背負っています。今日は告解を聞いてもらって、いくらか心が軽くなりました。二人で背負う荷物です、時には分け合って、時にはそのことの話をして、最期まで持っていきましょう」
ディーレは本当に聖人のようだ、俺の心を随分と軽くしてくれた。確かに俺たちは失敗をした、でもやり直していくことはできる。またあのエルフの女の子であるクロシュを思い出す、今度こそ俺たちも精一杯やり直しながら生きていきたい。
宿屋ではぐっすりと眠っているファンとミゼがいた、俺たちは一人と一匹を起こさないようにして、それぞれのベッドで深い眠りについた。俺はあの国が滅んでからずっと焦っていたから、上手く眠りもとれていなかった、だがその夜はとても深くて心地良い睡眠がとれた。
朝になるとファンに真っ先に起こされた、俺は欠伸をしながら起きて身支度を整えた。それからは朝食だ、俺たちは近くの飯屋に行った。いつもと同じ俺はスープやジュースだけだ、だがここ最近では初めて食事をするみたいに美味しいと感じて嬉しくなった。
「レクス、昨日はどうだったの」
「ああ、仲の良い兄妹がもう戻ってこれないところへ旅立った」
「……神よ、御許に召された二人の子どもに永遠の安らぎをお与えください」
「どんな種族でも子どもが辛い目に遭うのは嫌なものですね」
「そっか、もう苦しくないところに行ってるといいな」
「大丈夫だ、ディーレが祈ってくれたからな。きっと良いところへ行けたさ」
「はい、そうですね、そうであることを祈ります」
「私はロリコンでもショタコンでもありませんが、可愛くてとても仲の良い兄妹でしたね」
俺たちはそう話しながら食事を終えるとデエスの街を出た、街を守る兵士たちが妙に騒がしかったが、あの二人の兄妹の遺体をみつけたのかもしれなかった。とにかく俺たちは街を出ることができた、リブロ国はまだまだ遠いが一歩ずつ確実に進んでいかなければならない。
ディーレの告解を聞いておいて良かった、それから先の街や都では似たようなことが何度もあった。人間を襲うはずのヴァンパイアが、逆に人間に捕まり虐げられていた。あまりにも酷い時には様子を見に行くこともあった、子どもが相手の場合は特にだ。大人ならばもう自分のやったことを理解しているだろうが、子どもは大人のすることを真似していただけだからだ。
俺の心は何度もくじけそうになった、でもその度にディーレの言葉を思いだした。俺と同じ罪の意識をディーレは背負ってくれている、そう俺は決して一人でいるわけではない。そしてディーレやファンやミゼ、傍にいてくれる仲間のことを想った、温かい心を持つ仲間が俺には沢山いるが、そうではない人間に醜い面があるのは仕方がないと諦めがついた。
「寒くなってきたな、辺境に近づいてきた証拠だ」
「防寒具を着ていきましょう、暖かくして凍えてしまわないように」
「えへへへっ、ふかふかだ。これって凄く暖かいね」
「私だけ何も着れません、ファンさん。どうか、防寒具のフードに入れてください!!」
ミゼは猫だから防寒具が着れなかった、それで仕方なく俺たちで順番でミゼの面倒をみた。ミゼはファンにばかりくっつきたがったが、それではファンの負担が大きくなってしまう。だから順番にミゼを防寒具の中にいれて連れていった、ミゼは暖かそうにしていたが俺とディーレの時には不満そうだった。
「あれが人間の最後の街スルシードです、充分に食料など物資の準備をしていきましょう」
ディーレの言葉にちらほら雪が降る中で全員が頷いた、リブロ国を目指すには準備を念入りにしていた方がいい。なんといっても住んでいるのが人間を嫌っている悪魔族だ、最悪の場合は食事も全て自分たちで用意する必要があるだろう。俺たちは特にファンのことを考えて、大量の食糧を買い込んでおいた。そうしてリブロ国のことを聞いてまわったが、聞いた者は口をそろえてこう言い放った。
「あんなところ人間が行くところじゃない、悪いことは言わないから引き返した方が良い」
広告の下にある☆☆☆☆☆から、そっと評価してもらえると嬉しいです。
また、『ブックマーク追加』と『レビュー』も一緒にして頂けると、更に作者は喜んで書き続けます。