第十六話 自然に生きるのも悪くない
「な、何故だああああぁぁぁぁぁ!! …………うっわっ、やる気がない。もういい、やっぱり俺にはできなかったんだ。このまま草刈り屋として生きよう」
「いきなり、後ろ向きな発言全開でございますね。強く生きましょ、強く。レクス様はやればきっと出来る子でございます」
俺はやる気をなくして、レコム村の開拓予定地に四肢を地面につけて落ち込んだ。そりゃもう、凄く落ち込んでいた。この数日、同じようなことを繰り返したから、ミゼも慣れたもので慰めの言葉がおざなりである。
「なぁ、ミゼよ。一度は手に入ったものが失われるのって、言うまでもなく辛い」
「ご心痛お察し致します、ミゼもレクス様の心の痛みを察して、一日にたった二度しかご飯が喉を通りません。ああ、なんて辛い毎日でございましょう!?」
あっ、畜生。ミゼの奴、もう慰めるつもりもないな。一日に二度も食事ができたら猫としては充分だろう、それ以上に食べると太るぞ。シアさんなんかは触りごこちが良くなって、かえって喜ぶかもしれないけどさ。
「…………とりあえずは、真面目にお仕事をするか。ふっ、これこそある意味で、草食系ヴァンパイア本来の姿と言えよう」
「…………確かに、同じような効果の魔法はございますが、この広い敷地でとなると、地道な作業ゆえに草食系ヴァンパイアにはうってつけのお仕事でしょう」
労働意欲を回復させた俺の前には、ラビリスの街から少し離れた村。レコム村という小さな村の開拓予定地が広がっていた。
俺は自前の怪力で斧を木々に叩きつけてから切り倒し、それを木材置き場に運ぶ。また、残った切株を引っこ抜いて、これは乾かして燃料とするそうなので、廃材の置き場に積み上げていった。
この際に草食系ヴァンパイアとして、しっかりと生気を頂くのも忘れない。切り倒して捨てる部分や廃材にする切株から、集中して生気を頂いている。単純に木の生気を食べるだけなら全部食べてしまうと、その後に木材としては利用できずに枯れてしまうからだ。
「あんたは力も強いし、魔法も凄い。いや良い人が来てくれたよ、ところでうちには気立ても良くて可愛い娘が……」
「あー、忙しい、忙しい。このくらい『怪力』や『枯渇』の魔法が使える冒険者なら、特に大したことじゃない」
「はい、レクス様の言う通りでございます」
俺は同じように開拓作業をしている、この村の男からの話を聞かないようにする。せっかくラビリスの街から逃げてきたのだ、この村でまで勧誘や縁談の話は聞きたくない。
俺がちょっとした冒険者同士で意思疎通を怠った結果、俺は新人冒険者の間で勧誘と求愛の嵐に見舞われることになった。
俺が結果的には助けた、……実際は通行の邪魔だったので、対処したに過ぎない。その新人冒険者達。彼らがあの日からわらわらと俺に群がって、勧誘だか求愛だかを繰り返すようになったのである。
「レクスさん、今日こそ私達のパーティに入りませんか?」
「あああああ、あの、この前のこ、告白のお返事はどどどど、どうですか?」
「師匠、今日こそ稽古をつけてください!!」
「いや、男女のパーティは問題が多くなる。そこで俺のパーティに入るといい」
「だから、私達のパーティが誘った方が早かったから、割り込みしないで!!」
「ち、ちょっと強いからって勘違いしないでよね、あ、あんたと一緒に行ってあげてもいいんだからね」
「わぁ、見つけました。今日こそ――……」
俺は俺にとって必要のない雑音は、会話として聞こえないという特技を持っている。その技能を得るに至った過程はもうどうでもいいだろう、人族の中に伝説と言ってもいい、勘違い思い込みの激しいマリアナというくそメスが一匹いたというだけの話だ。
もちろん、この雑音は会話として理解しないという技能を発揮してはいた。しかし、物事には限界というものがある。毎日、毎日、蓄積される精神的な疲労感から、ついちょっと遠くにある村。まだ開拓中の村から出ていた、『レコム村、開拓の手伝い、ランク銅以上、食事と寝床を現物支給』
そう書かれていたうまみもあまりない、もちろんあまり人気もない仕事を引き受けたのだ。まぁ、草食系ヴァンパイアとして緑溢れる、まだ伐採されてない森林は癒しの効果はあった。
日給で銅貨1枚という、本来なら移住を検討する引退が近くなった冒険者向けの依頼だったらしい。人間ならいつか身体能力は限界を迎える、生きていればいつか必ず老いという問題に直面するのだ。
既にもう、草食系ヴァンパイアになった、不老の俺には関係ないけどな。
「俺は仕事に生きるぞ、ミゼ」
「……ご随意に」
村の方でも依頼を出しておけば、運が良ければ新しい村民が増えるかもしれない。そのくらいの認識で、出さないよりはマシという依頼だった。さて、そこでどんな熟練者のおっさん、もしくはおばさん冒険者が来るかと思っていたら、年は15という若さの溢れるお年頃の俺が村に来たのである。
お年頃の娘の親、または娘自身が色めきだった。その日から俺は開拓の仕事を手伝いだしたのだが、魔法を使っていると誤魔化してはいる。
そうただの魔法の力です、言い訳しているが黙々と開拓作業に行う俺は、その容姿の良さ、若さという財産、魔法という技能。
俺の能力や年齢、仕事ぶりがこの小さい村に周知されてしまった。それからはラビリスと同じく、この村でも勧誘と求婚という雑音が聞こえるようになった。
これは予想外の出来事だった、でもラビリスに比べればこの村は人口が少ない分、雑音も大したことはない。雑音は大したことはないのだが……
「女というものは、いや、人間というものはしたたかな生き物だ。ミゼ」
「以前の私でしたら、レクス様に爆発しろ、このイケメン!!と賞賛の言葉を与えたことでしょう。ですが、あれは怖かったです。もう、当分おかわりは結構です」
ああ、なんということでしょう。村から提供される食事も、寝床という屋根がある掘っ建て小屋も、街の宿とは比べものにならない。しかし、特に不自由するようなこともなかったのだ。傍には大自然が広がっており、新緑の森に心癒されるような環境だった。ごみごみとして街を出て澄んだ空気を味わえる、とても開放的な空間だったんだ。
…………複数の村の女達がこっそり夜這いをしかけてくるまでと、そんな恐ろしい条件付きだがな!!
「あ、アンナがどうしてここに居るのよ!!」
「えっと、別にいいでしょ!? マリーこそ、そんな薄着ではしたない!!」
「サーモンまで、あんた鏡を見てからここに来たら?」
「ルルに言われたくないわよ、あんたこそ喧嘩うってんの!!」
「私がこの中で一番若いんですよ、ミリレって言います。うふふ、よろしく」
また、その女たちがよりにもよって揃って鉢合わせをしたから、俺にとってオーガの集団よりも恐ろしい襲撃だった。
その場で決して男は口を出してはいけない、女の闘いが始まったので俺は静かに、しかし速攻でそこから逃走した。その日以降は怖いので、掘っ建て小屋は使わずに森の中で野宿をしている。
森は俺に基本的に優しい、子どもの頃も危険はあったが、森の中で過ごすのは苦にはならなかった。
草食系ヴァンパイアになった今なら尚更である、樹齢の長い大樹とは朧げながら意思疎通さえできるような気がしてきている。
「今日も、自然の恵みを頂きます」
「…………お疲れのレクス様、どうかゆっくりと食事をお楽しみください」
俺は草食系ヴァンパイアなので植物からしたら天敵なのだが、大きな樹木はその器も大きい。”いらっしゃい”とか”また来てね”など、寿命の短い人間と異なり、彼らの言葉は優しく寛大だ。
…………ミゼの奴にそう言ったら、レクス様はお疲れなのですなどと言われる。俺は疲労のあまり、幻聴が聞こえているとミゼから思われている。いや、違うよな。違うよね、違うと思っていたい、だからそう決めた。よおし、特に問題ない。
「さて、ミゼ。そろそろ、開拓作業にも飽きてきた。少々うるさいかもしれないが、ラビリスの街へ戻ろう」
「さようでございますね、宿の地面よりは柔らかなベッドが恋しゅうございます」
俺は今日いっぱいでこの開拓依頼を切り上げることにしていた、半月ほどの自然に生きる生活だったが、また迷宮に潜ってオーガをぶん殴る生活に戻るとしよう。
この村でも鍛錬は欠かさなかった、また動物相手の狩りなどもしていた、あまり俺の体は鈍っていないはずだ。
開拓という仕事は草食系ヴァンパイアの俺にはわりと天職のように楽な仕事だったが、生活環境はあまり良くなかった。ミゼは野宿が嫌いなので、俺の言葉に瞳をキラキラと輝かせた。
俺はこの半月ほどで見慣れた大自然を眺め、少し残念そうに言葉を零した。
「霧になることはできなくなったが、オーガ程度なら問題はないからな」
広告の下にある☆☆☆☆☆から、そっと評価してもらえると嬉しいです。
また、『ブックマーク追加』と『レビュー』も一緒にして頂けると、更に作者は喜んで書き続けます。