第百五十九話 目に焼き付いて離れない
フォルティス国に滞在して半年が過ぎた、俺たちは必ずヴァンパイアの襲撃があると思っていた、だがそんな様子は微塵もなかった。俺たちがこれは違うのかもしれないと思い出した頃だ、ジェンドという第三王子から秘密裡に呼び出しがあった、何か情報が欲しかった俺たちは警戒しながら会うことにした。
そして、アウル魔法学院の応接室でジェンドから、俺たちはいきなり衝撃的な話を聞かされた。
「オレイエ国がヴァンパイアによって滅びたそうだ、あの魔法はかなり役に立ったそうだが、高位のヴァンパイアには効かない。そこをつかれたと聞く、アーベント国の傍にいた者の運命だな」
アーベント国とはヴァンパイアの国だ、その隣国のオレイエ国が滅びたという。それは俺たちに責任がいくらかある、あのヴァンパイアを倒す魔法を広めたからだ、それがヴァンパイアたちの怒りをかったのだろう。俺は酷く苦いものを飲んだような気がした、やり方を間違ってしまったのかと思ったが、俺にあれ以上のことができるとは思わなかった。いや、それさえ言い訳でしかない。
「……そうか、他の国はどうなんだ。ヴァンパイアたちに次に狙われる国はどこになりそうだ?」
「それを聞いてどうする、行ってみて高位ヴァンパイアと戦うのか。それは無理だ、ただの傭兵では相手にならない。それに魔法を広めたことを後悔しているようだが、我が国でもあれと似た魔法を開発していた。つまり、遅かれ早かれあの魔法は広まることになっていたのさ」
俺はジェンドという王子の言葉に考え込んだ、俺たちがヴァンパイア退治用に持ち込んだ魔法、それはフォルティス国でも開発されていた。それなら、ヴァンパイアが住んでいるアーベント国。その近くにあったオレイエ国の滅び、それはいずれやってきたことだった。
それにしても高位ヴァンパイアは少ないが、その手先である中位や低位のヴァンパイア、彼らは沢山の国にいるのかもしれない。人間がギルドや国の魔法を使って連絡を取り合うように、ヴァンパイアも組織的に動いているのかもしれなかった。
そして、俺が会いたいと思っているフェリシアはおそらくアーベント国にいる。彼女に会えるものなら会いたいがどうしたらいいのか分からない、するとジェンドの方から更に話しかけられた。
「………………」
「もしアーベント国を訪ねてみよう、そう思っているなら自殺行為だな。あの国は翼をもっているか、上級魔法の『飛翔』を使える者しか入れない。オレイエ国の跡地まではいけるだろうが、そこにもヴァンパイアが集まっていると聞く。死にたくないなら、行く場所は選ぶべきだ」
ジェンドは王子にしては相変わらず気さくな人柄をしている、王族なのに平民の俺たちにも明け透けに話をする。アクセとセハルほどではないが好感がもてる、聞かされた情報も大切なことばかりだった。
「……俺たちをここに呼んだ理由は何だ?」
「そう、それが本題だ。お前たちにはリブロ国に行って貰いたい、これはお前たちだけじゃなく他にも有望な者を何組も向かわせてある。リブロ国は辺境の国だがそこには悪魔族が住んでいる、そして彼らが使うという、高位ヴァンパイアでも倒せる魔法を探して欲しい」
そんな魔法があるとは初耳だ、でもあるかもしれないとは考えてもいた。魔法は新しいものを作り出すことができるから、高位ヴァンパイアを倒す魔法も作り出せるかもしれないと思っていた。だが、既に存在していたとは知らなかった。
「そんな魔法が本当にあるのか!?」
「リブロ国の悪魔族が生き残っているのがその証拠だ、悪魔族は人間から嫌われているから辺境に住んでいる。だが、同じように辺境にいるヴァンパイアに滅ぼされたりしていない。何百年も前から高位ヴァンパイアを倒す魔法の噂はあったが、人間はそれを手に入れられていない。だが、今回はそれを手に入れてきて欲しいんだ。そうすればヴァンパイアはもう恐れる存在ではなくなるだろう」
俺たちはジェンドの話を聞いて返事は保留にして貰った、そうしてから仲間たちとまず話し合った。
「……俺たちがしたことは失敗だった、一つの国が滅びたのがその証拠だ」
「レクスさん、それはどうでしょうか。確かに国が一つ滅びました、痛ましいことです。でも、その代わりに沢山の人々が、低位や中位ヴァンパイアを簡単に倒せるようになった、それもまた確固たる事実です」
「レクスって難しく考え過ぎてる、ヴァンパイアを倒す魔法を広めた。そして必要な人がそれを使っただけ、最終的にヴァンパイアに負けた人がいても、その人が戦うことを選んだのには間違いない」
「戦う以上は負けた時のことも考えなればならない、ってそういうことでしょうか。小心者の私は少し荷が重うございます」
「俺たちは間違っていたが、正しくもあったということか。それじゃ、これからどうする?」
「悪魔族の方にお会いしましょう、人間である僕は嫌われているかもしれませんが、高位ヴァンパイアを倒す魔法を教えてもらいたいと思います」
「ディーレに賛成、もしそんな魔法が本当にあるなら、僕も知っておきたい」
「悪魔族でございますか、角と翼つきの悪魔の女の子。是非ともお近づきになりたいものです」
俺は自分が失敗したのだ、その思いが消えなかった。そしてエルフのある女の子を思いだす、クロシュという名のあの子は、自分の非を認めて素直に謝ることを望んだ。では俺はどうだろうか、確かに俺たちがあの魔法を広めたのは軽率な行動だった、でもそれで救われた人々も確実にいた。全部が間違っていたわけではない、それならまだ俺は戦える。人間を殺したヴァンパイアに対して、これからも戦っていく理由が増えただけだ。
「分かった、それじゃ悪魔族に会いに行ってみるか」
「ええ、過ちは確かにありました。でも、僕たちが立ち止まる理由にはなりません。神よ、いつも物事の明るい面を見ることができ、最悪のときにも感謝すべきものがあることを悟らせてください」
「えへへへっ、悪魔族って会うのは初めてだ。どんな種族かな、お友達になれるかな」
「私も楽しみでございます、悪魔族ってどんな種族でしょう。サキュバスなんていたらどうしましょう、なんてこと私は大人の階段へを一歩登ってしまうのでしょうか」
悪魔族が住むリブロ国へはここから5か月もかかるそうだ、リブロ国に着く頃には俺は19になってしまう。半年もフォルティス国で過ごしたせいか、旅に戻ったら体がしばらくは慣れなさそうだ。それも5か月もかかる長い旅になる、俺たちはできるだけの食料を買い込んだり、リブロ国は寒い国だそうなので防寒具を買いそろえたりした。
そうしてジェンド第三王子にだけ出発を伝えて、俺たちは高位ヴァンパイアを倒す魔法を求め、また5か月もかかる長い旅へと出た。
姿を隠す魔法はまだ有効なようだ、半年も同じ場所にいたおかげで居場所がバレるかと思ったが、ヴァンパイアたちからの襲撃はなかった。ヴァンパイアたちにとって俺たちは余計な魔法を広めた犯人だ、居場所を知っていたならきっと襲撃されたことだろう。俺たちは傭兵の身分のままでリブロ国を目指してすすんでいた、その途中のことだった。
「今日はこの街によるか」
「デエスの街というみたいですね、今日は野宿をしなくて済みそうです」
「わーい、やった。お料理されたご飯が食べれる!!」
「やっぱり野宿より宿屋のほうがようございますね、ゆっくりと休みましょう」
そんな俺たちが検問を通過して街に入ったら、なんだが賑やかな騒ぎが起きていた。街はもう夕暮れで、それなのに広間に人間が大勢集まっていた。人の流れに押されて俺たちも広間にきてみた、やがて夜がきてそこで行われていたのは拷問だった。ただの罪人への拷問だったなら気にしない、見もしないで飯屋に向かっただろう。でも、そこで拷問を受けているのはまだ幼いヴァンパイアの兄妹だった。
「なんだ、これは?何故、すぐに殺してやらないんだ」
「ああ、旅の人か。あの兄妹は何人も人を殺してるんだ、ただ焼き殺したくらいじゃまだ足りない」
幼いヴァンパイアの兄妹は手足を鎖で拘束されていながら、お互いを庇いあうように抱き合っていた。そこに容赦のなく鞭が振り下ろされる、兄妹たちは何度も、何度も鞭を受けてそこから血を流していた。それを人間たちは喜んでいた、純粋に楽しみとして見物をしている者が多かった。俺たちは静かにその騒ぎから離れた、俺はなんだか胸が痛くなった。そうだヴァンパイアでも子どもがいるのだ、家族というものが存在するのだった。
「今は無理だ、人が多すぎる。夜更けに様子を見にいってみる」
「ヴァンパイアは確かに人を襲います、でもだからといって幼い子どもを嬲るのは悪趣味過ぎます」
「また人間の怖いところ見ちゃった、優しい人のことを思い出そう。……ステーキさんやセハルくんは元気かな」
「はうっ、グロは映画かゲームの中だけで結構です。映画やゲームなら平気だったんですけどね」
食事の前に嫌なものを見てしまったからか、全員あまり食事がすすまなかった。それでも食べておかないと力が出せない、ディーレやファンは一生懸命に食事をしていた。ミゼも少し食欲が落ちていたが、ファンに無理矢理に肉を口に入れられていた。夜更けになったら俺は気配を消して、拷問が行われていた場所までいってみた。
群衆も幼いヴァンパイアの兄妹たちもそこにはいなかった、ヴァンパイアの血の匂いを辿っていくと街にある領主の館についた。そこでは更に悍ましいことが行われていた、あの兄妹たちを性的に凌辱する者がいたのだ。さすがに見ていられなくなって、『誘われし抗えない深き眠り』で領主の館の者を眠らせてしまった。幼いヴァンパイアの兄妹だけは眠らせなかった、俺はその兄妹に残酷なことを聞いた。
「お前たちはここでおそらく死ぬまで嬲られ続ける、その前に安らかな死が必要ないか?」
「そんなもんはいらねぇ!!人間はこっちに来るなっ!!」
「…………お兄ちゃん、…………私は疲れたよ」
俺の問いに兄の方は否定を返した、妹の方は兄と違ってもう近くに迫った死を受け入れていた。そうなるのも無理もない、こんな拷問や凌辱を受け続けたら、俺だって心が圧し折れてしまうかもしれない。兄の方は悔しそうにしていた、そしてまだ諦めようとしなかった。だが、妹はもう心が死んでいた。俺は迷ったが、妹のほうにもう一度聞いてみた。
「本当に死んでいいのか、お前の兄はまだ戦うつもりだ」
「そうだ、アオーラ。人間なんかに負けるな、あれはただの餌だ!!」
「…………もう良いよ、お兄ちゃん。私、人間にもお友達が沢山いた。もうこれ以上彼女たちに嫌われて、惨めに生きていきたくない」
俺はそんな兄妹の会話を聞きながらずっと思っていた、この兄妹がごく普通の人間だったなら、ここから助け出すことができる。だがそれはできない、人間を一度襲ったヴァンパイアは逃がすわけにはいかない。人間の血の誘惑はとても強い、ましてや子どもなら逃がしてやったら、また人を襲ってしまうことだろう。兄はしばらく妹を説得しようとしていた、でも妹に懇願されて最後には兄として一緒に逝きたいと言いだした。
「『永遠の死への眠り』」
俺は迷いながら魔法をかけた、すぐに死への眠りが幼い兄妹にもたらされた、魔法への抵抗はなかったから二人とも死を受け入れていたのだろう。妹はどこかほっとしたように少し笑っていた、兄の方は妹を抱いて泣いていた。その光景は俺の目に焼き付いてはなれなかった、俺にできることはもう見つからない、小さな兄妹の最期を見届けて仲間たちのところへ戻った。
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