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第百五十三話 立ち止まっても何にもならない

「……村長、そろそろお時間です」

「分かっている、レクス殿たちの魔法習得が間に合って良かった」


セラと俺たちがいる部屋に一人のエルフがやってきて短くそう言った、セラも落ち着いてその言葉に返事をしている、何だろうか嫌な予感がする。それが顔に出たのだろうか、セラが俺の方を見てまた笑った。


「心配することはない、もう村人は数名しか残っていない(・・・・・・・・・・)

「どういうことだ、セラ」


俺の中で疑問と不安がせめぎ合う、反対にセラは実に落ち着いていた。ファンも俺と同じものを感じ取ったようだ、いつもより表情が険しくなっている。ディーレやミゼも不安を覚えたようだ、そしてそれは的中した。


「レクス殿、しばらくの別れだ。なに、こういうことは今までにも何度も遭った」

「何が、って森か!?」


草食系ヴァンパイアの俺に森の悲鳴が聞こえてきた、これはまずいと思って皆で家を飛び出した。するとそこは霧ではなく、煙が徐々に広まりつつあった。もう時間は夜になっている、なのに村の周囲は薄明るいのが気持ち悪い。


「セラ、森が燃えている!!」

「ヴァンパイアたちが待ちきれなくなったのだ、大丈夫。逃げ道はこっちだ、ついてくるといい」


俺たちはセラたち数名のエルフと共にミュートスの集落があったところから逃げ出した、セラたちは初めから全て知っていたように火を避けて道を進んでいった。俺たちは小走りにセラたちについていった、ミゼはディーレのフードの中だ、煙が増えてきているがまだ呼吸できないほどではない。


「村に残った数名は皆、レクス殿たちと同じ魔法が使える。だから気配を辿られることはない、そして襲ってきたのはヴァンパイアだけではなく人間もだ」

「何故、人間があんたらを襲う。……いいや、理由などないのか」


「今はもう話してもいいが、このミュートスの集落跡地(・・)はヘルミナ国、それにエンテロ国の国境にあった。エンテロ国には奴隷制があって、常に人間ではないエルフが狙われていた」

「嫌な話だ、人間が嫌いになる」


「そんなに気にするな、偏見とそれに対する差別はどこにでもある、言ったとおりにヘルミナ国にあるベラーターの街を目指すといい。ヘルミナ国では奴隷制度は認められていないし、人間ではないエルフや他の種族にも寛容だ」

「そうか、分かった」


「そしてもう一度だけ、我々を助けて貰いたい。ヴァンパイアと人間の包囲網を抜けるが、どうしても倒さなければ進めない場所がすぐそこだ。そこにはヴァンパイアが数名いる、だが高位ヴァンパイアはいないと魔法が教えてくれた」

「……あの魔法を試す良い機会だ」


セラは禁じられた魔法だと言っていたが、ヴァンパイアの襲撃はそれを試す良い機会でもあった。エルフたちから与えられた大きなものに対して、俺たちが返せる僅かな償いにもなる。そう思った俺だったが、セラたちエルフはまた笑って口々に言った。


「そう自分たちのことを責めるな、エンテロ国の傍にいる限りはいつかは起こることだった。そこに助け手はくると、そう魔法が教えてくれたから心強かったぞ」

「あんたらが來るのが合図だった、それで少しずつ仲間は逃げ出せた」

「そうだ、国を移る良い機会になった」

「もう一度だけ助けて欲しい、俺たちも家族と会えるように」


咄嗟に元人間の俺とディーレは何も言えなかった、俺は何か胸にこみあげてくるものがあって言葉にできなかった。すると代わりにファンが元気よく応えた、ミゼがそれに続いて調子よく言い放った。


「もちろんだよ!!ドラゴンはヴァンパイアなんかに負けない!!」

「エルフを失うなんて世界の損失です、レクス様とディーレさんがきっと何とかしますとも!!」


相変わらず笑っているセラが仲間の声に代表して言葉を発する、俺たちは走り続けながらそれを聞いた。


「期待しているぞ、助け手たち!!お前たちとの暮らしはとても楽しかった!!」


そんなセラたちを邪魔する影が現れる、俺も仲間たちもそれに気がついた。それなら、することは決まっている。俺は仲間とセラたちに叫んだ、あまり大きな光は他のヴァンパイアや、人間に見つかるかもしれない。だから、仲間に合図して俺だけが魔法を行使した。


「一瞬だけ目を閉じろ!!『完全なる(パーフェクト)強き(ストロ)太陽の光(ングサンシャイン)!!』」


「何だ!?これはっ!!」

「嫌あぁぁぁ!!」

「焼ける、俺が燃える!!」

「痛い!!」

「何がっ!?」


俺も魔法を使うと同時に目をつぶった、瞼の裏で強い光が一瞬だけ辺りを照らした気配がした。次の瞬間には目を開いて確認する、セラたちと仲間たちは無事だった。それ以外の気配、低位か中位のヴァンパイアだろう。何人かが焼け焦げて転がっていた、あの魔法はこれほど強く効くのかと驚いた。


確かに低位や中位のヴァンパイアでは相手にならない、ヴァンパイアたちが遥か昔にこの魔法を一度は滅ぼすわけだ。そうして敵をやり過ごすと同時に炎の気配も遠ざかっていった、俺たちは走り続けてやがて分かれ道にぶつかった。そこで本能的に分かった、ここでセラたちとはお別れだ。


「森の導きにそっていくと良い、私たちは新しいミュートスの集落へ向かう。さらばだ」


セラは短い別れの言葉と共に去っていった、エルフたちもそれに続いていく。俺たちも行かなければならない、立ち止まっていても何にもならない。


「ディーレは俺の背に乗れ、ファンはミゼを頼む」

「レクスさん、少し待ってください、命綱をつけます」

「ミゼもほら同じ掴まって、本気で走るよ」

「はわわわ、ファンさんから離れません!!」


俺たちはエルフたちを見送る暇もなく、俺を先頭に森の中を疾走していった。俺とファンが本気で走れば並みの馬よりも速い、森の中だから全速力は出せないが、追ってくるヴァンパイアと人間を振り切るのは簡単だ。


「セラさんと僕たちに、神よ。知恵と勇気を授け、どうか導きがありますように」


ディーレが俺の背中で静かに祈りを捧げる、俺たちよりセラたちの方が心配だった。だが彼女たちは事前にこの襲撃を知っていて、できる限りの準備をしていた。俺たちの魔法習得を静かに見守り続けて、その妨げになりそうなことは何も言わなかった。エルフ、なんて誇り高く優しさと強さを持つ種族だろうか。


「ディーレ、心配するな。セラたちはきっと大丈夫だ」

「…………はい、あの強くて優しい方々に、きっと神が導きを与えてくださると信じています」

「エルフってカッコいい、ドラゴン族だって負けないんだから!!」

「ファンさんはカッコ可愛いですね、ずっとそのままでいてください」


さて俺はセラたちのことは振り返らずに木々に道を聞いて走っていった、ファンがミゼをしっかりと命綱をつけて抱きかかえてついてくる。森の木々たちは普段よりざわめいていたが、俺たちを見捨てないで導いてくれた。


”……こっちだよ……”


”…………まだ……誰もいない……”


”……そこは……避けて…………”


”……こっち、……こっちだよ……”


”…………大丈夫…………”


”……泣いて……いる……”


”……あの子だね……”


”…………心配……しないで……”


”……伝える……から……”


”…………でも…………”


”……内緒だね……”


俺は森の木々と精神を繋げていた、だから木々に俺が他に心配していたことまで伝わった。セラや仲間たちには悪いが、それはフェリシアのことだった。俺のことをずっと見ていないと不安で堪らない、そんなところがフェリシアには前々からあった。だから、姿を消す魔法を習得するのも本当は迷ったのだ。俺の頭の中には以前に聞いた、セラの言葉がずっとあった。


『レクス殿、一つ忠告しておく。ソリチュードはロクーラとも呼ばれている。その意味は狂気だ、あの最後の祝福されし者は、今では狂うほどにかつての仲間を欲している』


大丈夫だ、俺の無事はきっと森の木々が伝えてくれる。そして無事だけを伝えてくれるはずだ、俺たちの居所は教えないとそう木々の言葉から感じ取れた。ヴァンパイアたちが俺たちを襲ったことで、フェリシアは少なからず心を乱すと思う、でも落ち着けばきっと俺が無事だと伝わるはずだ。


俺はもう一つの恐ろしい可能性を考えないようにする、それはヴァンパイアを束ねる王として、フェリシア自身がこの襲撃を命じたということだ。確かにフェリシアには少し不安定なところがある、でも俺たちに関係ないエルフまで巻き込んだ、そんな恐ろしいことは考えたくはない。


俺に向けてくれる優しいところだけを思い出そう、彼女はただ寂しがって泣く子どものような愛らしい女だ。俺はそう結論付けて、彼女への恐ろしい考えは捨てた。


「街道が見えてきた、ヴァンパイアや人の気配はない。他に人の気配がするまでは、このまま走り続けるぞ」

「はい、しっかり掴まっています」

「分かった、ミゼも周囲の警戒をお願い」

「了解でございます、ファンさん。お任せください」


俺は『広範囲(ワイドレージ)探知(ディテクション)』を時々使って、他の無関係な人間が現れるまで、森の木々に導かれながら街道をファンと一緒に走り続けた。

広告の下にある☆☆☆☆☆から、そっと評価してもらえると嬉しいです。


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