第百四十九話 分かれているのは仕方がない
「レクス様、ヴァンパイアに効く魔法は分かりませんが、ヴァンパイア本人がいるそうですよ」
「それは誰から聞いた話だ」
「この近所の野良猫たちでございます、なんでもその男は猫や小動物を襲うのだそうです」
「それだけなら単なる異常者じゃないのか、どうしてヴァンパイアだと分かるんだ」
「それはその男が夜だけ現れて、襲われた猫や鳥などの血が全て抜かれているからです」
「…………よーし、ミゼ。お前はその話をもっと詳しく聞いてこい」
「了解でございます、猫とも偶にはお付き合いをしておくものですね。あっ、恋愛関係では絶対にNOでございます」
「俺たちは夜しか現れない男を探してみよう、どんな人間ならそんな生活ができる?」
俺たちはミゼと別れてあちこちを探して歩いた、酒場や飯屋それに『貧民街』も探し回ってみた。すると夜しか働かない者は沢山いた、ディーレとファンの教育の為に避けていた、夜の店の従業員などがそうだった。
「ちょっと聞くがディーレ、夜の店とか春を売るとか言って、意味が分かるか」
「ええと夜しかやっていないお店でしょうか、春を売るって売れるものなんですか?」
「……駄目だよ、レクス。ディーレは理解できてないよ、僕はなんとなく分かるけど。これも母さんの知識からだけど、だからなんとなく分かるだけ」
「ディーレ……、まぁいい。夜しか働けない人間もいるんだ」
「はぁ、不便そうですね」
「あっ!!レクスったら諦めた、ちゃんと教育しておかないと駄目だよ」
ディーレよりもファンのほうが夜の世界について詳しかった、『貧民街』で貧しい人々には大勢触れているはずなのだが、ディーレは未だに知識が偏っているところがある。多分、俺と同様に周りの人もどう説明していいか、分からないままきたんじゃないだろうか。
「ディーレ、花にはめしべとおしべがあってな」
「はい、それは知っています。受粉することによって、薬草などが育ちます」
「……それは知ってるんだ、なのになんで人間のことを知らないの」
「それでつまりだな、人間の受粉という行為を金で売ったり買ったりすることがあるんだ」
「はい?」
「まさかディーレ、人間の赤ちゃんがどうできるか、それを知らないわけないよね」
「ファンさすがにディーレもそれは知ってる、以前に夜這いにきた女どもを断っているからな」
「それは分かります、男性と女性が裸で抱き合ったりすることでしょう」
「うん、ディーレ。その先は?」
「そうだ、その先は分かってるよな?」
「………………まだ、先があったのでしょうか」
「うっそぉぉぉぉ!!」
俺とファンはそこで頭を抱えてしまった、ディーレは純粋培養だと思っていたがここまでだとは、カーロさんという育て親はそのあたりは心配しなかったのだろうか。
「どうする、ファン」
「ええ!?レクスがどうにかしてよ」
「俺がか!?」
「僕にどうしようもないでしょ!!」
結局、俺はディーレを夜の店に連れていった。昼間でも金を払えば相手をしてくれる者もいる、とはいっても連れて行って話を聞かせただけだ。
「ええ!?そんなことをして痛くないのでしょうか、――女性は初めては血が出る!?それは危険なことです!!」
「なーに、大丈夫よ。あたしも初めては辛かったけど、すぐに慣れるもの」
「はぁ、ええと、それを売り買いすることはお辛いのでは?」
「……人によるね、あたしは完全に商売。でも、なかには売られてくる子もいる」
「人身売買はこの国では違法ではないのですか」
「残念ながらね、それに奴隷ってわけじゃないから、借金さえ返せば開放して貰えるよ」
「そうですか借金の為に、それでもお辛いことには変わりないでしょう」
「そうだね、もしそんな子を買う時には優しくしてやってよ。可愛いお兄さん」
ディーレはようやく性別が何故分かれているかを理解した、それ以上に『貧民街』で生活している人々の一部を知った、この経験がディーレを更に成長させてくれるのは間違いないだろう。
「どうかなさいましたか、レクス様。それにディーレさんもなんだか、お顔が険しいです。私の癒しはファンさんだけですね!!」
「いや、ちょっと夜の街について講習を聞いてきた」
「僕は自分が恥ずかしいです、もっと『貧民街』の人々のことを知っておくべきでした」
「ディーレって真面目過ぎる、いろんな人間がいるんだよね。僕もレクスたちに出会わなかったら、何も気にしないでのんきに山で暮らしていたかも」
「なんだか楽しい場面を見逃したようで私は寂しいです、ですがしっかりと情報はとってきましたよ」
「よし、ミゼ。どんな男だった」
「本当にヴァンパイアなのですか」
「ミゼも偶には活躍するんだ」
ミゼはファンさんが冷たいとしばらく愚痴を言っていたが、俺たちに集めてきた情報を話して聞かせた。
「外見年齢は20代、赤い髪に青い瞳を普段はしているそうです。働いている店の名前はカウサ、仕事は夜だけの用心棒だそうです。小動物を襲って血を吸っていることが、何度もあったと街の猫たちは言っていました。名前はロスカだか、ムスカだかと言っていました。見ろ、人がゴミのようだ!!」
「店の名前はカウサか、今日の夜にでも行ってみよう」
「はい、分かりました。そしてミゼさん、人間をゴミだなんて言ってはいけませんよ」
「本当に小動物だけを狙う、そんなヴァンパイアなんているのかなぁ」
「行ってみれば分かるさ、特に獲物を襲っているヴァンパイアなら、血の匂いですぐに分かる」
「レクスさんがいればそうですね、ライト&ダークをしっかりと持っていきます」
「僕もかぎ爪を磨いとこっと、小物でもヴァンパイアだもんね」
「ちょっと情報を取ってきた私を労ってください、メス猫に蹴りいれられながらあちこち聞いてまわったんですから。……あー、時期が春じゃなくて良かった。そうだったら、貞操が危なかった」
ミゼは確かに情報をとってきたのだから労われた、ミゼのお気に入りのファンがじきじきに盥のお風呂に入れてやって、その体を乾かした後はファンの膝の上で丸くなっていた。
「はぁ~、極楽、極楽。この前のエロフは惜しかったですが、ファンさんは私の聖女でございます」
「あっはははっ、ドラゴンも聖女でいいのかな」
そうやって昼間は過ごしたが、夜になるとカウサという店に出かけることにした。俺とディーレは黒を基本とした冒険者の姿で、ディーレの法衣も相手を警戒させるかもしれないと脱いでもらった。ファンはすっぽりとフードを被ってもらう、十歳程度の女の子を普通は夜の店に連れていったりはしない。そうして、格好を整えると俺たちは出かけた。
「ちょっと聞きたいんだが、この店の用心棒にロスカか、ムスカという名前の奴はいるか?」
「……ロスカか、金をくれるんなら話くらいはさせるが、男を買うんなら店が違うぜ」
俺はカウサという店で金貨を1枚取り出してそこにいた男と話した、ディーレは男を買うという言葉にまた首を傾げていた、夜の世界は深いから一日ではそこまで教えきれなかった。
やがて別の赤い髪に青い瞳をした男が、こちらに顔を出して俺たちに近寄ってきたが、俺を見た瞬間に身をひるがえして逃げ出した。
「ディーレ、ファン。当たりだ、追いかけるぞ」
「はい、分かりました」
「了解っと」
「うわわわ、私はディーレさんから離れません!!」
男は素早く店の裏口から逃げていった、俺は仲間たちより先に男を追いかけた。速い、人間が走る速度ではなかった。俺はロスカと呼ばれた男に追いついた、ちょうど公園である森の中だった。俺は男の腕をとって引き寄せ、地面に思いっきり叩きつけた。
「……俺を見て逃げ出したということは、ヴァンパイアの王の臣下の関係者か?」
「何を言ってんだ、あんたこそ。あのヴァンパイアの貴族の手下じゃないのか」
「俺はそんな奴らとは関係ない」
「じゃあ、俺の実家の関係者か?なんてあるわけねぇか」
「よく分からないが、お前はヴァンパイアだな」
「それを白金の冒険者さまが退治しにきたのか、はっはは。俺も大物になったもんだ」
俺と男の会話は何か嚙み合わなかった、どうやらフェリシア。ヴァンパイアの王の関係者じゃないらしい、それではただの異常者かと思ったが、少しだけ気配が違うと感じられる。血の匂いはしていたが、それは動物のものらしかった。
「レクスさん、捕まえられたのですか」
「ヴァンパイアだったの?」
「ディーレさんも走るの速い、フードから落ちるかと思いました」
俺の仲間たちも追いついた、俺はどうしたものかとロスカという男を見ていた。人間を襲っている様子が無い、だが気配はヴァンパイアに近い。
「もう一度聞く、お前はヴァンパイアだな」
同じ俺の問いかけに男は顔を歪ませた、何かを失敗したという顔だった。しばらくは黙っていたが、やがて男は口を開いた。
「そうだよ、俺はヴァンパイアさ」
そこまでは俺たちにも予想できていた、だから特に驚くことではなかった、でも続けて男はこう言い放った。
「元ヴァンパイアハンターのロスカ・バーチェーとは俺様のことさ」
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