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第百四十五話 決して忘れることはない

「さーて、ここからは俺一人で動いた方がいいかもしれない」

「レクスさん、以前に渡したポーションは持っていますか。貴方が強いのは知っていますが、十分に気をつけてください。……神よ、魔を払おうとする者に聖なる光の導きをお与えください」

「ディーレとミゼのことは僕が守ってあげる、だからレクスは安心していいよ!!」

「なんとぉ、ファンさんから守って貰えるなんて、それなんて幸せ。レクス様、ごゆっくりしてきてください」


俺たちは一旦、プラントンという街の宿屋の一室を借りた。そこで俺だけがこっそりと特別区へ、ヴァンパイアを退治しに行くことになった。冒険者ギルドにも聞いてみたが、白金の冒険者なら特別区に入ってもいいらしい。それ以外の者たちは連れていけなかった、だから俺の単独行動になったのだ。


それにしても俺の心配を微塵もしていないミゼはどういうことだ、多分俺がある程度は強いことを一番に従魔として知っているからだろうが、なんとなく気に入らなくてミゼの額をぺちんっとはじいておいた。


「目が――!!目が――!!これから女神に可愛がってもらう大事な頭が――!!」

「あっはははっ、ミゼったらまたやってる」


ちょっと強くはじきすぎたかもしれない、ミゼはファンが喜ぶせいもあるだろうが、しばらく宿屋の床を転がり続けた。ディーレは相変わらず優しくて心配性だ、ファンはドラゴンとしての自信が出てきたからだろう、ディーレとミゼの護衛をかってでてくれた。


「それじゃ、『隠蔽(ハイド)』。行ってくるかな」


俺は『隠蔽(ハイド)』の魔法で気配を念の為に消して宿屋を出ていった、街の中でも人間にぶつからないように慎重に歩いていく、昼間に覚えていた血の匂いを思い出しながら特別区を歩いていった。


「この屋敷か、……忍び込んでみるか」


しばらく歩くと大きな屋敷の中に血の匂いは続いていた、俺は気配を消したままそれを追っていった。もう時間は夜になっていた、すると屋敷の中でも一際豪華な部屋があって、そこに目的のヴァンパイアがいた。


「あんたが最近のヴァンパイア騒動の主か」

「ひっ、誰よ。私はヴァンパイアなんかじゃないわ!!」


そこにいたのは喪服を着た相当に美しい女だった、明るい金髪に蒼い瞳をもつまだ成人したくらいの少女だった。そこにいた彼女は否定したが、昼間に被害者の家からした血の匂いが纏わりついていた。


「ヴァンパイアなら素直に認めたらどうだ、俺のことも知っているのか?仲間は何人いるんだ?」

「私はヴァンパイアなんかじゃない!!私の夫を殺したのが本物のヴァンパイアよ!!」


「そんな話じゃ埒が明かないな、そうやって大人しくしてればバレないとでも思うのか」

「私じゃない、あれは私じゃないのよ!!私はやりたくなかった、こんなとこ来たくなかった!!」


喪服を着た女はそう繰り返し言うだけだった、俺を攻撃する気配もない。だが間違いなくこの女はヴァンパイアだ、そう血の匂いが教えてくれる。俺は音もなく女に素早く近づいて、その首を握って持ち上げてみた。


「お前からは血の匂いがする、夫を食い殺したということはお前の夫は人間だったんだな」

「わ、私だって人間よ。いや、……止めて、……死にたくな……い……」


俺はどうにも納得がいかなかった、確かにこの女はヴァンパイアなのに抵抗が弱すぎる。まるで人間の女と変わりがない、だんだんと息が弱弱しくなっていくので俺は女の首から手を放した。その次の瞬間だった、ふいに気配が現れた。


「……その子を許してやってくれないかい、その子だって可哀そうな子なんだよ」


俺が女からバッと離れて距離をとった、俺に話しかけた相手はゆっくりと現れた。腰の曲がった老婆で女と同じように喪服を着ていた、だが俺にはこの老婆もヴァンパイアだと感じ取れた。


でもこの老婆がヴァンパイアだというのはおかしい、以前に倒したノーティ・イヌマニタスという貴族のヴァンパイアがいた。彼は血を吸うことで若返っていた、この老婆からは血の匂いがしなかった、それにかなり年老いていた。


「ヴァンパイアはあたしだよ、そう皆には言ってくれ。……この子には二度と人を襲わせないから」

「それは無理だ、だってこの街の人間を襲ったのはこの女だろう」

「違う、私じゃない!!私じゃないの、私じゃないのよ!!」


老婆はそう言うとゆっくりと女に近づいてその頭を撫でた、そこには女に対する深い愛情が見てとれた。同時に酷く辛そうな顔もした、老婆の言葉に女は縋りつくようにした。


「もうお前はお眠り、ヴァンパイアなのはあたしだよ。お前はもう血を飲まず、どうにか人間として生きなさい」

「私じゃない、私じゃないの、違う、私じゃない……の……よ…………」


女は老婆の腕の中で眠ってしまった、老婆はその女をそのまま床に寝かせると、こちらを振り返ってこう言いだした。


「あたしはミュゲ、はぐれヴァンパイアさ。あんたは誰だい、ヴァンパイアの王とやらの使いかい、それとも人間の使いかい」

「……俺は冒険者ギルドに雇われた者だ、方法は言えないが被害者の血の匂いを追ってここへ来た」


「そうかい、それだけじゃないね。あんたからは僅かだけれど、人間じゃない気配がする」

「それはお互いさまだろう、ミュゲ。あんたこそ何者だ?」


老婆は近くにあった椅子にゆっくりと座った、そうして女のほうを悲し気に見ながら話を始めた。それは俺が知らない、一人のヴァンパイアの話だった。


「昔ね、あたしのガート村がヴァンパイアに襲われた。あたしがヴァンパイアになったのはその時さ、でもあたしは出来損ないだった」

「……出来損ないとはどういうことだ?」


「普通は血を吸われてヴァンパイアになった者は、その相手に逆らえなくなる。だがあたしはその法則から外れていてね、血を欲しいとは思えなかったし、ヴァンパイアに従う気にもなれなかった」

「それが出来損ないということか」


「そのヴァンパイアは男だったが、あたしのことは気に入らなくてね。捨てていったのさ、そのまま村で結婚して暮らしてた。生まれたこの娘も確かに人間だったんだ、……結婚するまではね」

「結婚したら変わったのか、それまでは人間だったのか」


そこで老婆は椅子から降りて、今度は床で眠っている女の頭を撫でながら話し続けた。女はまったく起きる気配がなかった、何かに疲れ果ててようやく眠りを得られた、そんな子どものように深く眠り続けていた。


「あたしが知っているのはヴァンパイアってのは、人間にも混じっているんだってことさ。それが何かのきっかけで覚醒するんだ、この子の場合は結婚と暴力がそうだった。村から無理矢理ここへ連れてこられたんだよ、この美貌がここの貴族の目にとまってね、それがこの子を不幸にしてしまった」

「……………………」


確かに眠り続けている女は美しかった、そうヴァンパイアになる者は総じてそれなりの美貌をもっていた。祝福されし者の血は美しさも与えるのかもしれない、だからヴァンパイアにも美しい者が多いのかもしれなかった。


「ここの貴族はあたしを人質にして娘に結婚を迫った、元は優しい子だったからそれに逆らうことができなかった、ヴァンパイアとして目覚めたのはそれからさ。無自覚に夫を襲い続けて死なせた、それだけで済めば自業自得だったんだけどね」

「……街の者を襲いはじめたんだな」


「何とか止めようとしたんだけど、方法が分からなかったんだよ。最初は我慢していたよ、でも私だってずっと飯を食うなと言われたら、初めは我慢できても最後まで持たなかったのさ」

「それじゃ、この女をこのままにはできない。たとえあんたが身代わりになったって、また結局は人間を襲うだろう」


老婆は女の頭に手を置いて考えていた、いや今までもずっと考え続けていたのだろう。どうにか娘を人間に戻してやりたかったんだろう、でもそれはもう不可能にしか思えない。


「……人間に戻す方法は知らないのかい」

「そんな方法があるのなら俺が知りたい、前に血の欲望を断って人間になろうしたヴァンパイアをみた、だがその男も最後にはヴァンパイアとして死んだ」


「……そうかい、それじゃ仕方がないね」

「どうするつもりだ、その女は人間を襲うのを止められないぞ」


「私が連れていくよ、主人も待っているからね。あんたこそ気をつけなよ、……この子みたいにならないようにね」

「………………明日、また来る。その時にその女が生きていたら、ヴァンパイアとして街に引き渡す」


俺はそう老婆に告げてその屋敷を去った、でも老婆が何をしたかはすぐに分かった。屋敷からは煙の臭いがし始めたからだ、それから一時間もしないうちにその屋敷は炎に包まれた。


「ミュゲといったか、本当に連れて逝ったんだな」


特別区でも離れたところにあった屋敷だから他には火は燃え移らなかった、俺はほとんど何もすることができずに宿屋に帰って、ディーレとファンそれにミゼには簡単にヴァンパイアはいなくなったとだけ告げた。


「ここがガート村ですか、レクスさん。ここでいいんですか?」

「そうだ、俺はこの村だと聞いた。ここでいい」

「小さい村だね、墓地ってドラゴンにはないもんな。死んだらそこで土にかえるだけ」

「そうなのですか、ドラゴンはお葬式とか無いのですね」


俺は特別区のあの屋敷から出てきた二つの遺体、その焼け残った骨の欠片をこっそりとあの夜に持ち出した。皆が消火に精一杯だったから、その混乱に乗じてそれらを持ち出すのは難しくなかった。今日は、それをこのガート村の墓地に埋めた。


使用人などは皆逃げてあの火事で死んだのは二人だけだった、念のために1か月だけプラントンという街に滞在したが、ヴァンパイアは二度と現れなかった。


「ディーレ、細かいことは言えない。ヴァンパイアの為だが頼む。……どうか、祈ってやってくれ」

「亡くなられたならもう、きっと神は区別をしません。神よ、御許に召された方々にどうか永遠の安らぎをお与えください」

「うん、お与えください」

「…………レクス様、どうかなさいましたか」


「いや、潔いヴァンパイアだった。あんなヴァンパイアは初めてだ」

「そうですか、神の御許で安らかでいられると良いのですが」

「ディーレが祈ってくれたんだもん、大丈夫だよ!!」

「そうでございます、下手な聖職者よりずっと効果がありますね」


俺はミュゲというヴァンパイアを思い出した、ほとんど人間と変わらず生きていた。そして娘が元に戻らないと知って潔く死を選んだ、あんなヴァンパイアは初めてだった。そして、俺には不安が生まれた。俺もミュゲが言っていたような、出来損ないのヴァンパイアだったらどうしよう。


「レクスさん、そろそろ行きましょう」

「うん、プログレス国はまだ先だよ!!」

「出発でございます、レクス様。早く参りましょう」


仲間たちがいつものように俺を呼ぶ、俺はその瞬間に分かった。ミュゲの気持ちが理解できた、俺も血を欲するヴァンパイアに堕ちた時、その時にはあの潔い母親として死んだヴァンパイアを思い出す。そして、必ずその最期に従ってみせよう。決して俺の仲間たちを危険にはさらさない。


「待て、置いていくな。先はまだ長いんだからな」


俺は草食系ヴァンパイアだ、そうであって欲しい。決して血を求めるヴァンパイアにはならない、そうなったとしても俺は最期まで俺で在り続ける。俺は仲間たちの後を追って、いつもの旅に戻っていった。


広告の下にある☆☆☆☆☆から、そっと評価してもらえると嬉しいです。


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