第百四十三話 初めてだったが実らない
「白金の冒険者、レクス殿はおられるか」
朝になったらなんだか不穏な空気が漂っていた、こんな早朝に押しかけてくる奴はあまり良い奴はいない。俺はとりあえず身支度を整えて、面倒だったが宿屋から出ていった。
「俺がレクスだけど、用件は?」
俺を呼び出したのは女性騎士だった、茶色い髪と同じ色の瞳で部分鎧を身につけていた。その女性騎士は優雅に一礼すると、俺に問いかけてきた。
「私は聖女エーヌ様に仕える騎士、セリージャ・トードという。冒険者ギルドに貴方への依頼を出したが、断られたと聞いて会いに来た」
「……長くなりそうな話だな、先に仲間たちと朝食を食べてきていいか?」
「無論、構わない。私はこの宿屋で待たせてもらおう」
「……んじゃ、そういうことで」
俺は一旦宿屋に戻ってディーレとファン、それにミゼを連れて出かけた。どんな時でも食事はしっかりととっておいた方がいい、それに仲間と話してもおきたかった。
「俺は豆のスープ、それに果物のジュースを2杯くれ」
「僕はパンと肉入りのスープを」
「えっとねぇ、僕はここからここまで全部!!」
「私は肉入りのスープだけで結構でございます」
それぞれが頼んだものがテーブルに来てから、本題のことを話し始める。朝食時だから店は混んでいて、多少の声くらいでは気にも留められまい。
「聖女が何か俺に頼み事があるらしい、司教が言っていたことから推測するに護衛かな」
「何か彼女に狙われる恐れがあるのでしょうか、この国では聖女は大切にされているのに」
「聖女ってあの中途半端に人助けする人でしょ、僕はちょっと気に入らないな」
「見た目だけならロリ系、巨乳美人でしたがファンさんの意見には賛成です」
「ただ聖女の頼みを聞けば、教会から図書館の使用許可が出るかもしれない」
「冒険者ギルドで一度お断りをしましたが、向こうから言ってきているなら報酬として期待できそうですね」
「レクスとディーレは賛成なんだ、それなら僕も良いよ。どんな人間なのか見極めたいし」
「純粋な方だといいですねぇ、聖女と呼ばれるくらいの女性なのですから」
俺たちは朝食を終えるまでに大体の意見をまとめていた、そうして皆が満腹になったところで、セリージャという女性騎士を待たせている宿屋に帰った。俺たちを待っていたセリージャという女性騎士の話はこうだった。
「この国には二人の聖女と一人の聖人がおられる、エーヌ様もそのお一人だ。最近、この三人が襲われるという事件がバラバラに起きた。それでエーヌ様の護衛を頼みたい」
「……そうだな。一つ、依頼は冒険者ギルドを通すこと。二つ、報酬の中にテオロギア国立図書館の閲覧許可証を入れてくれ。三つ、俺たちが旅に出たくなったら依頼終了だ」
「ああ、それくらいは構わない。白金の冒険者を雇うのだ、その条件をのもう。今日にでも冒険者ギルドから正式に依頼させてもらう」
「それならこっちは文句はない、正式にギルドから依頼されるのを待とう」
こうして俺たちは聖女エーヌ様とやらに雇われることになった、図書館の閲覧許可証も貰えたがそれに加えて一日に金貨1枚の護衛賃がついてきた。平民が金貨20枚もあれば1年は暮らせるのだから、破格の依頼料と言える。教会っていうのは儲かっているんだな。
「この方が聖女エーヌ様だ、無礼な真似はしないで護衛に努めてほしい」
「…………私と、…………同じ?」
聖女エーヌはまずディーレに興味を示した、緩やかな金髪に蒼い瞳を持った彼女はディーレを正面から見つめて、それからすぐに興味を失ったとばかりにそっぽを向いた。俺やファン、ミゼのことは見ようともしなかった。
聖女の護衛ははっきり言って暇だった、護衛といっても正式な者が元々いるので俺たちが気をつけるのは、聖女が教会の外に出る時だけだった。聖女は普段は教会の中に居て、信者たちの祈りを聞いたり、また神学の勉強をしたりするものらしい。だが、この聖女エーヌは変わっていた。
「神様なんて知ったことじゃないわ、私をここに閉じ込めた誘拐犯よ」
そう神に向かって不敬なことを言い放った聖女エーヌはほとんど何もしなかった、ただぼんやりと窓の外を見ていたり、ぐうたらと眠って一日のほとんどを過ごしていた。周囲の人間も誰もそれを咎めなかった、年で言えばもう成人しているくらいの女性なのに、その態度はふてぶてしくだらしがなかった。
「ディーレ、2時間くらい護衛を外れていいそうだ。国立図書館に行ってみないか?」
「はい、貴重な時間です。有意義に使いましょう」
「今日は僕もそっちに行く、冒険小説でも読んでみよっと」
「私は中に入れませんから、国立図書館の前で昼寝でもしています」
俺たちは昼の間は時々だが自由時間が貰えたので、テオロギア国立図書館に入り浸っていた。何度もそれを繰り返していたら、初めて有益な情報が手に入った。なんでも昔は増え続けるヴァンパイア退治の為に、それ専用の魔法があったということだった。
「この魔法が見つかったら、ディーレ達でもヴァンパイアが怖くなくなるな」
「はい、ですがどこにあるのでしょう。そんなに便利な魔法なら普及しなかったのが不思議です」
「あっ!?それ僕は知ってる!!」
俺とディーレが古代の魔法について話し合っていたら、ファンが思いもしないことを言い出した。ファンはまだ生まれて1年にもならないドラゴンだが、母親の記憶の一部を継いでいるから人が知りえないことを知っていることがある。
「えっとね、昔は確かにヴァンパイア退治の魔法があったの。でも、それを知ったヴァンパイア達がほとんどの本や文書を焼き払ったんだって」
「そうか、そうだよな。自分たちが危なくなる魔法を放っておくわけがないか」
「ではこのテオロギア国立図書館には、その魔法は残っていないのでは」
「そうとも言い切れないよ、『残留思念』がある。文字としては残っていなくても、残留した意志として残っているかもしれない」
「それならヴァンパイア退治に熱心だった人物をあたればいいわけか」
「その方の直筆の書や遺物があれば、魔法を復活させることができますね」
俺とディーレはファンの助言を受けて、初めて良い情報を手に入れることができた。ヴァンパイアだけに効く魔法、草食系ヴァンパイアの俺にも効果があるのだろうか。だとしたら諸刃の剣だが、ディーレたち人間が知っておくのは非常に良いことだ。
そうして一筋の光明を見出した俺たちは、今度はヴァンパイア退治で有名だった人物を探すことにした。それは良かったのだが、聖女エーヌの方が俺たちに問題を引き起こしてくれた。度々、冒険者でも治療を受けられない者が彼女を襲ったが、これはそんなに問題じゃなかった。問題だったのはディーレに関することだった。
「…………つまらない、…………貴方は私と同じなのに楽しそうね」
「はい?えっと何が僕とエーヌ様で同じなのでしょう」
「…………嘘つきね、…………貴方だって聖人じゃないの」
「ええ!?僕は違います、ただの銀の冒険者です」
「…………また嘘をついた、…………貴方の神は許してくれるのかしら」
「嘘ではありません、僕は普通の冒険者です」
聖女エーヌがディーレに向かってこう言い放ったことから、周囲のディーレを見る目が変わってきた。司教だという男が回復の上級魔法の本を渡しに来たり、教会の下の者たちから意味ありげに噂話をされたり、そして聖女エーヌ自身がその仕事を放棄してディーレに押し付けるようになった。今にも死にそうな人間を目の前におかれて、ディーレが放っておけるはずがない。
「…………魔力がきれちゃった、…………貴方が治療すればいいわ」
「………………『大治癒』これで大丈夫です、報酬は要りません。聖女エーヌ様から頂いております」
夕方になると聖女エーヌは神託があったと言い出して、教会の前に集まってくる傷ついた冒険者を気まぐれに治療する。その仕事をディーレに押し付けるようになったのだ、時々は上級魔法の『完全なる癒しの光』が必要な者もいた。ディーレは無詠唱でそれが使えるようになっていたから助かった、そうでなかったら今頃は聖人としてこの国に取り込まれたかもしれない。
「ディーレ、そろそろこの国をでよう」
「……レクスさん、彼女は僕のように救われるでしょうか」
ディーレは聖女エーヌのことを心配していた、その女のせいで危うく国家から聖人という名の囚人にされそうなのに、その原因である女の心配をしていた。まったくディーレらしい、どこまでいってもお人好しだ。
「彼女が救われるかは本人次第だ、自分の今の生き方を前向きに受け止められればな」
「……神よ、優しい心の友、緩やかな憩いの場所、揺るぐことのないよりどころを彼女が得られますように」
俺たちはこのテオロギア国を出ていくことにした、この国にいるとディーレが聖人として捕まりかねない。そうしてそうなったら出ていくことは一生無理だろう、そうなる前に国を出ていくことにした。
「…………貴方だって同じよ、…………いつかは捕まる時がくる」
「僕は聖女エーヌ、貴女とは違います。僕はただの人間です、何にも捕らわれる理由はありません」
「…………嘘つき、…………本当に嘘つきで羨ましい人」
「はい、ありがとうございます。僕は恵まれています、それを決して忘れません。……貴女のことだって忘れることは無いでしょう」
ディーレは最後の挨拶を聖女エーヌにしていた、彼の顔は迷いがなく晴れやかで自信に満ちていた。自分は間違ってはいないのだとディーレは信じているのだ、そんな彼から聖女エーヌは目をそらして最後に小さい声でこう言った。
「…………神よ、我が同胞の道が塞がれることなく、これからも光に満ち溢れていますように」
その祈りを聞いてから俺たちは聖女エーヌとの契約を解除した、もうテオロギア国には何も用はなくなった。ディーレが聖人ではないかという疑惑が出ていたから、冒険者ギルドにいくつか司教たちから依頼がきていた。俺たちはそれを一切、無視して国境へとまた魔法で飛んでいった。
「ディーレ、お前さ。実はあの子に、その、あの」
「はい、レクスさん。僕はエーヌさんに多分ですがちょっと好意を抱いてました」
「嘘!?ディーレ、あの人間と番になりたかったの!!」
「何ということでしょう、ロリ系巨乳の魅力に逆らえませんでしたか!?」
「ああ、やっぱりそうか。いやあの子を見るとき、何を言われてもお前の目がいつも以上に優しくてな」
「あの人は教会という檻に囚われた人です、その同情だったのか愛情だったのかは……、僕にも最後まで分かりませんでした」
「人間の愛情表現は難し過ぎるよ、ドラゴンなら首をこすりあったり、しっぽを絡めたりして分かりやすいのに」
「ええ!?ファンさん。そんな不埒なことをしてはいけません。私の聖女が汚されてしまう、うぅ」
そんな会話をしながら俺たちはテオロギア国の国境まで魔法で飛んでいった、ディーレが初恋とはめでたいような、だが叶わなかったのは寂しいような気がする。ディーレ本人は昇華しているようだから、これ以上はとやかく口を出す問題ではないだろう。
「それじゃ、次に行く国はどこだ」
「プログレス国に向かうといいでしょう、吸血鬼伝説のある国です」
「あれっておとぎ話じゃないの」
「ファンさん、どんなおとぎ話なんですか?」
ファンは俺たちにこんな話をしてくれた、プログレス国では夜中に絶対に外に出てはいけない。何故なら吸血鬼が夜に活動するからだ、彼らに出会った時にはけしの花の種を多く投げつけると良い。吸血鬼はその数を数えてしまいたくて、その間に逃げることができるからだ。ニンニクを家の前に飾っておくのもいい、そして決して知らない人を昼間でも家に招き入れてはいけない、それは吸血鬼なのかもしれなくて夜に襲ってくるからだ。
「確かにおとぎ話のような話だな」
「でも、ヴァンパイアハンターがいたという話がありました。運が良ければその遺品などが残っているでしょう」
「えっと、ここから半年くらいかかる国かな。人が歩くとそうなるかな、ドラゴンが飛べば一日で済むけどね」
「ドラゴンはジェット機みたいですねぇ、大体で言うと時速1080kmですか」
テオロギアの国境を越えて落ち着いたら、俺は皆に向かって言った。野営の準備をしながら、皆は俺の言うことを聞いていた。
「急ぐ旅じゃないんだ、ゆっくりと歩いていこう。その途中でもヴァンパイアハンターの話を聞いていこう」
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