第百四十二話 僅かなことでも有り難い
テオロギア国に来てから驚くようなことがいくつかあった、本にも書かれていたとおりに朝昼晩と祈りの時間があるのだ。その時間になると周囲の国民はそれぞれのやり方で祈りを捧げた、ディーレはそれにならって一緒に祈っていたが、俺やミゼはそこまで敬虔な信徒ではない。
「新しい朝を迎えさせてくださった神よ、今日の僕たちを照らし、光の元へ導いてください……」
「ん-とぉ、光の元へ導いてください」
「ファンはディーレの真似をするのが好きだな」
「レクス様、良いじゃありませんか。私にとってファンさんは僕っ子であるとともに、私だけの聖女でございます」
「朝の祈りが終わりました、退屈させてしまってすみません」
「ううん、ディーレのお祈りは綺麗だもの」
「ああ、それは言えるな。お前は聖人のような奴だ」
「イケメンで中身までイケメンだったら、もう私に勝ち目がないじゃないですか!?」
宿屋の一室ではこんな会話をしていたが、外では気楽にこんな話はできなかった。それはテオロギア国の国民性というか、宗教国家としての誇りが許さなかった。
「また聖女さまを勝手に名乗った者が捕まったって」
「不敬な奴だな、処刑されればいいのに」
「旅人さん、そんなに不思議な顔をしないでおくれよ」
「聖人、聖女っていうのはこの国の宝なんだ」
「だから偽物なんて許せないのさ」
俺たちは飯屋で飲んでいる者、数名からそんな話を聞いた。こういう国ではいけない、ミゼなんかは軽くファンのことを聖女だと呼んでいる。バレたら罰金くらいでは済まなさそうだ、俺たちは仲間以外の人間がいるところでは自由にお喋りができなくなった。
「図書館を利用するのにも教会の許しがいるのか!?」
「はい、我がテオロギア国立図書館では聖職者以外の利用を基本的に禁じております」
これには俺ががっかりした、歴史のある国だから太古のことも調べられるかと思っていた。俺の仲間で聖職者といえばディーレだが、正式な試験に受かっていないから入れられないと断られた。
「これはまいった、かといって図書館に入る為に信徒になるわけにもいかない」
「僕がもっとお役に立てれば良かったのですが、正式には修行の身で試験にも受かっていません」
「ディーレはずっと聖職者らしいのにね、人間ってこういうところが変なの」
「そうですね、ディーレさんほど聖職者らしい方もいないのですが。まぁ、駄目なものは諦めて都の見物でも楽しみましょう」
テオロギア国には至る所に教会や聖地があった、その中でも一番に大きな聖地は大聖堂で、神が降りたと言われているのもここだ。その場所までは見ることはできなかったが、大聖堂の一角は金を払えば見学できた。
「……下手な王城よりも豪奢だぞ」
「……金色と白い建物、金色がピカピカ」
「……このどこかに神が降りられた聖地があるのですね、感慨深いです」
「……猫の私だけ入館料が倍額って、私は清潔な猫でございます」
白と金色のとても豪華な建物で窓はステンドグラスで飾ってあった、「清貧」「貞潔」「従順」という教会の教えはどこにいったのだろうか。俺にはさっぱり分からなかったが、とにかく珍しいものを見れた。
「……この建物に一体いくらかかっているんだか」
「……ドラゴンもキラキラしたものが好きだから、ちょっと気持ちが分かるかも」
「……神が降りられた場所は見られませんでしたが、近くまで来れて感動しました」
「……神々しいといえばそういう場所にも見えますね、天井から差し込む光が工夫されてます」
他にも見物客が多いので俺たちは小声で会話した、囁くような声だったから仲間以外には聞かれなかっただろう。とにかくテオロギア国で一番に有名な建物は見れたので満足した、ディーレは神が降りた場所まで行けないことが残念そうだったが、それ以外では俺たちの中で一番に大聖堂を満喫していた。
「さてとテオロギア国立図書館が使えないとなると、冒険者ギルドの図書室が頼りだな」
「冒険者ギルドも大きな建物でしたね、古語の解読はお任せください」
「うーんと、レクスとディーレが本を読んでいる間、僕はミゼと迷宮に行きたいな」
「ズキューンとくるその上目使いの甘えた表情!?良いでしょう!!私はファンさんとどこへでも参ります!!」
俺はファンとミゼにあまり深く潜り過ぎないように言った、ファンには危険な時以外はドラゴンの姿にならないようにも注意した。ディーレがファンとミゼを心配して、ポーションを何本か渡していた。
「ファンさんの血を混ぜて作ったポーションです、切れた手足くらいなら再生する程度の効果があります。使わないことが一番ですが、使う時には躊躇わないでください。はい、レクスさんの分もありますよ」
ディーレは俺にも随分と高級なポーションをくれた、ファンの血が入っている。ドラゴンの血が入っているのなら、そんな高級なポーションも作れるのだろう。俺は5本もらった瓶を大切に割れたりしないように、腰の袋に綿のクッションをつめて入れておいた。
「それじゃ、ファン。気をつけろよ」
「ミゼさん、ファンさんをよろしくお願いします」
「レクスとディーレもまたね」
「はい、命大事にお守り申し上げます」
俺たちは二手に分かれて行動することにした、ファンたちは迷宮へ潜りに行った。危険な行為に見えるが深い階層に行かなければそう危なくはない、ミゼがついているし何かあれば『従う魔への供する感覚』ですぐに俺には分かる。
「古い国だけはあるな、冒険者ギルドの図書室も立派なものだ」
「古語で書かれた本もありますね、いくつか読んでみます」
俺とディーレはテオロギアの都の冒険者ギルドの図書室で本をひたすら読んだ、今までに知ったことが書いてある本もあった、知らないことはなかなか載っていなかった。途中から息抜きにこの国の歴史なども読んでみた。幸いなことにギルドの図書室には俺たち以外に人がいなかった。
「テオロギア国は神が降りた祝福された国である、毎日働けば必ず実りがもたらされて、外敵にさらされれば神風という嵐が敵を襲う。代々の国王は教皇として神の代行人を務める、神を信じ祈ることを続けよ、さすれば必ず救いがもたらされるのがテオロギア国である。…………実際はどうなんだろうな」
「確かに実り豊かな土地のようです、小国ですが食料生産量が多くて貿易で儲けているようです。小国ゆえに何度か戦争の危機もあったようですが、神風という嵐が必ず起きたと記録にはあります」
俺たちの読書で手に入った情報はそれくらいのものだった、テオロギア国についてはよく分かったが、俺が欲しいヴァンパイアや祝福されし者の記録は見つけられなかった。
「レクス、ディーレ、帰ったよ!!えへへへ、金貨1枚を稼いだよ」
「ヒーハー、ディーレさんちょっと癒してください」
「疲労にはこちらがいいでしょう、『活性』」
「おう、ファン。偉いな、危ないとこには行かなかったか」
「うん、オーガが出るあたりで止めといた」
「ヒーハー、ファンさん。貴女は足が速すぎますよ、あーやっと落ち着いた」
「ミゼさんも無理はしないでくださいね」
「それじゃ、夕飯は豪華な飯屋に行くか?」
全員で俺の提案に頷いて、冒険者ギルドの図書室を後にした。そうしたらまた教会の前に人だかりができていた、昨日とまったく同じ状況のようだった。ディーレが心配そうにソワソワし始めたので、飯は少し我慢してまた聖女様を見学することにした。
「『完全なる癒しの光』」
昨日と同じことが繰り返された完璧な治癒魔法が数人を癒して聖女は姿を消し、見物人たちが散った後にはまだ傷を負って呻いている者たちが残された。
「……レクスさん」
「ディーレの力はお前のもんだ、でもただで使うのは良くない」
「うん、そんなことしてたらいつかディーレが倒れちゃう」
「というわけで、傷を負って苦しいところすみませんが、治療は必要でしょうか。何か治療の代わりに貰えますか」
傷を負っていた者のうちまだ軽傷だったものが答えた、他の者たちもその若者の言葉に小さく頷いた。
「……この傷を治してくれるなら、……今日の稼ぎは皆やるよ」
「それでは失礼します、貴方は『治癒』。これで十分です」
「……………………」
「『大治癒』、とここにも『大治癒』」
「……………………」
「……『大治癒』」
ディーレは傷を負って倒れていた三人を癒してみせた、三人目の時には『大治癒』を使っているようにみせて、『完全なる癒しの光』を無詠唱で使っていた。無詠唱での魔法の発動はよほどその魔法を使い込んでいなければできない、天才であり努力家でもあるディーレだからできることだった。
「ありがとう、助かった」
「その、それで」
「これが今日の稼ぎなんだ」
ディーレが助けた冒険者たちが差し出したのは銀貨が5枚だった、教会に持っていけばこれでは初級魔法の『治癒』しか受けられないだろう。でも、ディーレは笑顔で受け取った。
「それより大丈夫ですか、今日の稼ぎを使ってしまって」
「大丈夫だ、貯えくらいはある」
「命のほうが大事さ」
「ありがとよ、旅人さん」
助けた冒険者たちのことをディーレは更に心配していた、彼らの今日の稼ぎを貰ってしまったからだ。だが、彼らはそれなりに貯えがあるらしく、ディーレに笑顔で手を振って自力で帰っていった。
「すみません、皆さん。食事が遅くなってしまって……」
「良かったじゃないか、ディーレ。あいつらが助かったからな」
「うん、僕もディーレが笑顔のほうがご飯が美味しい」
「ディーレさんのお人好しも慣れっこでございます、それよりも美味しい食事をいただきましょう」
昨日のように稼ぎにならない癒しの魔法はディーレの為にならない、それに味をしめてその力を利用しようとする者が必ず現れるからだ。今日は一応は稼ぎになった、だから俺もディーレに忠告しなかった。それに俺が言うようなことはもうディーレは十分知っている、上級魔法の使い手だとバレるとどんなに危険か分かっている。
飯屋で豪勢な食事を楽しんだ後、宿屋に戻って眠りについた。俺は眠る時間が短いから一人だけ抜け出して、夜のテオロギアの都を歩いてみたりした。聖なる都といってもいろんな店があった、ただ酒を出すだけの店から、女が相手をしてくれるような店もだ。これは仲間は連れてこれないなと思って、ほんの1時間ほど散歩をしたら宿屋に戻った。
「白金の冒険者、レクス殿はおられるか」
朝になったらなんだか不穏な空気が漂っていた、こんな早朝に押しかけてくる奴はあまり良い奴はいない。俺はとりあえず身支度を整えて、面倒だったが宿屋から出ていった。
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