第十四話 突かれて喜ぶ趣味はない
「ガァッ!!」
茶色く長くしなる鞭のようなものが何本も現れて、とっさに俺は回避したがその中の数本が俺の肩や腹を、深く刺し貫いていた。
「レクス様!!」
ミゼが悲鳴のような声で俺の名を呼ぶが、俺を刺し貫いたものを引き抜く暇もなかった。そうする前に、両手両足を拘束されて、そのままソイツは俺の体を力任せに引き裂きにかかった。
「アナタ、ツヨソウ、デモ、ムダネ」
迷宮の茶色い壁と同化するように偽装していたソイツは、ズルウゥと壁から現れてその姿を晒した。偽装を解いたソイツは、茶色く古い植物のような肌をした上半身は女のような怪物だった。片言だが言葉を話す、頭が良い上位の魔物だ。
「ワタシツヨイノ、ヒメイヲキカセテ」
「…………はははは、俺の女運はつくづく悪いときたもんだ」
「ああ、レクス様ぁ!?」
ギリギリギリギリと俺の体を貫いているのは、ソイツの柔軟な枝が変化したものだ。俺の四肢を引っ張り、その体を裂こうとしている。オーガから生皮を剥がしていた俺が言っても説得力がないが、悲鳴を聞かせてとはこのくそ女も、いい趣味をしている。
「レクス様、『氷』……」
「いや、手をだすなよ。ミゼ、ちょっと試してみたいことがある」
「バカナヒト、ナキサケンデ、シヌトイイ」
このくそ女はアルラウネだ、植物系の魔物だがラビリスのこの階層にいるという話はなかった。冒険者の話題にならないということは、きっとコイツに遭遇した人間は全て殺されているのだろう。
ミシミシミシミシミシッ
「なかなか力があるじゃないか、さっきのオーガよりも面白い」
「レクス様、そんなことを言っている場合ですか!?ひっ、『火壁!!』」
「ホノオハ、キライ、アトデアソボウ」
俺はまずは力比べをしてみる、アルラウネの鞭のような枝というよりは蔦。俺を拘束している蔦を、四肢を体の中心に寄せるように引っ張ってみる。ふむっ、無理をすれば引きちぎれないこともないか。
おお、ミゼがそっちにいった蔦を火の魔法で防いでいる。『魔法の鞄』は滅多に売っていない貴重品だ、今まで見かけたことがない。その調子で、しっかりと荷物番に励めよ、ミゼ。
「なぁ、なぁ、お前は一体何で人間を殺すんだ?食べるためか?面白いのか?」
「れ、レクス様、そのようなことを聞いている場合ですか!?」
俺の問いにアルラウネは笑った、まだ少女のような可愛らしい外見だが、その口から紡がれる言葉と笑顔は醜悪だった。
「ヒトハ、サイテタベルト、オモシロイ。ソウ、ナキワメクノガ、タノシイワ」
人間の子どもが虫の足をもいで遊ぶような表情だった、実際に彼女にとって人間とは、ただそれだけの存在なのだろう。
「ふーん、そうかそれなら仕方がないよな。逆にお前がそうされたって、恨まないでくれよ」
「はわわわわっ」
「ツヨガルスガタ、モ、タノシイノ、ミンナサイゴニハ、ナキワメク」
さぁ、この女に聞きたいことは全て聞いた。後は、前々から試してみたかったことをするとしよう。生き物は追い詰められると、信じられないほどの力を発揮することがある。
逆に言うのならば、追い詰められなければ、信じられないような力を得られない。
「消える、溶ける、いやこれは傷ではない。俺の体は決まっていない、この痛みは痛みじゃない。溶ける、空気、いや世界に溶ける、溶ける、溶け……」
「レ、レクス様?」
「オカシナヒトネ、モット、ヒメイガキキタイワ」
俺は本能を信じている、俺にはもっと強くなる可能性がある。そして、それはこうして危機的な状況にならなければ得られない。以前からあった、直感だ。
「俺は俺で、世界は俺だ。だから、平気。だから、できる。世界に溶ける、溶ける、溶けてもいいんだ。俺は俺で……」
「――――――!?」
「ツマラナイ、モット、ナイテワメイテ、タノシマセテ」
俺は理解している、そうあの屋敷から何度も何度も飛び降りて翼を得たように、俺には他にもできることがある。そう体のどこかが囁くのだ、卵から産まれる雛のように、まだまだ足りないという声がする。
アルラウネが俺の四肢を拘束する力を強めた、俺の体が引き千切られようようとしていたが、俺の体の感覚は鈍っていきそれに抵抗しない。
「モウイイワ、ナカナイノナラ、タベチャオウ」
悲鳴をあげない人間はつまらないと、そういった表情を浮かべて少女のアルラウネは、俺の体を引き千切った!!
「……ツギハアナタネ、カワイク、ナイテ」
「レ、レクス様ぁ~!?」
悲鳴をあげるミゼを見た、引きちぎられた俺を見た、ミゼを攻撃しようと鞭のようにしなる蔦を見た。
俺の本能は正しかった、俺は正しく俺になった。
「ナニコレ、ナンナノ、イタイ、イタイワ、オカシイワ!?」
「レクス様!!」
この感覚を何と言えばいいのだろうか、今この周辺には俺が漂っている。
それはいつもとは違い、今の俺には沢山の目があるようなものだった。多数の手足があるような感覚だった、いや感覚すらも定かではなかった。この力を使いこなすには、まだまだ練習をする必要があるだろう。
「ヤメテヨ、イタイワ、アヤマルワ」
「タスケテ、ナンナノ、オカシイワヨ」
「ヒトジャナカッタ、バケモノダッタ」
「イヤダワ、イタイワ、イタイ、イタイ」
「キャアアアアアァァァ……」
俺は俺のままで、アルラウネを魔石とある程度の枝を残して、後は全て食べてしまった。俺は草食系ヴァンパイアなんだ、そもそもアルラウネとは相性がいいんだ。
初めに蔦に拘束された時点で全て食べてしまっても良かった、いつも森の木々からゆっくりと、生気を分けて俺は貰って食事にしている。その速度をあげて食べてもよかったのだが、アルラウネってその固い部分の枝は、魔法の杖に素材にいい。
まだ、開発の初期段階である。空気銃というミゼの発送から作ろうとしている魔法式の銃、その素材としても試してみたかったんだ。だから、あえて俺は草食系ヴァンパイアという特性を生かさずに、アルラウネを実験対象にして殺してみた。
「うーん、練習をする必要はあるが、今回のことで何となくコツは掴んだぞ」
「レクス様!! もう、ひやひや致しました。ですが、凄いです。とうとう霧になることができたんですね!!」
そうさっきまで俺は霧状の体に変化していた、以前から練習していたのだが今一つ、危機感が足りずにこの技術が習得できなかったのだ。
アルラウネに手足が引き千切られたときには、もう体の感覚は消えていて、俺はそのまま霧状のヴァンパイアになったのだ。
「霧のまま攻撃できるとは、また少し強くなってしまったな。ははははっ!!」
「心臓が止まるかと思うほど、このミゼは心配致しました。レクス様、おめでとうございます」
まぁ、少し危ない場面もあったが、手足くらいもがれたって多分くっつけられると思う。『浮遊』の魔法で元あった部分にあてれば、くっつんじゃないかな、……俺の推測なのでわざわざ試そうとはまでは思わない。
「…………あのそれからレクス様」
「ん?なんだ、ミゼ」
俺がちょっと体を動かして、手だけまた霧状にしてみたり、この便利な能力の確認をしてみた。腹や肩にあった傷さえも消えている、なんて便利な力だろう。そんな実験をしている俺に、おそるおそるという様子のミゼが意見してきた。
「霧になる練習はよろしいのですが、手足だけなさるのなら、…………まずは服を身につけることをおすすめします」
「………………」
そうだった、霧状の体から戻った俺は今、生まれたままの姿である全裸なのだった。
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