第百三十九話 言葉で理解しあえない
「レクス、ディーレ、両名の大使としての働きは聞いている。それに報いる為に爵位を与えよう、それから王族から妻を得られる権利も与えてやろう」
これを聞いた俺とディーレの気持ちは同じだったに違いない、そんなものは全く必要ないの一言である。だからといって王様に正直に、そう話して聞いてもらえるかというと、その可能性は低いだろう。俺は問題を他の人間に押し付けることにした。
「……大変名誉なことではありますが、まずアクセ王子とセハル王子のご意見をお聞きしたいと思います」
「そうか、アクセとセハルをここへ」
それからアクセ王子とセハル王子が来てくれるまで、爵位はどのあたりにしようかだの、王族のあの娘の婿になれるなど名誉なことだなどと聞かされた。もちろん爵位も婚姻も望んでいない俺たちにとって、それは迷惑な話以外の何物でもなかった。
「父上、レクス殿とディーレ殿がこちらにいると聞いたのだが」
「何のお話でしょうか、まず私たちを通してくださいますようお願い申し上げます」
「悪い話ではない、この二人に爵位と王族をめとる権利を与えようとしただけだ」
アクセ王子とセハル王子がこっちを勢いよく見た、俺たちは首を小さく振ってお手上げだと合図した。それから王子たちと王様の押し問答が始まった。
「父上、あのですね。レクス殿もディーレ殿も爵位など望んでいないかと思います」
「それから王族の姫との婚姻も必要ないでしょう、彼らは私たちのあくまで私兵に過ぎません」
「だが、大使として大国であるタークオ国との和平を結んできたのだぞ。何か与えなければなるまい」
「レクス殿にもディーレ殿にも、金銭で働きに見合う額を支払う予定です」
「本人たちは自由を愛する冒険者です、無用な束縛は関係を損なうだけでしょう」
「そんなことはあるまい、では当人たちに聞いてみよう」
王様はそこで王子たちとの話を打ち切ってこちらに話しかけてきた、俺とディーレの答えは決まっているようなものだ。
「ではレクス、そなたに爵位と遠縁だが王族の姫を与えよう」
「……恐れながら俺には婚約者同然の者がいます、爵位も必要ありません」
「なっ、そ、それではディーレ。そなたに爵位と遠縁だが王族の姫を与えよう」
「……申し訳ありませんが、僕は神に身をささげております。どちらも必要ありません」
そこで王様は酷く不機嫌になってしまった、身分の低い者からせっかく良いと思っているものを与えようとしているのに、思いもかけずにあっさりと断られてしまったからだ。そこを二人の王子はなんとかなだめようと声をかけた。
「父上がなさろうとしたことは間違いではありませんが、彼ら二人には必要がないだけなのです」
「はい、父上は賢明でした。公式の場での発言でありませんから、取り消すことも容易いことです」
「父上がレクス殿やディーレ殿に報いたいとお望みなら、今まで通りに王城に自由に来れる許可を頂けたら良いかと思います」
「私も兄さんに賛成します、私たちの私兵としての契約はもう終わりですが、今後も白金の冒険者と関係を持っていることは有益でしょう」
アクセ王子とセハル王子は俺たちを利用する気がないらしい、私兵としての契約も打ち切ってくれそうだ。俺たちの権利は自分たちが保証すると言っていたが、それを実行しようとしてくれている。王族が全てこのように下の者たちにも、よく目を向けてくれればいいのだろうな。
「ええい、分かった。アクセ、セハル。この度の褒賞は取り消すとしよう」
王様はどうにか納得してくれたようだ、これで上級魔法の使い手だとバレていたらどうなったことか。決して王城から出してくれなくなったに違いない、そうなると強硬手段で出ていくしかないが、指名手配などをかけられる恐れが出てきてしまう。
俺たちは王様が出ていった後、すぐにアクセ王子とセハル王子と話し合った。これからどうするのかは決まっている、二人の王子と別れるのは辛いがまたどこか別の地を訪ねるのだ。
「アクセ王子、セハル王子。俺は今すぐにでもこの国から出ていった方がいいと思う」
「僕もそう思います、お二人と別れるのは辛いですが。神よ、二人をお導き下さい。二人が仲睦まじくいつも朗らかに、健やかに過ごせますように」
アクセ王子とセハル王子が少し残念そうな顔をしながら答える、彼らは俺たちは上級魔法の使い手だと知りながら国に取り込もうとしなかった、とても仲が良い王族には珍しい賢明な兄弟だった。
「二人と別れるのは辛いよ、またいつでも遊びに来てね。皇太子の仕事を放り出して歓迎するから」
「真面目に働いてください兄さんは、いつでも戻ってきてください。お二人のことは決して忘れません」
俺たちは客室に戻って荷物をまとめた、『魔法の鞄』があるのでほとんどはそこに放り込むだけだ。ファンとミゼはやってきたアクセ王子とセハル王子に別れの挨拶をしていた。
「ステーキさん、元気でいてね。セハルくんもステーキさんと一緒にいてあげてね」
「別れるのが辛いです、ふっかふかのお布団。眠り心地のいい椅子、働かなくていい毎日。……従魔というのは本当に辛いものです」
ファンの言葉にはアクセが笑っていた、彼はファンの中で最後までステーキさんだった。ミゼのほうは王城でなまけ放題だったので、その生活が諦めがたいようだった。
「ファンちゃんも元気でね、ステーキも他の物も好き嫌いせずによく食べてね」
「お二方にもお世話になりました、大丈夫です。私たち兄弟は離れずにこれからもやっていけます」
そうして夜になる前に二人の王子以外には何も言わずに王城を出た、俺たちは手慣れた様子で都の壁面を『浮遊』の魔法で飛び越えた。さて、次はどこに向かおうか。
「次はどこへ行ってみようか、皆」
「テオロギア国はどうでしょう、レクスさん」
「それってどういう国なの、ディーレ」
「ニート生活より素晴らしいものがありますか?」
「どういう国なんだ、ディーレ」
「テオロギア国は宗教国家です、小さい国ですが歴史が古いので、太古の記録もあるかもしれません」
「……宗教って、僕はいまいちよく分からないな」
「過激な国じゃないですよね、魔女狩りとか宗教裁判とか」
「危険な国なのか?」
「いいえ、それはないと聞いています。神が降り立ったという聖地がある国です」
「ドラゴンにも神様っているのかなぁ?」
「名所見物などができそうですね」
俺たちはあてもないことだし、ひとまずそのテオロギア国へ向かうことにした。歩いて行ける国だということで、しばらくはのんびりとした旅になりそうだ。
「俺たちがいなくなった後も、アクセとセハルは上手くやれるだろうか」
「大丈夫ですよ、あの仲が良い兄弟なら二人で頑張っていけると思います」
「ふふふっ、ステーキさんとセハルくん。今度会った時はどうなってるかな」
「仲が良い兄弟でしたね、普通は男の兄弟ってもっと喧嘩するものかと」
「兄弟によるんだろう、あの二人は喧嘩しても上手く仲直りしそうだ」
「神よ、あの兄弟に知恵と勇気を授け、導いてくださいますように」
「ディーレのお祈りはいつも綺麗だよね、テオロギア国もそんな国かな」
「皆がディーレさんみたいだったら、それはもう天国ですね」
仲間たちと他愛のない話をしながら俺たちは夕暮れの道を歩いた、夜が来る前に今日の野営地を決めて獲物を探したり、天幕を張って火を起こしたりした。
「今日は携帯食の食事だな」
「ファンさん、明日の朝になったら狩りをしましょうね」
「うん、大丈夫だよ。僕は干し肉でも平気」
「食べ盛りなのですから、明日の食事はもっと量を増やしましょう」
満天の星空の下で焚火をかこんで俺たちは過ごした、しばらく団欒を楽しんだ後に交代で見張りをたてて眠りについた。
「アクセとセハルも星を見ているかな、………………フェリシアはどうだろうか」
俺は見張りをしながら星空を見上げた、仲間たちと一緒にいるのにふとそんなことが気になった。アクセとセハルも同じように星を見ているだろうか、俺たちが出ていったことで理不尽なめにあっていなければいい。
フェリシアのことが時々ふっと頭をよぎる、彼女は仲間たちと過ごすこんな穏やかな夜、それを知っているだろうか。そんなことを考えながら見張りをしていたら、あっという間に交代の時間になった。
ディーレに見張りを頼んで俺は眠りに落ちた、夢の中でくらい会いたい人に自由に会えるといいのに、そんなことを考えていたらすぐに眠りに落ちた。
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