第百三十七話 可愛がられていればいい
「ウィル・アーイディオン・ニーレ。僕の正式な名前だよ、覚えたかい?」
白髪と赤い瞳を持った男はそう言って優雅に自己紹介をした、俺に殺意があるようには見えなかった。まるで久しぶりに友人に会ったかのように、図書室にあった椅子をひいてそこに座ってしまった。俺は向かい合って座る気にはなれず、立ったままで相手の次の言葉を待った。
「それでね、どうして僕が来たかというとママを諦めてくれないかな」
「どうして俺がお前の言うことを聞かなきゃならない」
「だってママは聞いてくれないんだよ、やっと自分と同じ者が見つかったって大喜びさ」
「……俺はまだ祝福されし者ではないが、いずれはそうなるかもしれない」
そこで相手の男は本に落としていた視線をこちらに向けた、その顔は不思議そうでそれに加えて面白そうな表情をしていた。
「君は違う、ママの一族は彼女を残して去った。本当に祝福されし者なら、もうとっくに目覚めているはずだ」
「………………それでは、俺は何だ?」
相手の男は肘をテーブルにつき、手を組んで頭を乗せながら俺に話しかける。言うことを聞かない悪い子に、親が言い含めるような口調だった。
「さぁね、祝福されし者でないことは確かだ。だってママのように力を使えても、その反動で死にかけているようじゃ話にならない」
「………………なんのことだ?」
「ああ、記憶が封印されてるんだった。もっともそうじゃなかったら、僕はとっくに殺されているかもしれないけど。まったく君のような出来損ないが現れるとは、予想もしなかったことだったよ」
「………………記憶の封印? 俺が出来損ないとは、……随分と酷いな」
俺は考え込んでいるらしい相手の言葉に傷ついた、俺は祝福されし者にはなれないらしい。以前にファンにも言われたことがあったが、それはとても悲しいことだ。何故なら、俺の愛するフェリシアが悲しむだろうからだ。
「だからママを諦めてほしいんだ、最近のママは楽しそうだけれど、きっと君が出来損ないだと気づいて傷つくだけさ」
「俺が……俺が何者だろうが知らない。いきなり現れた貴様のいうことなど知るか。俺は俺のやりたいようにする」
「………………つまりはママを諦めてくれないってわけだ、それは困るんだよな。キリルが案内していった者たちのようになるのは嫌だし、結局ママが現実を見て諦めてくれるのを待つしかないか」
「お前こそ一体何者なんだ、フェリシアのことをママと呼ぶが、彼女の子どもではないだろう?」
フェリシアが子どもを作っていたら、他の祝福されし者と同じように彼女は消えていたはずだ。だからこのウィルと名乗る高位ヴァンパイアが子どもだとは思えない、いや思いたくないという考えが強いか。フェリシアにかつて伴侶がいたなんて考えたくない、分かっているこれは嫉妬という醜い我儘だ。
「――――交渉決裂、それじゃ僕は一旦帰るよ。ヴァンパイアの時は長い、君はその長い生に耐えられるかな」
「待て、俺の質問に答えていないぞ!!」
ウィルという高位ヴァンパイアは立ち上がって、また子供がするように面白そうに笑った。そう無邪気な子供のような笑顔だった、子どもの残酷さが出たような顔だ。虫の足をちぎって遊ぶ、残酷な子どものように彼は笑っていた。
「僕はママに一番に愛された祝福されし者の息子、そして今はヴァンパイアの王に使える配下だよ」
「つまりはフェリシアの子供じゃないんだな」
「ママの子どもが何人いたって僕が一番のお気に入りさ、あのキリルなんかとは比べ物にならない」
「おいっ、待て!! 言いたいことだけ言って帰るつもりか!!」
部屋を霧が覆い始めた、違うこれはウィルという男が霧になっているのだ。霧はだんだんと薄くなり、やがて消えていった。だが、最後に一言また男は残酷なことを言っていった。
「もう会いたくないよ、じゃあね。…………出来損ないのヴァンパイア」
そう言っ放って男は消えていった、我に返ってみれば整然と並ぶ本達、重厚なテーブルと椅子は何も変わりがなかった。ただほんの少しだけ、テーブルの上に灰が残っていた。ウィルという男が残した痕跡はそれだけだった、俺にフェリシアを諦めろと本当にそれだけを言いに来たようだった。
「はっ、さすがは高位ヴァンパイア。何百年だか知らないが、俺の方がフェリシアを諦めるまで待つつもりか。考え方が化け物だ」
思ったことを口に出してみたが、それはあり得ることなのかと考えて身震いがする。俺はまだ17年と半分くらいしか生きていない、何百年も同じ者を愛し続けられるだろうか。それも自由に会うことさえできないものをだ、フェリシアを自分で手に入れたいとこんなにも真剣に願ったことはなかった。
俺はしばらく図書室の椅子に座って呆然としていた、考えたいことがあったがそれもどうにもならないような気がした。俺はやっぱり祝福されし者にはなれないらしい、草食系ヴァンパイアというたった一人の種族になりそうだった。
そうやって何もできることがなく、俺は夕暮れまで図書室の椅子に座っていた。
「レクス様、ニート生活はどうでしたか。今日は外出をしなかったとお聞きしました、このミゼも遂にニートという素晴らしい生活、そう聖活に興味を示してくれたのかと感激でございます」
夕方になるとミゼを連れて、ディーレとファンが帰ってきた。何故だろうか、この何にも考えてなさそうなミゼの言葉が俺には有難かった。
「よしよし、ミゼ。お前は良い従魔だな」
「なっ、何をなさいます。私は男の手で弄ばれるような趣味はございませんって、ごろごろごろごろ」
俺はミゼの奴を抱き上げると、その喉元あたりをくすぐってやった。ミゼは初めは抵抗していたが、すぐに喉を鳴らし始めた。このくらいは俺でもできるんだ、以前にシアさんが持っていた神の手のテクニックだ。
「レクスさん、何かありましたか?」
「うーん、レクスから知らない匂いがするよ。大丈夫?」
ディーレとファンもそれぞれ俺の様子を心配してくれた、顔に出るほどに落ち込んでいたのだろうか。だが、こうして仲間といるとそんなに大した問題じゃないと思えてくる、そう俺は何をそんなに落ち込んでいたのだろう。
「ん、大丈夫だ。王城の中ばかりでは飽きてな、キットは山ほど見合い話を持ってくるし」
俺は草食系ヴァンパイアだ、それは何も変わりはしない。人間ではなくなったことを悲しいとも思わない、俺が人間だったらいつか寿命でフェリシアを置き去りにしてしまう。そんなことはしたくない、そうできないと思うくらい俺は彼女を愛しく思っているんだ。
「むむっ、リア充の気配!? レクス様、フェリシア様とデートなさったのですか、いや、あの、ごろにゃあん、ごろごろごろごろ」
「そんなことはしていない、俺はディーレにもっと古語を習いたいと思っていただけだ」
「それならばお任せください、教会に居たころにカーロ様と沢山学びました」
「僕は普通の文字でも難しいよ、人間ってどうして文字を使いたがるのかなぁ」
「にゃあん、それ、だめ。初めては女の子に、ってごろにゃあん、ごろごろごろごろ」
「古語が読めないと駄目な本が目の前にいっぱいある、ディーレ明日から少しずつ教えて直してくれ。頼む」
「はい、難しい言語ですがファンさんも覚えましょう。本はいろんなことを教えてくれるんですよ」
「うーん、できるだけ頑張る!!」
俺は思う存分にミゼを可愛がってやった後、ミゼの好きな女の子であるファンに渡してやった。ミゼは私は汚されてしまいましたとおおげさなことを言っていた。すぐファンから同じように撫でて貰って浄化されましたとご機嫌になった、愛玩用の猫なんだから性別を問わずに可愛がられていればいい。
翌日から俺はディーレに少しずつ古語を教わっていった、一応昔は貴族であったから少しは読めるのだがディーレには敵わなかった。クナトス国の図書室はまだまだ広くて何が眠っているのか分からない、俺が欲しいと思っているヴァンパイアに関すること、フェリシアたちのような祝福されし者のことも残っているかもしれなかった。
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