第百三十六話 自分で選べと叫べない
クナトス国の王城にある一室で俺はまたかくれんぼをしていた、ディーレやファンはミゼをつれて『貧民街』の方に行ってしまったので、今日は俺一人でこんなことをしている。
そんな俺のところへキット青年ではなくアクセ王子とセハル王子がやってきた、すると一応は雇い主だから姿を見せないわけにはいかない。
「おはよう。アクセ王子、セハル王子」
「おはよう、レクス殿!! ……キットから隠れているのかね」
「おはようございます、マナー講座は退屈ですか。それとも婚姻の話ですか」
「正解だ!! 勘弁して欲しい、今度は山ほど縁談を持ってきやがって」
「私と同じだな、私の場合はセハルに任せっきりだが」
「はぁ~、本当は自分で選んで欲しいのですが……」
アクセ王子は皇太子だから縁談が山ほどあるのはわかるが、その判断を弟であるセハル王子に任せきりにしているというのには驚いた。
「結婚相手くらい、皇太子なら自分で決めればいいんじゃないのか?」
「だが、私は馬鹿だからな。セハルに任せておいた方がいい」
「皇太子妃にも身分や権力の問題がありまして、もちろん兄さんを大事にしてくれる人柄が必要ですし……」
アクセ王子は堂々と胸をはって馬鹿発言はしないで欲しい、その馬鹿に仕えている俺って一体何だろうと思ってしまう。俺は隠れている客室の机の陰で落ち込んだ気がした、セハル王子は兄の分までいろいろと考えて大変そうだな。
「あんたそんなに自分が思うほど馬鹿じゃないから、公には馬鹿って言わない方がいいぜ」
「そうかな? こう言っておいた方が向こうが油断してくれて、いろんな話がきけるんだが」
「私より兄さんのほうが御しやすいと思われていますので、中には大変有益なお話を聞かせてくれる人もいます」
訂正、セハル王子ばっかり頑張ってるのかと思ったら、アクセ王子も彼なりに頑張っているようだ、他人は見かけによらないなぁとしみじみ思った。
「セハル王子はあの戦争からいろいろと大丈夫か?」
実はアクセとセハルには俺がなんとなく人外ではあるとそこまでは教えている、というかドラゴンの集団を説得できて、タークオ国の軍勢を追い返すなど一人の魔法使いにはできない。
「ええ、あの戦争のおかげで私は伝説の魔法使い扱いです、最近ますます兄に対する臣下の態度が酷い」
「私は気にしないけど、セハルもそんなに思いつめるものじゃないさ」
「同じことをやれと言われてもできません、タークオ国とは今が有利な分、絶対に再戦を起こさないように取り決めておかないと」
「それは良いことだ、私も戦争は好きじゃない」
「兄さんはもっと皇太子らしく馬鹿なふりもほどほどに、私は皇太子になんて望まれたってなりませんからね」
「…………うん、分かっている。ほどほどに頑張るよ」
本当にこの兄弟は仲が良い、王族にしては珍しいことじゃないだろうか。なんだか王族というと権力争いでどろどろの人間関係を想像してしまう、実際に二人の王子にそれぞれくっついてくる権力者はいるのだが、肝心の王子同士に争う気配がないから大人しくしているようだ。
「レクスさん、あなたが普通の人間だとは思えませんが、そのおかげで我が国は助かりました。大したことはできない小国ですが、望みがあったら言ってください」
「レクス殿が人間だろうとなかろうと私は気にしないけどね、それより城にくる貴族の方がよっぽど怖いものさ」
俺の正体について言及しない、何とも豪快な王子様たちだ。今の王様よりもアクセが即位した方が実は国が良くなるんじゃないだろうか。
そんな王子達のおかげで俺とディーレやファンは、いつ姿を消してもいいように王子の私兵のままなのだ、決して臣下になることなく私兵でいられるのだ。そんなことをやっていると、また別の人間がやってきた。
「失礼致します、こちらにレクス様は来られていないでしょうか?」
「え、ええと、あんまり来てないような気がするよ」
「キット、私は確かにレクスさん達をもてなせとは言いましたが、臣下として扱えとは言っていません」
セハル王子がキット青年にちょっと口を出してくれた、青年は少ししゅんと落ち込んだような顔するが、それは俺の姿を見つけるまでのことだった。
「セハル様、でもレクス様たちはもう臣下も同然と見られています。――ってレクス様、見つけましたよ。さぁ、潔く出てきてください」
「うっわっ、面倒くさい」
俺はキット青年と一緒に職務?とやらに引っ張られていく、アクセ王子とセハル王子が気の毒そうにこちらを見ていた。別に逃げ出したって構わないのだが、このキットという青年も真面目に働いているだけなのだ。
「レクス殿、ほどほどに付き合ってくれれば良いよ」
「決して強制はしませんので、私と兄さんがあなたの権利は保証します」
そうしてクナトス国で俺の部屋とされている場所に、ドサッドサと置かれるのはお見合いの姿絵というものである。
「さぁ、この中から気に入った女性を選んでください」
「無理です、俺は売約済です。フェリシア以外の女なんて選んだら、どんなに怖いことが起きることか」
「いつもそう言って逃げられますけど、でしたらその女性を連れてきてください」
「それは無理、だってアイツは忙しいからな。ディーレはどうしてんの?」
「私は神に仕える聖職者ですからで終わりです、貴方達はそろいもそろって!!」
「いいじゃないか、俺達はあくまでも王子様の個人的な私兵であって、臣下じゃない」
「でも、実質的には貴方達は王子の臣下も同然です。その人と繋がりを持ちたがる人は後を絶たないんですよ」
「放っておけ、放っておけ、そんなのどうせ役に立たん」
山のように積まれてあるお見合いの申し込み書を見て、うんざりして目を逸らした。どうせ貴族だのなんだの、お偉いさんの娘とか姪っ子とかなんだ。
「こういうのは先約がありますから、全部お断りで……」
「それが大変なんですよおおおぉぉぉ」
キットくんが書類を抱えて泣き声で助けを求めてくるが、無理なものは無理だ。だって、意外とフェリシアは嫉妬深いようだ。以前から俺の行動を見ていたことからも予測できる、こんなお見合いを受けたら恐ろしいことが起こるはずだ。
「それじゃ、キット頑張って!!」
「あー、レクス様――!!」
俺は逃げ出して再びセハル王子のところに向かった、時々王城を抜け出して迷宮で狩りをしているがそろそろ旅がしたい。
「王子、俺。そろそろ旅立ちたいんだけど、まだ無理?」
「レクスさん、それはもう少し辛抱してください、せめてタークオ国との和平交渉がしっかりまとまるまで!!」
タークオ国は今回一方的に侵略してきた国だ、楽に勝てると思っていたらしく大義名分もないも同然だ。しかし、まだ和平交渉がまとまらない。相手の国が内乱を起こしているからということもあるだろう。
「それじゃ、今日は図書室にでも行くかな」
俺は王城内はほとんど出入り自由になっている、さすがに王様が住むあたりには近づけないが、図書室は俺の入れる最高の場所だ。王城の図書室だけあって、素晴らしい蔵書が沢山あった。
その中から俺は主に祝福されし者やヴァンパイア、これらに関しての資料を読み漁っている。以前にもディーレに調べて貰ったのだが、それ以上の何かがないか調べたりしている。
「古語で書かれていると読みにくいんだよなぁ、またディーレに古語を習おうかな」
俺が何でこんなことをしているのか、それはもちろんフェリシアの為だ。本人はあまり気にしていないようだが、ヴァンパイアの王。それをどうにかして辞めさせることはできないだろうか、どうもフェリシアが現状で幸せそうには見えないんだ。
「ヴァンパイアは日光に弱い、確かに下位か中位くらいまでのヴァンパイアには有効だ。銀の武器に弱いってことはない、聖なるものに弱いってこともないな。ニンニクはあれるぎぃではあるようだが、有効な武器としては難しい」
他にもヴァンパイアの弱点は本にいろいろと書いてあったが、俺の役に立ちそうなものはない。結局はフェリシア本人次第のような気もする、彼女が自分から友人たちの子供たちと子離れできない限り、俺とフェリシアの状況は変わらない。
「ヴァンパイアには寿命がないから、その終わりを待つってわけにもいかないわけだ……」
「そうそう、ヴァンパイアの王は滅びない。そして、変わってしまうのも許せない」
それは以前に聞いたことのある声だった、いつの間にか整然と並んだ本達の暗がりに男が一人立っていた。俺は戦闘態勢をとりながらバッと立ち上がった、相手から距離をとって様子をみる。そこにいた男は白髪と赤い瞳を持っていた、間違いなく高位ヴァンパイアだ。
「お前は――!? 確か覚えているぞ、ウィルとかいう名前だったな」
「おや、僕のことを知ってるの? おかしいな、ママから聞いてから初めて会うと思うけど」
「ママ!? そ、それはフェリシアのことか!?」
「ふふふっ、そうだよ。その名前は好きじゃない、僕たちの、ヴァンパイアの王さ」
男は俺が読んでいたヴァンパイアの本を手にとると、『火』の魔法で燃やしてしまった。本はあっけなく灰となり、男がその手に残った灰をふっと吹き飛ばした。
「ウィル・アーイディオン・ニーレ。僕の正式な名前だよ、覚えたかい?」
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