第百三十五話 そう簡単には変われない
クナトス国の王城の一角に元気な男の声が響き渡る、それを聞いて俺とディーレそれにファンは身を隠した。
「レクス様、ディーレ様、ファン様、どちらに行かれたんですか――!?」
「うーん、俺はちょっと迷宮に潜って運動したいだけなんだけどな」
「お世話係のキットくんが可哀想に見えちゃうね」
「僕も『貧民街』の様子を見に行きたいのですが」
「さすがレクス様とディーレさん、雇われていてもまだ働く気ですか」
俺はクナトス国の王子達、アクセ王子とセハル王子の私兵として雇われていた。雇われてはいるがその行動は自由を認められている。だから、俺は行きたいときに迷宮にも行くし、そのうち私兵を辞めて国外にも出たいと思っている。
「ああー、見つけました。レクス様、ディーレ様、ファン様、今日は礼儀作法のお勉強でございますよ。もうお逃げにならないでください!!」
「ああ、みつかったか。これも勉強と思って面白いところは頑張るか」
「僕はこの勉強は苦手だな」
「最初から最後まで素直に受けましょうね、レクスさん、ファンさん」
「やった私は暇ですね、働きたくないでござる!!」
俺達の付き人として雇われているキットという金髪に蒼い瞳の青年に、逃走を諦めた俺達を引っ張って食堂に連れていかれた。
「俺は食事はスープしか飲めないぞ、礼儀作法もそれだけでいい」
「食べるふりくらいはしてください、フォークとナイフの使い方を覚えて貰いますからね」
そう言ってキットという青年は教えてくれるのだが、これがなかなか面倒くさい。最初は小さなカップで指を洗うのだの、使う食器類には順番があるのだの、特に大事でもないことが多くて仕方がない気がする。
「大きいスプーンと小さいスプーン、どれから使うかなんて食事の味に関係ないのにな」
「いずれは王子の私兵として他の国にも行くんでしょう、こういうマナーは覚えておいて損はないはずですよ」
俺たちの世話係になったキットという青年は手を抜かない、マナーに対して煩くて努力家でそれを学ぶ相手にも要求する。それにしてもマナーとはいろいろとあるものだ。
「それが終わったらダンスのレッスンですからね、逃がしませんよ」
ダンスの練習はもっと苦手だ。最初のうちはこのクナトス国の令嬢たちが、それこそ山のように押しかけてきたが、王子の私兵にはもったいないの一言で帰らせた。
今はキットがダンスの相手を勤めている、仕事とはいえ可哀想な奴だ男なのに男とダンスせねばならんとは。ディーレの相手はファンがしている、彼女は意外なことに体を動かすこのレッスンには熱心に取り組んでいる。
「ワン、ツー、ターン、そこで相手の令嬢を回らせて。同じ人と続けて踊っちゃいけませんよ。妙な誤解を呼びますし、相手に勘違いをさせてしまいます」
一生懸命に教えてくれているキット青年をよそに、俺たちの考えていることはマナー違反だった、相手に黙ってここを抜け出すことだとからだ。
「はぁ、面倒くさい。ディーレ、そろそろ抜けないか?」
「はいっ、キットさんには悪いですけど、迷宮が恋しいからそうしましょうか?」
「くるくるしてるのも面白いけど。うん、早く行こう!!」
そうして俺達は横で寝ていたミゼをひっつかんで三人して、キットの礼儀作法教室から逃げ出した。俺たちが向かうところは決まっている、迷宮が俺たちを待っているんだ。
ぎゃん!!
うぎゃ!?
ききい!!
うがぁ!!
ぎゃん!?
「久し振りの迷宮です、この場所が懐かしいとは僕もレクスさんを笑えません」
ディーレはより改良した魔法銃ライト&ダークでゴブリンやコボルトなどの魔物を撃ち殺してみせた。
ぎしゃ!?
ぐやう!!
ぎゃぎゃ!!
ぐうう!!
ぎえぃ!?
「ファンも頑張るもんね、ええい、連射だ――!!」
ファンも魔法銃のホワイト&ブラックで同じようにゴブリンなどのザコを始末していた、ディーレほどではないが射撃の腕も上がっている。
「俺じゃ両手銃じゃ、ザコは狩れても大物は無理だな。ディーレのような精密射撃はとてもできない。メイスでガツンとぶん殴るほうが速い」
「僕から言わせてもらいますとあんなに重たいメイスで、ガツンと殴る方が難しいです、まぁ、お互いに得意な分野で活躍するということで」
「僕は両手銃もかぎ爪の攻撃も頑張るの、両方とも絶対に得意になってみせるんだから!!」
「はぁ~、皆さま。なんて働き者なのでしょう。このミゼは、ミゼは、……ニート生活はできるうちに存分にしておくべきだと思います」
俺達は三十階層ほどを潜っていった、目前にジャイアントが四体ほど見える。さぁ、今日の獲物を狩るとしよう。約一匹戦意が無い奴がいるが、ミゼのさぼり癖はいつものことだ。そんなミゼだって狩りの間は手を抜かない、攻撃力は低いが周囲の警戒や時には敵の気を引いたりする。
「ディーレ、頼む」
「お任せをください、閃光弾と風撃弾」
ディーレの改良された魔法銃ライト&ダークによって、二体のジャイアントが頭の中身をまき散らして倒れた。俺はその倒れてくる巨体を足場に蹴って、残っている巨人の体を駆けあがる。
「もう、遅い!!」
俺を払いのけようとする動きをかわして、俺は一体めの巨人の首をグキンッとメイスで叩き折った。そのまま、その巨体が倒れるまえに、もう一体に巨人へと飛び移ろうとしたが止めた。
「任せて!!とうりゃあぁぁぁ!!」
ファンが俺と同じように洞窟の壁を走って飛び、ジャイアントを足場にかぎ爪で攻撃をしかけた。まずはファンを払いのけようとする右手を切り飛ばしてしまい、それからあっという間にジャイアントの首もスパッと切り落としてしまった。
「ミゼは見張りだ」
「はい、頑張ります」
倒したジャイアントから魔石と良質な皮を回収する、全身から柔らかいところと硬いところを選んで剥ぎ取って売ることができる。それを『魔法の鞄』に入れていく、もう上級魔法の『無限空間収納』を覚えているがあれは魔力を消費する。『魔法の鞄』の方が手軽で簡単だ、もし盗まれても他の人間には使えないように鍛冶屋で設定してもらっている。
「最近は、戦うよりこうやって剥ぎ取りをする時間が多いよな」
「荷物の心配をしなくてよくなりましたからね」
『僕も食べ終わったよ、はい魔石。美味しいところだけ食べて贅沢かな』
「終わられましたか、特に異常もなくよろしゅうございました」
ファンがジャイアントの血まみれになっていたので、『水』と『乾燥』の魔法で体を綺麗にする。それから俺達は冒険者ギルドへと足を延ばす、俺達が入ってきた瞬間にそこにいた者たちがざわめくが、特に気にせず買い取りカウンターに向かい魔石や剥ぎ取った皮を買い取りしてもらった。
なかには度胸があるのか図々しい者もいる、今日もそんな女の一人に声をかけられた。その女のまわりには似たような女たちが笑顔で手を振っていた。
「王子様の私兵って本当なの ?ねぇ、私たちとお酒でもどう?」
「…………そんな奴には心あたりがない、だから他の奴に頼んでくれ」
ざわざわとざわめく人々を放っておいて、俺は今日の稼ぎをディーレやファンと分ける。『無限空間収納』に入れているお金は貯まる一方である。これも、毎日を堅実に働いているおかげだ、生きているんだなぁと実感できる瞬間でもある。
「み、見つけましたぁ!?」
冒険者ギルドにいる俺たちを見てキット青年が悲鳴のような声をあげた。俺たちは観念して彼についていくことにする。
「今度は何のレッスンなんだ、俺は食事の練習はもう嫌だぞ。飯は普通に自由に食べたい」
「僕はダンスのレッスンは好きだな、ディーレと一緒にくるくる回るの」
「ファンさんがリードしてくれますから、僕はただついていくだけですね」
「むむぅ、イケメンが礼儀作法まで身につけたら、更にイケメンになってしまう」
そうこれが最近の俺達の日課になりつつあった、迷宮などに入っているが概ね平和な日々だった。
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