第百三十三話 他に選べる手段がない
「ヤオ・トーミヤ殺害容疑でお話を伺いたい」
「誰だ、それは?」
まず、俺にはそのヤオとかいう奴に心あたりが無かった。仲間達にも視線を向けるが、皆が首を横に振っていて誰も知らないようだった。
「そんな名前の奴に心当たりがない」
「この少年だ、どうだ覚えているだろう」
そこで黒髪の少年の姿絵を見せられたが、見たことがあるような無いような。判断しずらい姿絵だった、だから最終的にこう答えた。
「やっぱり知らん、そんな少年には心当たりがない」
「……それでは詰所まできて拷問で聞くとしよう」
「犯人でもない俺達がどうして拷問されなきゃならん、それにファンはこう見えてもドラゴンだ。この国の王が黙っているわけない、ただドラゴンが拷問されるのを見ていると思うか?」
「ド、ドラゴン!? ま、待った取り消す、詰所には来なくていい、無罪放免だ」
兵士達はドラゴンと聞いてすぐに俺達から目標を変えた、今度は他のパーティに同じような質問をしている。やりとりも同じようだった、なんて適当な捜査なんだ。
「気に入らないな、この国の官憲はあんなに適当なのか」
「僕がいなかったら危ない感じ」
「ええ、実際にどうなったのか分かりません」
「ちょっと王城に行って、お喋りでもしてきましょうか」
俺達はドラゴン形態のファンを連れて、王城に行き王様にこの話をしておいた。彼は凄く怒って話を聞き終えると、その捜査官達を取り調べるようにと命令していた。
その後、いい加減な捜査をしていたその官吏は捕まったそうだ。だが、この事件は俺達に充分な不安を与えた。取り調べの段階で拷問をするなど、この国は人間にとってかなり危険な国だ。
「長く留まると何をされるか分からない、ここのドラゴン達との別れは辛いが他の国へ旅立つか?」
「そっか、……ちょっとファンは嫌だな」
「どうしたんですか、ファンさん?」
「珍しい、何かご不満でも?」
「ファン、言いたいことがあるなら遠慮なく言ってくれ」
「不満っていうか、王城にいるドラゴンに気になる子がいるの!! ……だから、僕はこの国を出るのは嫌だなーって」
「ああ、そういうことでしたか」
「それでは仕方ありません……ファンさん短い付き合いでした、爆発して下さい」
「ええええええ!? 僕は爆発しなきゃいけないの!?」
「ミゼのは冗談だから相手にするな、でも本当なのか? ここに残りたいのか?」
「正直に思ったままのことを言っていいんですよ、ファンさん」
「はい、リア充は爆発するべきなのです」
俺はぽいっとミゼを遠くに放りだして、ディーレと二人でファンの本当の気持ちを聞いていった。ファンはよく考えていた、それから言葉を紡いだ。
「レクスと旅するのは止めないよ、でも最後にお別れくらい言いたいの。相手はね、この間紹介したサクラくんだよ」
「……あいつは男の子だったのか」
「……気がつきませんでした、ドラゴンの生態はわかりにくいですね」
それからいろいろと話し合った結果、ファンと一緒に王城に行くことにした。ドラゴンは長い時を生きる、また会えることもあるだろうが、ファンはしっかりとお別れを言いたいということだった。
「サクラくん、僕はまた旅に出るんだ。元気でいてね」
「ファンさん、ここに残っても楽しいですよ。私たちと一緒に過ごしませんか」
「ううん、僕にはまだ学ぶことが沢山あるんだ。それにレクスやディーレ、ミゼと楽しい旅がしたい」
「どうしてもですか、……私たちは寂しいです」
「うーん、ごめんね。また会えるよ、次は大人になってからかも」
「…………………はい」
ファンがサクラというドラゴンと話している間、俺はチェチェというここの代表のような女のドラゴンと別れの挨拶をした。
「チェチェ、短い間だったが世話になった。またどこかで仲間たちと一緒に会えると嬉しい」
「レクスと言ったか、………………お前は祝福されし者なのか?」
俺はチェチェが言い出したことに驚いた、思わず誰かに聞かれていないか周りを見回した。だが、このドラゴンの庭に出入りできるのは、王以外には限られた者しかいないようだ。
「俺は祝福されし者に近いとは言われている、だが今はまだ別の生き物だと思う」
「そうか、それなら頼みたい。サクラも一緒につれていってくれないか?」
「それは!? サクラ本人の意思なのか?」
「いや、私の独断だ。サクラはこの国にいたがっている」
「なら連れていくことはできない、本人の意思が大切だといったのはあんただ」
「そうだな、ならばここから出たらすぐに国を出ろ。王に挨拶はいらない、…………とにかく遠くへ逃げるんだ」
チェチェは決して他の人間には聞こえないように、静かな口調で俺に不穏なことを言い出した。逃げろというのはどう考えても穏やかではない、だがチェチェの表情は真剣そのものだった。心音や脈拍が早かったが、嘘を言っているような感じは受けなかった。俺はその自分の直感を信じた。
「ファン、ディーレとミゼ。さぁ、いったん宿屋に帰るぞ!!」
「うん、分かった。またどこかで、サクラくん」
「はい、分かりました。今、行きます」
「はぁ~、レクス様といい。ファンさんといい、リア充が増え過ぎです。いっそ爆破したくなりますね」
俺はファンの手をとり、ディーレとミゼを呼ぶ。そして全員にこっそりと合図する、大物が出た、とにかく逃げろという狩りの時の合図だ。それで全員お喋りを止めて、さっさと王城を逃げ出した。
「レクス、一体どうしたの?」
「俺にも分からん、チェチェが言っていた。とにかく逃げろだとさ」
「あのドラゴンの女性ですか、それは穏やかではありませんね」
「リア充にこだわっている場合じゃない、命大事にでございます」
そうして俺たちは上手く王城を逃げ出せた、城から出る際には何かあったら宿屋に来てくれと嘘をついた。実際は宿屋にも寄らなかった、幸い『魔法の鞄』は持ち歩いていたから、失うものは何もなかった。
「よく分からんが、ドラゴンが逃げろというくらいだ。全力で行くぞ、姿を隠すために『隠蔽!!』それから『飛翔!!』」
「……ディーレ、サクラくんは大丈夫かなぁ」
「何も起こらないことを今は祈るしかありません、ファンさん。姿を隠します、『隠蔽』。それでは一緒に飛んでいきますよ、しっかりと命綱に捕まってください」
「この手を離さない、私の魂ごと離してしまう気がするから……やった言えた。ちょっと状況が違うけど、どうせなら可愛い女の子の手を握って言いたかった」
俺は全員に命綱をつけて『飛翔』の魔法で飛んでいくことにした、『飛翔』だけじゃなく俺自身の翼を利用して飛んでいった。これが一番に早く移動できるからだ、ただし人に空を飛ぶ姿を見られてはまずいので、俺とディーレで『隠蔽』の魔法を二重に使い姿を消して飛んでいった。
俺たちが逃げる先に選んだのはクナトス国だ、あそこなら皇太子とその弟という知り合いがいる。チェチェが逃げろというくらいだ、何か国単位の異変が起こるのかもしれない。そう思って逃亡先をよく知っている国を選んだ、そうしてクナトス国に近づくにつれ、反対にタークオ国に向かう馬車や人が多くなっていった。
「あちらのほうが大国だからか、やけに人の移動が多いな」
「そうですね、どうしたんでしょうか?」
「僕もなんだがドキドキしてきた、何かあったらどうしよう」
「ファンさん、大丈夫でございます。レクス様が何とかします」
国境を越えてから『飛翔』で飛ぶのは止めて、俺がディーレを背負ってファンがミゼを抱えて走る旅に切り替えた。
そうしてタークオ国に向かう者に、事情を聞いてみようとしても皆が急いでいた。誰も俺達の相手をしてくれなかった、俺の胸に更に不安がこみあげてきた。それはディーレも同じだったようだ、ある日野営地が同じになった者から、俺達は恐ろしいことを聞かされた。
「タークオ国とクナトス国が戦争になるんだ、きっとクナトス国が負けるだろう。だから俺達は今のうちにと思って逃げ出してきたんだよ」
「いきなり、何故だ!?」
「嘘、……サクラくん」
「何ということでしょう」
「また戦争でございますか!?」
翌日俺たちはまた『隠蔽』と『飛翔』の魔法でクナトス国までの道を急いで飛んでいった。
ようやく辿り着いた俺達が見たところ、まだクナトス国には異常がなかった。俺達はアクセ王子やセハル王子を訪ねて王城へと訪れた。
「アクセ王子、セハル王子、戦争になるっていうのは本当か?」
「戦い争うことを止めることはできないのでしょうか?」
「ああ、三人とも久し振りだね。こんな状況でなかったら、再会を喜びたいよ」
「今はまだ宣戦布告されて、交渉の真っ最中です。今からなら遅くない、タークオ国に戻れますよ」
「お前らどうにも心配なんだよ、為政者としてはいい奴だし。できれば死んで貰いたくないんだ、どうにかならないのか?」
「そうです、交渉でなんとか戦争を止められないのでしょうか?」
「難しいんだよ、向こうにはワイバーンではなく、本物のドラゴン部隊がいるんだ」
「本物のドラゴンが相手では、我が国の勝利は難しいんです」
俺とディーレは絶句した、あの大事にされてきたドラゴンが戦争に使われるというのだろうか?それでは俺は別れてきたドラゴン達と戦わなくてならないのか?
「レクス、僕はサクラくんや仲間と戦いたくないよ」
「俺だって戦争なんて嫌いだ、ファンそんなに心配するな」
「ああ、神よ。僕たちに必要な助けをお与えになることを心から祈ります。……さて、どうしましょうか」
「ギルド戦なら参加希望しますが、本物の戦争はごめんでございます」
俺達五人と一匹はお叩いに苦い表情で顔を見合わせた、さてどうにか戦争にはならずに交渉だけで済めばいい。あの楽しそうに人間と暮らしていたドラゴンたちを、俺は太古の生き物たちを殺したくはないんだ。
両国の交渉は長引いたが、結局はタークオ国が攻めてくることになった。向こうの要求が高過ぎたのだ、もし要求に応じていたら確実にクナトス国民は飢えて死ぬ者が半分以上は出ただろう。
「この国には上級魔法の使い手はいるのか?」
俺が絞り出すように言った問いかけに、セハル王子が苦々し気に答えた。そんな弟にアクセ王子はずっと寄り添い、その傍から離れなかった。
「私がそうです、実は私一人しかこの国には上級魔法の使い手はいないのです」
なんていうことだドラゴンの軍勢が攻めてくる、なのにこちらには上級魔法の使い手は一人しかいない。そして、サクラというドラゴンのこともどうにかしなくてはならない。
だったら、他にやれることは一つしかない。
「アクセ王子、セハル王子、俺を雇うつもりはないか?」
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