第百二十九話 余計なことはしてはいけない
ふと俺は夜中に目を覚ました、何か妙な気配がする。それも複数だ、これは盗賊なんかじゃない。それよりもずっと危険な気配だ。今すぐに襲ってくるかもしれない、そんな背筋がゾッとするような気配だ。
「ディーレ、ちょっと散歩をしてくる。ファンとミゼを頼む」
「そうですか、お気をつけて。大丈夫、見張りは任せてください」
見張りをしてくれているディーレに声をかけて、俺は気配を辿り森の中に入っていった。そうしてもう仲間がいる馬車から随分と離れた時、俺は振り返って後ろにいる奴に話しかけた。
「それでお前らは、どこのどいつだ?」
ざわりと揺れる森の陰から七人の男女が現れた、髪も瞳の色もバラバラだがその容姿だけは皆、息をのむように美しい者たちだった。
「キリル様は放っておけと言われたが」
「我々の王に貴様など必要ない」
「そうだできそこないのはぐれヴァンパイアが」
「ここで殺す、絶対に殺す」
「そうだ、お前のような半端者など生かしておけない」
「お前の死をもって陛下には考え直して頂こう」
「その為にお前に死んで貰う、もちろんお前の仲間達にもな」
カチリと最後の奴が放った言葉で俺の記憶の封印が解かれた、こいつらは俺も仲間も殺すといった敵だ、容赦することはない。
だが、まずは仲間の安全を確かめなくてはならない。俺は自分の存在を二つに分けることにした、敵に気づかれないように霧状の体が仲間の方へ近づいていった。
「全くフェリシアはどういった位置にいるんだ、一応はヴァンパイアの王だと言われるならお前達十人をしっかり押さえておいて貰いたいものだ」
その言葉と共に俺の一部が仲間の元に戻った、霧状の体のまま今にも襲い掛かろうとしていたヴァンパイア共を、その三人を捕まえて喰ってしまったのだ。
「な、これは陛下と……」
「同じだと、ありえ……」
「嘘だ、できそこな……」
見張りをしているディーレに気づかせることもなく、分身して仲間の元に戻った俺は敵を防音の結界の中であっさりと処分した。
俺と仲間を殺そうとするなら敵だ、そいつらに容赦も遠慮も必要はない。他に続けて敵が来ても困るので、そのまま俺の一部を馬車の近くに置いておいた。
「さぁ、それじゃ。こっちもはじめようか」
これは戦闘じゃない蹂躙だ、残った七人のヴァンパイア達はそれぞれが戦闘体勢をとろうとした。だが、霧状になった俺に押さえつけられて、声も出なければ体も動けなくなっていた。
「今日は少し食い過ぎだな、わざわざ食べられにきたあんた達が悪いんだ」
一番最初に声をあげようとしたものを喰った。
次に逃げようと抗った者を喰った。
また攻撃してこようとしたものを喰った。
諦めて命乞いとしようとする者を喰った。
最後に何か言おうとした者を喰った。
ただ呆然としている者を喰った。
「く……、せ、せめて……」
やっとのことで一言を紡いだものまで全て俺は喰ってしまった、こんなに大量に食事をしても二つに分かれた人格は揺らぎもしなかった。
俺が合計で十人のヴァンパイアを食べた後に、最後に隠れていたもの。そいつは珍しく殺気を放っていなかったので、敵とは見なさなかった者を見下ろした。
「なぁ、キリル。今の連中はお前が連れてきたのか?」
俺はカタカタと小さく震えている女ヴァンパイアを見つめる、こいつはフェリシアのお気にいりだ。このキリルを喰ってしまったら、きっとフェリシアが泣くんだろうな、そう思って嫌な気分になった。
誰だって好かれている者からは嫌われてしまいたくはない、だからキリルの言うことを注意深く聞いていた。
「……陛下からお前を伴侶にすると聞いて暴走した者達だ、私はその結果を見に来ただけだ。お前やその仲間に手を出すつもりはなかった、本当だ」
キリルの言葉に俺はにっこりと微笑んだ、良かったフェリシアのお気に入りのヴァンパイアを殺さないで済む。
「それは良かった、お前を喰ってフェリシアを泣かせたくはないからな」
「……今の十人が消えたことで陛下は少し泣くだろう」
うーん、それは残念だ。俺には好きな子を泣かせて喜ぶ趣味はない。ああして一気に喰らわずに忠告して、穏便に逃がしてやるべきだっただろうか。
いや駄目だあいつらは俺の仲間を狙っていた、仲間達とっては俺よりも弱いあんなヴァンパイアの一人でも充分な脅威になる。
「フェリシアに泣かせてごめんと謝っておいてくれ、……いや俺が一緒に行くとしようか。うん、そうだ。直接姿を見せて、謝ったほうがいいな」
「は、放せ。――――ヒィ!?」
俺はキリルの手首を握ったまま、フェリシアの気配を辿ってその場所に移動した。空間を歪めて訪れた場所は、とても豪華だがどこか寂しい部屋だった。
「いらっしゃい、レクス。酷いよ、私の友達の子たちを十人も喰ってしまって」
「すまない、フェリシア。だが、あいつらが悪い。俺や、俺の仲間に手を出そうとしたんだから」
俺が来る前から泣いていたフェリシアは、くすんと鼻を可愛くすすって、零れた涙を自分の服の裾で拭いていた。俺はそんなフェリシアの涙を指で優しくすくってやった。
「レクスはこれからもあの子達を殺しちゃう?」
「フェリシアを泣かせたくはないが、俺の邪魔をするなら喰ってしまうよ」
そうかとフェリシアは泣くのを止めて、今まで放置していたキリルにこう言った。
「全部、聞いていたよね。キリル、良い子だからレクスへ手をだすのは止めさせるんだ。どうせ、こうなったレクスにはお前達は敵わないのだからね」
「……か、かしこまりました。ご忠告を伝えておきます、もし破った者がいればそれはその者の責任です」
キリルという女ヴァンパイアは未だに震えが止まらぬ体で、それだけやっと言うとフェリシアの部屋から出ていった。
「レクス、レクスはすぐに帰ってしまうのかい?」
「……ああ、すまん。……限界が近い、…………これ以上は……無理……だ……」
俺はそう言ってディーレ達が野営している森の奥に一瞬で戻った、そして霧状にして見張りをさせていた分け身を回収する。
俺自身が施した記憶の封印が押し寄せてくる、俺はその封印に逆らわなかった。そして、急いで自分に戻る、レクス、そうだ俺はレクスという草食系ヴァンパイアだ。今回は大丈夫だ、仲間がいる。そうディーレがいる、きっと彼が助けてくれる。
「で、ディーレ、けほっ、げほっ!!」
「レクスさん!? 一体、いつの間に中に!! これはっ、『完全なる癒しの光!!』」
俺の体はまた内側から破壊される痛みを味わった。何故だ、俺は何をしていた。分からない、記憶が森に向かった後からすっぽりと抜け落ちていた。ただ、苦しかった。体がバラバラになってしまうかと思った、ディーレが上級魔法を使ってくれて、俺はそれでやっと安心して眠りに落ちた。
「なんだこれ? こんなに質のいい魔石を俺はどうして持ってるんだ?」
朝になってディーレに起こされた俺は、十個の上質な魔石が散らばる中で寝ていた、前にディーレの魔法銃に使ったものより上質な魔石がいっぱいある。
「あれ、昨夜はフェリシアに会って、それで……」
それでどうしたんだろう、何か話をした覚えはある。だが、その記憶がない。何も覚えていなかった、俺の頭はどうなっているのだろうか。
「レクスさん、昨日の夜。一体、何をしたんですか!!」
「ディーレ、悪いが俺には分からん。フェリシアに会ったような気がする、でもそれ以外の記憶が無い」
「くんくん、確かにレクスからかすかだけど、僕たち仲間と違う良い匂いがする」
「レクス様、夜中に夜這いでもしたんですか。それで返り討ちにあったと、それなら私は納得致します」
「………………記憶が無いなんて危険です、フェリシアさんに会ったのは確かなんですね」
「多分、会った。でも、それ以外分からん」
「あの女の祝福されし者なら、レクスに危害は加えないと思う」
「と言うことは一体何が遭ったんでしょうか、記憶障害とは頭でも打たれましたか」
俺たちはそれぞれ考え込んだが、結局は何が遭ったか誰も分からなかった。ただ敵がいたのは間違いないと思う、何故なら残っている十個の質が高い魔石がそれを表している。
「まぁ、大丈夫なんじゃないか。ディーレのおかげで体の調子も良いし、何故か質の良い魔石がこんなに手に入ったしな」
俺の不用意に零した言葉から、一斉に仲間達から抗議の声があがった。しまった、もう少し冷静になってから言い訳すればよかった。
「レクスさん、いくら強いからって一人で勝手に行動しないでください。僕達はパーティなんですよ、レクスさんは時々自分だけの力に頼りすぎています」
「うん、レクスは僕の保護者。でも、仲間なんだから心配させて」
「レクス様、私も偶には本気で心配しているのでございます」
俺が転がっている十個の魔石を見せると、仲間から今度は酷く心配されてしまった。記憶には無いがこれは俺が悪いな、こんな良質な魔石の持ち主と俺は多分戦ったんだから。
次に大物と戦う時は皆と協力して頑張るんだ、そう強くなって俺の大事な仲間達を守らないとな。…………だから、そんなに心配しないでくれ。俺はきっと、もっと、もっと強くなって皆を守ってみせるから。
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