第百二十話 それは兄として諦めきれない
先日国からの指名依頼を受けたら、今度はギルド長から王城に呼び出されることになってしまった。相手が何をしたいのか、さっぱり分からない。
「うわわわ、立派な建物だね」
「それはそうだ、あれは王城だからな」
「このクナトス国で一番に偉い人が住んでいるところですよ」
「中では大人しく、静かにしておきましょう」
しかも、呼び出されたのは俺だけでなく、パーティを組んでいる仲間全員だ。俺は立派な建築物である王城の中に入っていきつつも、いざとなったらこのルートで脱出しようとか、あの窓を割って逃げようとか、王城脱出を常に考え中である。
「ディーレ、ミゼ、ファン」
「分かっています」
「はい、確かに」
「いつでもいいよ」
何を理由に王城に呼ばれたのか分からないので俺達は前もって、何かあったらすぐに逃げようと打ち合わせをしておいた。
ランク白金の冒険者のすることじゃないって、命はそんなものよりずっと大切だ。ここから逃げ出して指名手配を受けたとしても、まだどこかの街で名前を偽ってランク銅の冒険者からやり直せばいいのである。
「王がこられます、控えなさい」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
控えろと言われても俺達は礼儀というものをよく知らないので、俺はディーレが片膝をついて体を低くする様子を見様見真似でした。ファンも俺と同じくディーレをお手本にしたようだ、慌てて膝をついて身を伏せている。
ここにくるまでに武装してはいけないと言われたので、武器類は皆それぞれで『無限空間収納』に入れたままにしてある。こうしておけば、何か遭ってもすぐに武器を取り出して対応できるだろう。
「面をあげよ、楽にするがいい」
王様らしき人から声がかかって俺達は下げていた頭をあげる、白が混じる茶色い髪に同じ瞳をした初老の男性だ。落ち着いていて、穏やかそうな顔をしているがどこか疲れ切っているように見えた。
「先日はワイバーンの部隊が世話になったと聞いた、その白金の冒険者の腕前を見込んで頼みがある。うちの皇太子を叩きのめしてくれないだろうか?」
「はぁ!?」
「こーたいーし?」
「何故、親子で争いを!?」
「叩きのめすですか?」
俺達は思いもしなかった王様のお願いごとに、思わず礼儀も忘れて声をあげてしまった。それから王様は場所を外の庭園に移し、俺達はお茶菓子や紅茶などを出されて詳しく話しを聞くことになった。
「皇太子、アルセは昔から冒険物語が大好きでな。それで剣の腕は良いのだが内政などに興味を持ってくれない、終いには弟のセハルに皇太子の座を譲ってから退位するとまで言う。どうか冒険者の世界はそんなに甘いものではないと、あやつを叩きのめしてはくれないだろうか」
「こ、皇太子を?本当にいいのか?」
「頼む、できれば徹底的に叩きのめしてほしい。もう二度と冒険者には近寄らない、冒険者を見るのも嫌だと思うくらいにな。そうでもしないとあいつは本当に国を飛び出して行きかねん」
「……怪我を負わせず、叩きのめすのは難しい」
「この際じゃ、骨の十本や二十本は構わん、生きてさえおれば王宮の魔導士長その他治療師達に治してもらえばいい」
「えっと、それでは、その旨を契約書にしっかりと表記して頂きたい。もちろん、ギルドを通じて正式に依頼をして貰いたい」
「そういうと思ってほらっ、ギルド長も呼んでおいた。正式な依頼状もある、どうかあの馬鹿をぎったぎたに叩きのめしてくれ」
「あっ、はい」
よく見ればいつの間にか隣のテーブルに全身汗まみれのギルド長らしき人物がいた、こんなに無茶苦茶な依頼をされたことがないのだろう。その手は小刻みに震えていて、お茶のカップが持てないぐらいだった。
「それでは白金の冒険者レクスと、皇太子アクセ・クナトスとの試合をここに開始するものとする」
舞台は鍛錬場に移り、武器は沢山用意して貰えたが俺はいつもの金具付の手袋とブーツ、つまり普段着で充分だった。それに対して相手は意外にも普通の冒険者のような格好だった。
王様を若くしたような茶色い髪と瞳の持ち主で、部分鎧に片手剣、丈夫そうなブーツと若い新人冒険者のような格好をしていた。
「父上、この者を倒せば皇太子を止めていいというお言葉、確かでしょうね!!」
「確かじゃ、思う存分に叩きのめされるがいい、馬鹿息子!!」
なんだろう、とても王族の会話だとは思えない。どこかの寒村の親子の会話みたいだ。俺は冒険者になる、何を言っている馬鹿息子……とかかな。
「それでは、参る!! はああぁぁぁ!!」
「へえぇ、剣の腕はそこそこか」
俺は手袋につけてある金属片の部分だけで、カチンッガギッと皇太子の剣を弾き飛ばしてみた。剣の筋は悪くない、だが俺は草食系ヴァンパイアだ。速さと動体視力には自信がある、剣で敵わないとなると相手がとる行動は決まっている。
「くっ、これが白金の冒険者か!? ならば『火炎嵐!!』」
「ん、このくらいかな。『氷竜巻』」
アクセ王子が呼び出した炎の嵐を氷の竜巻が打ち消して、更に王子に向かって叩きつけられた。氷に身を切り裂かれてなお、王子は戦おうと魔法を使った。
「ふははははっ、これぐらい『大治癒』うぎゃあ!?」
「…………このくらいでよろしいでしょうか?」
その隙にこっちは一気に距離をつめて、アクセ王子に蹴りを入れて転がしその背と剣を踏みつけた。
王様はハラハラしながら見守っていたが、ようやく決着がついて満足そうに終わりの言葉を口にしようとした。
「まだです!! まだ、私は負けていません!!」
「……………………」
これだけ叩きのめされてなお、アクセ王子は敗北を認めないらしい。俺はあることを思いついた、一旦王子を解放してファンを手招きして呼んだのだ。
「この子はランク銅の冒険者です、ファン。あの王子様をなるべく怪我をさせないように叩きのめしたら、今度またあのステーキ屋に連れていってやる。どうだ?」
「やる!! ファンがこの人を叩きのめしちゃうね!!」
そこで俺はアクセ王子から離れてディーレ達の傍に移った、王様が心配そうな顔をしているがこっちの方がより効果的だと思われる。
「お嬢さん、私は婦女子に振るうような剣はもたない!!」
「へ?冒険者になったら、悪いことをした女の人を捕まえることもあるよ?」
「い、いやしかし」
「そっちから来ないなら、こっちから行くもんね!!ステーキゲットォォォ!!」
ずがああぁぁぁぁぁぁあんという鈍い音と共にアクセ王子は鍛錬場の宙を舞った、いくら子どもといえどホワイトドラゴンの拳から一撃をくらったのである。
「……………………」
「ねぇ、ねぇ、ステーキさん? お返事できる?」
ファンよ、そこで倒れているのはステーキさんじゃないアクセ王子だ。どうやら、ファンに殴られて完全に気絶してしまったらしい。
もちろん、この勝負はファンの勝ちである。その日のうちに皇太子は白金の冒険者に負けたのだと城内で噂になった、実際にはランク銅の冒険者に負けたのだが誰もそれを信じるまい。
「今日はご馳走、ご馳走、嬉しいなぁ。はぐはぐ」
「なんで俺達まだ帰れないんだろうか、食事に部屋まで用意して貰ってさ」
「まだ、皇太子の方が納得されないのでは?」
「あれだけ派手に負けておいて、プークスクスクス」
俺達はまだ都に帰して貰えずに今日はこの城に泊まることになってしまった、一体この国の王族は何を考えているのだろうか。
食事はとても豪華な物が出てファンは大喜びだった、俺は固形物が食べれないからスープ以外はファンに食べて貰った。
そのまま何か呼び出しがあるわけでもなく、客室と思われる豪華な部屋で一泊することになってしまった。
「すごーい、ここのお風呂ひっろい。皆で一緒に入る――?」
「ファン、風呂はな。非常事態を除いて男女別に入るものなんだ」
「ちぇーつまらない、んんん。何か寒気がしてきた、ファンはお風呂に入る!!」
「耳の裏もよく洗えよー!!」
そのまま何事もなく就寝時間となって、ようやく事態が動きだした。招いてもいないお客さんのご登場だ。アクセ・クナトスという皇太子がこっそりと訪ねてきたのだ。
「ああ、夜分にすまない。そのまま楽にしていてくれ、頼みがあるんだ」
冒険者になりたいという王子様の頼みごと、どうか再試合で負けてくれとかだろうか。あれだけ醜態をさらした後ではそれは難しいと思う。
「私ははっきりいって馬鹿だ、国を背負う資格がない」
国を背負う資格があるのかどうかはわからないが、このアクセ王子様があまり賢くないのは分かっている。そして、次に彼はこう言い出した。
「私の弟、セハル・クナトスに私はどうしても王位を譲りたいのだ」
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