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第百十五話 こんなところでは遠慮したい

「レクス、あれは何?何?」

「あれは海だ、スぺルニア国にはそういえば海が無かったな」

「あの水は全部が塩水なのですよ、料理に使う塩なども海からとれるのです」

「あちこちの海で塩の生産などはしております」


 俺達は歩いてクナトス国に来ていた、ここは海に面した国だ。後でファンに泳ぎを教えておくのもいいかもしれない。


「お母さんと飛んだ時に見たかもしれない、すっごく大きい水たまりだね」

「あとで泳ぎ方を教えてやろうか?」

「そうですね、泳ぎ方を知っていると楽しいですよ」

「海の恵みのお話ですね、お魚に貝に海老それに蛸その他、どれも美味しゅうございます!!」


 クナトスは迷宮探索が盛んな国だと聞いていたが、少し前の事件で迷宮の魔物とは散々戦ったあとだ。今日は別のこと、海で遊ぶのもいいかもしれない。


 俺達は港に入って漁業ギルドに素潜り漁の許可を貰う。銅貨4枚とられたがこれで海の幸が食べ放題だから安いものだろう。


 港からは少し離れた海岸でまずはファンに泳ぎを教える、もう何度も泳いでいるので俺やディーレは泳ぐ時用に水着を持っている。ファンはドラゴンなので俺たちの水着を見て、もっと表面積が大きい胸まで隠れるような水着を作り出していた。


「いいですか、まずは水に浮く練習から始めましょう」

「早く、潜りたいよう」

「基本は大事だ、よく勉強しておけ」

「私はお昼寝タイムでございます、……ファンさんの水着姿。くうう、この世界にスクール水着というものがあったなら!!」


 ファンは教えるとすぐに泳げるようになった、それは何故か。もちろん、ご馳走がこの海の中には眠っているからである。


「レクス、獲ったよ――!! 焼いて、焼いて!!」

「さっきの貝が良い具合だぞ、ほれっ」


 俺はぐつぐつと煮立っている貝、それを熱した金網から箸で取り上げて、中身だけファンに食わせてやる。ドラゴンはブレスも吐く種族だ、熱した貝の身くらいでは火傷はしないようだ。


「はうわぁ、美味しい――!! もっと、もっと獲ってくる!!」

「気をつけろよ、転んだりしないように」

「レクスさんがますます立派なお父さんになっていますね、ふふふっ」

「お似合いの……親子で……ございます……、すやぁ」


 とにかくファンは海の中にあって食べられるものなら何でも獲ってきた、貝類はもちろん海老やカニなど、さらには魔法で仕留めたとかで大きな魚まで獲ってきた。


「どんどん焼くから片っ端から食っていけ!!」

「もちろんなのです、頂くのです。もぐもぐ、美味しい――――!!」

「僕も少し頂きましょう、レクスさん用のスープも良い具合ですよ」

「はっ、私にもわけてください。夢の中で嫁が魚をすすめてきました」


 俺はディーレがデカい海老から作ってくれたスープを飲みながら、熱く熱した金網で獲物を焼いていく。この金網も最近買ったものだが、余分な脂が落ちるのと使いやすくて気に入っている。


 お腹いっぱいに食べたら片付けをして、ファンはお昼寝を始めた。俺は木陰で木から生気を分けて貰いながら本当の食事中だ、草食系ヴァンパイアは楽だな。料理をする必要がないし、生気を分けてくれる植物はあちこちに生えている。


「俺も寝るか」

「それじゃ、私もレクスと寝ようかな」


 がばあぁっと勢いよく俺は飛び起きた、自分の横からふいに聞こえた声に驚いたからだ、フェリシアがいつの間にか俺の傍までやってきていた。


「久し振りに会えて嬉しいよ、レクス。でもまだふわわわ~と力を集めることはできないんだね、世界を広くみるんだよこう大き――く!!」

「そんな説明じゃわからない、具体的にどうするのかを教えてくれ」

「…………陛下に無駄な時間を使わせるとは、この愚物め」


 フェリシアに付き従っているキリルは今回も俺に対して殺気全開だ、どうして俺がこんなに恨まれているのかが分からない。この間会った時にも理由は聞いたが、とにかく人間が嫌いだということしか理解できなかった。


「ふわぁ~、あ――!!祝福されし者です、本物です。うわわわわ、どうしよう」

「おや、君はホワイトドラゴンだね。レクスと仲が良いようで羨ましいよ」


 フェリシアはファンの頭を優しく撫でる、ファンの話が本当なら太古の生き物たちの再会だ。ファンは珍しく少し緊張気味にフェリシアの言葉に答えていた。


「はい、レクスとの旅は楽しいのです。このまま大きくなるまで一緒に旅をするのです!!」

「いいなぁ、私もレクスとそうやって遊びたい。今日の海の漁だって面白そうだったし」

「おい、待て。フェリシア、お前は一体どのあたりから俺のことを見ていたんだ」


 俺の言葉にフェリシアはファンの頭を撫でながら考えていた、そしてなにか結論が出たのかこう答えた。


「うーん、言うとレクスが怒りそうだから言わない。安心して、お風呂とかは覗いてないからね」

「それ以外は見てるってことか、それのどこが安心できるんだ!?」


 俺という草食系ヴァンパイアの一個人の一身上の事柄の侵害だ、フェリシアからしたら俺をただ見ているだけなのかもしれないが、何かがひどく削られるような気持になった。


「そうやって怒るから言いたくなかったのに、だって私も寂しいんだよ。仲間はもういないし、仲間になってくれそうなレクスはなかなか力の使い方を学んでくれないんだから」

「…………陛下、もうお時間です。城に戻られた方が良いかと思われます」


「ああもう、そんな時間!? レクスとべたべたしたかったのに、これくらいは貰って良いよね」

「――――――!?」


 フェリシアが長くて綺麗な金の髪に碧の瞳の女性に変化したと思ったら、俺は彼女から唇を奪われていた。つまり、俺の生涯で一番最初のキスを奪われた。


「フェリシア!? お前は何をしやがる――!!」

「レクスが私を待たせるからいけない、もう貰っちゃったもんね」


 フェリシアはべーと口から舌を出して拗ねたような言葉を紡いだ、その次の瞬間にはお騒がせなあの主従はいなくなっていた。


「レクスって婚約者がいたんだ、びっくりしちゃった」

「何!?」

「だってああいうことは結婚するドラゴンとやりなさいって、お母さんは言ってたもん」

「それはだなぁ、あ――!?」


 ファンの母親よ、それは正しい。だが、俺が今されたのは完全なる不意打ちだ。フェリシアがあんな行動に出てくるとは思いもしなかった、俺に対してだけなのかもしれないが距離が近すぎる。


 ニマニマと笑いが隠しきれていないミゼと、やはり驚いて口元を押さえているディーレがそこにはいた。


「何も言うなよ、一番驚いているのは俺なんだから」


 俺は先制攻撃で二人がこの件で口を出すのを制した、まさかフェリシアからキスされるなんて思いもしなかった。良い香りと柔らかい唇が当たって……あああ、もう止めておこうこれ以上考えてはいけない。


「ふわわわ~と力を集めろとか、世界を大きくみろとか言われても分からん」

「えっ、ファンはそれ分かる気がするよ」


 俺がフェリシアの事を愚痴っていると、ファンがいきなりそんなことを言い出した。あんな説明で一体何が分かったというのだろう、ファンは両手を大きく広げて話し始めた。


「レクスは草食系ヴァンパイアだって聞いたけど、きっともっと大きな力が眠っているんだよ。木々だけじゃなくて、世界から大きな力を分けて貰えるんだ。ドラゴンも成長するにしたがってそうなるの、だから小さい時はいっぱいご飯を食べるけど、大きくなったら世界の力だけでも生きていけるんだよ」

「植物以外から生気を分けて貰う、世界の大きな力を分けて貰える?」


 ファンの言葉に俺は考えこんだ、確かに俺は自分を草食系ヴァンパイアだと思い込んでいた。だから植物からしか力を分けて貰わなかった。


 例外は強敵と対峙した時だ、あの時は相手が植物でもないのに俺は敵を食ってしまった。そういえば、何もしていないのに海の上で体が回復したこともあった。


 大きな世界から力を分けて貰う、貰う、貰えるはずだ。だって現にそうしたことがあるのだから、大気にとけている大きな力を取り込むんだ。植物から力を分けて貰う時と同じことだ、できる、できる、できるんだ……


「ファン、駄目だ。お前のおかげでやり方は分かったが、これはすぐにはできそうにないな」

「ドラゴン族は成長にしたがってできるようになる、レクスも練習を続ければできるようになるかも」


「ああ、ありがとな。とてもフェリシアの説明だけじゃ分からなかった、ファン。凄く助かったよ」

「レクスは頑張らないとね、あのフェリシアさんを奥さんにするなら、もっと、もっと強くならなくっちゃ」


「ああ、そう……どうしてそうなった!?」

「えっ、だってフェリシアさんってレクスの婚約者でしょ、それとも!? レクスは婚約者でもない異性と口づけするの!! そんなのひどい男だよ!!」


 ひどい男だよ、ひどい男だよ、ひどい男だよ、ファンの無邪気な声が俺の罪悪感をちくちくと責め立てる。ファンは妹みたいに可愛いやつだ、できれば嫌われたくはない!!


「ああ、俺は結婚するような相手としか、ああいうことはしない。だが、相手の心変わりということもあるだろう、俺ってなかなか強くなれてないし」

「ほえ? 女として言わせて貰うとあのフェリシアさんって、レクスにべた惚れに見えたけど。僕の頭を撫でられてた時は怖かったもん。自分のものに手を出すなよって、威嚇されてたようなものだよ」


 俺は助けを求めてディーレとミゼの方をみた、もっともこの場合助けを求められるのはディーレだけだ。ミゼはこういう時には全く役に立たないし、逆に俺を窮地に追い込む奴だ。


「僕の見たところではファンさんと同意見です、レクスさんにフェリシアさんは凄く好意的に接していると思います」

「おやおやこれは、…………あんな絶世の美女からキスなんて、リア充は爆発するがよい!!」


 残念ながら俺を助けてくれる者は誰もいなかった、しかし、フェリシアを嫁にか…………退屈しない面白い日々が送れるかもしれないな。


 でも、多分おまけにキリルという怖い女ヴァンパイアがくっついてくるけどな。

広告の下にある☆☆☆☆☆から、そっと評価してもらえると嬉しいです。


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