第十一話 懐かしく思うこともない
第十一話 懐かしく思うこともない
冒険者ギルドの買い取りカウンターにいた女性は、やけに集中して薬草を確認していた。そして、その女性は俺に向かって慈悲深く諭すように話しかけてくる。
「ねぇ、正直に言えば罪は軽いわ。このマジク草、一体どこで盗ってきたの?」
「ん?言っている意味がよくわかりません、もちろんこのラビリスの街にある迷宮から採ってきましたよ」
「貴方が?一人で?」
「正確に言うならば、俺の従魔がいるので一人と一匹で採ってきました」
「まぁ、私は少々魔法を嗜んでおりますので、これぐらいの成果は当然でしょう」
買い取りカウンターの受け付けのおねえさんは、何故か疑わし気な目で俺達を見ていた。んん?そんなにおかしなことだったろうか?あのぐらいの迷宮なら人間でも、モンスターの気配を探り、慎重に行動すればすぐに10階層くらいに行ける気がしていたんだが、ちょっと俺は楽観視し過ぎたのか。
はっ!?そうか、そういえばそうだった。俺は自分が犯していた致命的な間違いに気がついた!なので、素直にギルドのおねえさんに謝罪することにした。
「ああ、すいません。そういえばマジク草の買い取りは常時依頼とはいえ、ランク鉄以上の依頼でした。うっかりと忘れていました。俺のミスです、遠回しに俺が気がつくようにご配慮してくださったことに深く感謝致します」
「…………は?」
いやー、うっかりしていた。常時依頼だからって簡単なものばかりではないのだ、マジク草は冒険者ランク鉄以上の依頼だった。ポー草の採取依頼と同じように考えていた、仕方がないここではなく商業ギルドの方で売却しよう。少しばかり買い叩かれるかもしれないが、全く売れないよりはマシだ。
「それではマジク草は商業ギルドの方で買い取って貰います、代わりに魔石の買い取りをお願いできますか?こちらは依頼にはないそうですが、常に冒険者ギルドで買い取りができると聞いています」
「………………えっ、あっ、うん。ええええええ!?」
ジャラジャラジャラジャラジャラジャラコロコロッカロン
俺は迷宮に潜って獲ってきた魔石を買い取りカウンターに広げる、うん。紳士的にと事前についていた血などは、できるだけ綺麗に拭き取っておいた。
ゴブリンやコボルトの魔石が多い、これらは精々一つが銅貨1枚だ。高めの食事が一食分なので、ゴブリンやコボルト退治はあまりうまみのない仕事だな。スライムは食べた物によって魔石の質が高くなるが、今回はあまり大きな魔石は無かった。スライムは迷宮の掃除屋でもある、動作も遅くて危険が少ないのと、迷宮の環境改善のために見過ごす冒険者も多い。
ゾンビやスケルトンの魔石もあるが、こちらは質にもっと差が出る。強い冒険者の遺体なら、死後も良い強い魔力を宿し良い魔石になる。でも、迷宮の16階層まででお亡くなりになったような方々だ、ほとんど期待はできない。
ちょっと期待したいのがオークの魔石である、その力は人間の形をした猪だと思えばいいだろう。普通の冒険者であれば、複数でかからないと油断できない相手だ。まぁ、草食系ヴァンパイアである俺にとってはこの辺りまでは等しくザコにしか過ぎない。
「ちょ、ちょっと待ってね。い、今から見てみるから」
「はい、あの隅の椅子をお借りします、終わったら声をかけてください」
「私からも、よろしくお願い申し上げます」
俺の従魔であるミゼが私って可愛い猫でしょうっと、ギルドのおねえさんに愛想を振る舞っている。それに対するおねえさんの笑みは引きつっていた、ミゼよ。皆がシアさんのように猫好きだとは限らないんだぞ、中には建物内に動物が入ることを嫌がる人もいるんだ。
俺は迷宮を出た後にザッと手入れをしておいたメイスをみる、ミゼに水洗いさせてから汚れをふき取っておいたがまだ少し凹凸に汚れがあるな。買い取りが終わるまで暇だし、相棒のお掃除でもしておくか。ゴミが散らないように敷布の上で行えばいいだろう。もちろん、後でゴミはその辺の地面という自然に帰す。
「あれっ、坊主じゃねぇか?おお、まさか本当に冒険者になったんだな!!」
「んん?あっ、銀のおっちゃん。久し振りー、儲かってる?」
「ああ、商隊の護衛ではなにかとお世話になりました、銀の冒険者さんですね」
待っている間に俺は懐かしい……、と言うほどでは無いな、約七日ぶりくらいの再会だ。それよりちょっとひっかかるようなところが言葉にあったぞ、このおっさんは銀の冒険者だからギルドで再会することもままあることだ不思議はない。
「ちょっとその言い方は酷くないか、まさか本当に冒険者になったのかって、俺は人生においてほとんどは本気と本音で生きてる自由な男だ」
「いや、お前さんがなかなか強いのは覚えてる。でも、日が経つごとにあんなに強いガキが本当にいたのかって、ちょっと幻でも見た気になってたな。あははははっ!!悪い、悪い。ってこの猫、喋るのかよ!?」
「私はこう見えても従魔でございます、あの時は少々会話を控え大人しくしておりました」
それから俺達は久しぶりに会ったということで、どこの店の料理が美味しいだの、良い装備が欲しかったらあの鍛冶屋だとか、世間話に没頭していた。同時にメイスの手入れもしていたので、俺の相棒は輝きを取り戻した。
「…………レクスさんー、ランク銅のレクスさんー、買い取りカウンターにお越しくださいー」
「うわっ、呼ばれた。それじゃ、おっちゃんも元気でな」
「おうよ、坊主も無理せずにのんびりやれよ」
「またご縁があったら、お会いしましょう。どうぞ、お体にお気をつけて」
俺はふんふふ~んと鼻歌など歌いながら、買い取りカウンターに向かった。ギルドのおねえさんはさっきまでとは違い、至って冷静に対応してくれた。それだけなら別に良かったのだが、なんか奇妙な提案をされた。
「レクスさんはなかなか有望な新人のようです、先輩の冒険者と手合せなどしてみませんか?もし、レクスさんが勝たれたなら、買い取り価格の銀貨45枚を更に、5枚追加して50枚にさせて頂きます。いかがでしょうか?」
「……いいですよー、手合せして勝てばいいんですねー?」
「ほうほう、手合せをするだけで銀貨5枚、レクス様。今日は大儲けですねー」
何だかとっても怪しい申し出だったが、どうにも俺の実力が疑われているようだ、だったらその誤解はさっさと解いておくべきだろう。
それに銀貨5枚!!約5日は働かずに暮らせる額だ、なんて嬉しい臨時収入。ふんふふ~んとまたご機嫌で、俺は職員さんと一緒に鍛錬場へと初めて入った。なんということでしょう、さきほど再会したおっさんとまたもや感動の再会です。
ってそりゃ銀ともなれば、冒険者は体が資本だ。依頼とは別に毎日、真面目に鍛錬を怠らないのだろう。俺だって何もない日は半日くらい鍛錬してたからな。
草食系ヴァンパイアである俺は、睡眠も一日に四時間くらいで大丈夫だ。非常時だったら数日は眠らないで、ずっと動き続けられるだろうな。その便利な体質を利用して、夕方から真夜中まで睡眠をとって、真夜中から夜明けまで俺は鍛錬していた。
「別に勇者や英雄になる気はないが、自分の身体能力は把握しておかないとな」
「ご、ご立派でございます。で、ですがレクス様。私はちょっと眩暈が……」
真夜中から夜明けまでは『隠蔽』の魔法で姿を隠し、街の外壁を飛び越えて森に出て、そこから木々が生い茂っている森を全力で疾走したりしていた。
真っ暗な森の中を様々な障害物を避けながら走り抜けるのだ、夜目が利くとはいえ木々は不規則に生えており、立体的な移動の練習になった。そんな練習をしていたからこそ、俺は迷宮の壁や天井を楽々と走り抜けれたのだ。
他にも地道に努力していることはある、森を抜けた先にある崖で翼を使って自由に飛ぶため、練習しているんだ。生まれてこれまで15年俺の背中に翼は無かった、だからこの新しい体を使いこなせるように、地道な努力もしているのだ。
……後は体を動かしてないと、何か落ち着かないという貧乏性でもある、今まで朝から晩まで生きる為に働かない日は無かったから、なんだか動かないと体が鈍りそうだ。
そうして朝になったら、『魔法の鞄』から本を取り出してお勉強と草食系ヴァンパイアらしく樹上でお食事タイム。そのまま、夕方までいることもあるし、昼から通行料を払って必ず毎日別の門から街へと戻る。
同じ門から出入りしてたら、いつか誰かにあいつは門から出ていった覚えがないのに、毎日門を通って入ってくる、おかしい。なんて妙な疑いを持たれないようにしている。ラビリスはそこそこの街だけあって、複数の門があって良かった。
しかし、いろいろと回想しているのに俺の相手はまだ決まらない。暇でしかたがないぞ、俺はミゼにそのことを言ってみる。
「なにかあちらで揉めているなミゼよ、誰が相手になるのかーとかで」
「どなたが相手でも、ここにいる皆さんではレクス様の勝利は揺らぎません。つまりレクス様、俺TUEEEを思いっきりやっちゃってください、私はその黒歴史の目撃者にならせていただきます!!」
「俺がつえーとは俺が強いということか、それはいいが黒歴史とはなんだ?」
「プスー、クスクス。それはレクス様の年齢あたりで起こる現象で、多かれ少なかれ誰しもが抱えている心の闇というものです」
それにしてもギルドの職員さんと、鍛錬していた冒険者達との話が長い。俺も眠くなってきたぞ、当初の予定では俺のオアシスである図書室を楽しむはずだったのになぁ。ミゼもあいかわらず訳の分からないことを言っているし、言語は同じであるのに会話が成立しないのはこんな時だ。
んん?やっと俺の手合せの相手が決まったらしい。よし、できるだけ相手の動きをよく見て、その技術を盗んでやろう。
「なぁ、やっと相手が決まったのか?それじゃあ、ちょっと殺ってみる?」
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