第百九話 これで勝てないわけがない その2
さて、優勝賞金と冒険者ギルドの図書室増築という、素晴らしい夢がかかっている試合に俺は次々と勝ち抜いていった。
「それではスペルニアの都ギルド代表、レクス。セテハルのギルト代表、ニノハ。両者、前へ。始め!!」
女性のような名前だったが相手は男だった、二十代の鍛えられた体をしたスマートな男だ。酒場で女に声をかければ、きっと不自由しないことだろう。
「それじゃ、勝たせてもらおうか。『火炎嵐!!』」
「っ!?『重なりし小盾!!』」
「『重なりし小盾』なんて、『火炎嵐』には通用しないよ。なんて馬鹿な奴なんだか」
「……それじゃ、その馬鹿に負けるおまえは大馬鹿ものだな。少し痛い目をみろ!!」
敵はいきなり中級魔法を使ってきた、火炎嵐に巻き込まれたら全身が焼けただれて酷い有様になっただろう。俺は防御系魔法をつかって、敵の魔法を避けてみせた。
俺は防御の為に『重なりし小盾』を使ったわけじゃない、それらから生まれた無数の小盾を足場として避ける為に使用したのだ。
そんなことも知らずに偉そうに講釈している男に対して、避けた反動で近づいてグキリッと俺は両腕の関節を外してしまった。
「うがああああぁぁぁぁ、いてええぇぇぇぇl!!」
「…………降参するか?」
「する、降参する!!この腕をどうにかしてくれええぇぇぇ!!」
「『無痛』すぐに治療師がくるだろう、医者に直して貰え」
とりあえず対戦相手の苦痛を魔法で抑えながら、治療をしてくれる者がくるのをまった。呼ばれてきた医者は相手の両肩の骨をはめ直してくれた、基本的に治癒も自分でするのがルールだが、自分でできない場合はこうして医師がくるからもう大丈夫だ。
「それではスペルニアの都ギルド代表、レクス。ミニミユのギルト代表、テブロ。両者、前へ。始め!!」
戦闘開始の合図で今度の挑戦者は俺と同じくメイスを武器にして、真っすぐに勝負をかけてきた。
「うおあおあおあお!!」
「真っ向勝負か、面白い!!」
何度かの打ち合いが続いたが、俺のメイスは特別頑丈な品である。結局は相手のメイスの方が先に限界を向かえて、バッキリと折れてしまった。
「畜生!!『雷打!!』」
「おお、やるな。ではお返しに『雷打!!』」
メイスが使い物にならなくなったことをみるや、相手は俺に掴みかかってきたが、それは罠だった。雷の魔法を叩きこむためのものだったのだ、少々痛かったがこのくらいなら何ともない、お返しに同じ魔法を相手にもかけてやった。
「おーい、おーい、降参できるか?」
「……………………」
俺から技を返されて雷を浴びた男はしばらく失神していた、審判が戦闘続行不可能とみなして俺の勝ちが決まった。よし、あと一試合である。
ところが、その残った一試合が大変なものだったのである。
「それではスペルニアの都ギルド代表、レクス。セミグラのギルト代表、キリル。両者、前へ。始め!!」
「…………なんでお前がここにいるんだ?」
「なんのことだが分からない、私はセミグラのギルト代表のキリルだ」
嘘だ、大嘘である、この女ヴァンパイアはファリシアに付き従っていた化け物だ、一体何が目的で現れたのかさっぱりわからない。
「あー……、フェリシアは元気か?」
「貴様ごとき愚劣な輩が、あの方のお名前を言葉にするな」
いや、そのフェリシアって命名したの俺だからな。キリルという女ヴァンパイアからはほとばしる殺気が感じられる、やばいまだたった十七年と少ししか生きていないのに、今日俺はわけのわからない理由で殺されるかもしれない。
「それでは少し遊んでやろう、あの方に貴様が愚鈍で目にする価値すらないものだと、そう教えて差し上げなくてはならない」
「あっそ、俺の意志は完全に無視ってやつだな」
そう言い終わるとキリルは全力で俺に向かって斬りかかってきた、速いが捉えられない速度じゃない。以前は出来なかったのに今日はキリルと打ちあうことができている、まだ相手が本気を出していないからかもしれない。
「ふんっ、虫けらが『抱かれよ煉獄の炎』」
「なっ、こんなところでそんな魔法を使うな!!『恵みの水流!!』」
あやうく会場全体をこのキリルという女は上級魔法で焼き尽そうとした、咄嗟に中級魔法に魔力を強くこめて大量の水を生み出し、相手が行使した魔法を相殺する。
「うるさい、貴様さえ消えればいい。『隷属せよ囚われの鉄の処女!!』」
「なっ、――――!?」
巨大な鉄の処女と言われる拷問具が現れた瞬間、俺の姿をその無慈悲な処刑具でもあるそれは飲み込んだ。中には無数の棘が余すところなく存在しており、この大きさだと一つでも喰らえば体が真っ二つに避けるだろう。
「やはり愚か者の処刑にはこれがふさわ――――!?」
「はい、その愚か者に背後を取られて、喉に短剣を当てられた気分はどうだ?」
キリルが上級魔法を行使した瞬間、俺は全魔力を使って『幻』と『隠蔽』を使ったのだ。キリルが俺の能力を低くみているから通用する戦法だ、そうでなければ本物の俺から決してキリルは目を離さずにいただろう。
上級魔法の拷問具に飲み込まれたのは俺が作った幻だ、そして『隠蔽』を使うことで姿を消し、こっそりとキリルの背後をとって短剣をつきつけることができた。実はこの短剣は剥ぎ取り用のものだ、咄嗟に使ったがあまり切れ味はよくない。
「それじゃ、降参してくれるかな?」
「……殺せ、貴様のようなゴミ虫に命を取られそうになるとは腹立たしい」
「どうして俺はそんなに嫌われているんだ」
「……あの方に気に入られているのが腹立たしい、……人間なんてどいつもこいつも大嫌いだ。……いや貴様は人間もどきだったな、……この役に立たない出来損ないめ」
俺に対して心底忌々しいといった様子で、自分の命すら大切にしない彼女はそう言葉を吐き捨てた。だが、俺がもしこのまま短剣で攻撃したとしても、相手は高位ヴァンパイアだからそれで殺せる自信はなかった。
でも見た目だけなら俺がキリルを制しているように見える、それに俺にとってこのキリルという女ヴァンパイアは、フェリシアの部下らしいから殺したくない。あの寂しがりやのフェリシアのことだ、きっとキリルが死んだらまた泣くだろう。だから、審判に向かって宣言する。
「審判、これで俺の勝ちでいいな」
「は?……ああ、はい」
その言葉と共に俺はキリルから短剣を外して距離をとった、そうされて訝し気にキリルは俺の方を見た。
「何故、殺さない。私に屈辱を与えるつもりか?」
「いいや、だがあんたを殺すとフェリシアが泣くだろう。ただ、それだけさ」
内心ではさっきの時点で止めを刺すべきだったのではないかと、全身に冷や汗をかいている俺だった。キリルからの俺への殺気が消えていない、会場丸ごと巻き込んで挑んできたらどうしよう。
「ふん、フェリシア様を泣かせてはなるまい。お前との勝負はまた次にしよう」
だが、意外なことにキリルは素直に俺の前から姿を消した。いろいろとあったが、この瞬間がギルド対抗戦で一番に緊張した。
しかし、セミグラの上級魔法が使える代表が忽然と消えてしまった、大勢の観衆の目の前でキリルという女の姿は消えた、そのおかげで闘技場中が上から下まで大騒ぎになった。俺もキリルの正体を聞かれたが、実際によく知らないので知り合いの知り合いでよく知らないと答えた。
事実、俺が彼女について知っているのはフェリシアに仕える女ヴァンパイアだということだけだ。さすがにこれは話せなかった、話したらどうしてヴァンパイアを退治しなかったのかと俺が非難されることになる。
「あー……、怖かった。最後の試合で俺の寿命が十年は縮んだぞ」
「お疲れさまです、『活性』『大治癒』少しはこれで疲れがとれましたか?」
「とにかく優勝おめでとうございます、これでまたお金持ちですね!!」
消えてしまったキリルのことはともかく俺が優勝者になった、一度も敗北していなかったのだから当然だ。
「金の冒険者レクスに対して、スペルニア国ギルド対抗戦での優勝を認める。またその副賞として白金の冒険者への推薦状を与える、スペルニアのギルドに……」
せっかくの優勝賞金だったが、俺は途中から話を聞いてなかった。副賞、なんでそんなものが副賞についてくるんだ!?ま、まだ大丈夫だよな。国から貰った推薦状は何枚目だ?どうして要らないものまでおまけにくれるんだ!!
まだ俺は白金の冒険者にはならずに済んだ、白金の冒険者への道は厳しいらしい。素晴らしいことだ、俺は平凡で本を愛する普通の冒険者なんだ。白金の冒険者とか、命を狙ってくるヴァンパイアとかはっきり言ってお付き合いしたくない。
「おお、この本は面白そうだ」
「レクスさん、それは良かったですね」
「ささやかな喜びでございます」
後日、ちょっとだけ増築された冒険者ギルドの図書室で、仲間と一緒に大いに読書を楽しむ俺だった。
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