第百五話 探してみても見つからない
「ちょっと、私の依頼を横取りしないでよ!!」
「ん?誰だ、お前は?依頼の横取りなんてした覚えが無いぞ」
「誤魔化さないでほしいわね、私はエスロ・ノタミ。私達が受けていたドラゴン討伐をあなたのパーティが邪魔して、失敗させたのは分かっているのよ」
「ああ、昨日のホワイトドラゴンのことか。依頼内容は討伐もしくはあの場所から追い払って欲しい、だから俺達のパーティはドラゴンを移動させた。どこか問題があったか?」
「ドラゴンと言えば素材の宝庫よ、ただ追い払うだけではなく確実に討伐してその素材を手に入れるべきだったわ。これは悪質な依頼の妨害よ」
「討伐依頼ではあったが、複数のパーティが参加していいと条件にあった。もう一度言うが討伐ではなく追い払ってもいいという条件だった。俺達はギルドの定めた条件どおりに動いている、文句があるならギルドに言え」
朝からまた真面目に働こうとギルドに行ったら、金の冒険者であるエスロとかいう女に絡まれた。面倒なので無視していたら、またこの女は泣きだした。
「私の仲間達の仇だったのに、この手であいつを殺してやりたかったのに……」
「それは嘘だな、俺にはそういう演技は役に立たんぞ」
嘘だな、相変わらず息を吸うように嘘をつく女だ。呼吸、心拍、体温どれも少しも乱れがない。とても仲間を失って泣くような状態ではない、だがこれは少し面倒な話になりそうだ。
「おい、おい、兄ちゃん」
「男がいい女を泣かせるなよ」
「少しあんたが悪いんじゃねぇか」
「大丈夫かい、君」
「そんなに泣かないで」
男と女が言い争いをしていて女が泣き出すと、大抵は男の方が悪いという結論にされてしまう。この時に騙されるのは男だけだな、現に女性がパーティに入っているところからは非難の眼差しがこなかった。
「物凄く面倒くさい、今日は狩りは止めてスペルニア国の観光にでもいくか」
「それもいいですね、昨日のドラゴンの件はまだ調査が終わらないでしょうし」
「泣いている女の子は可愛いですが、嘘泣きですと。…………正直ないわー」
どうせギルドの調査には二、三日かかると思って、今日はスペルニア国の観光にいくことにした。
何百年も時代がある国なのでとにかく見事な建築物が多い、歴史もあるわけで都のあちこちにある立派な石に碑文が書かれてあった。
「なになに、昔とある城主がいたが奥方との仲が悪かった、一人の妾ばかり大切にする夫に奥方は怒った。夫がいない間に妾をこの建物の水牢に閉じ込めた、夫が帰ってきたときには妾は寒さのあまり息絶えていた。その後に妾の幽霊が出るようになって、その奥方も発狂して死んだ……って随分と物騒な話だな!!」
「あっ、しかもまだ妾さんの幽霊が出るそうですよ。浄化魔法をかけておきましょうか、中級魔法くらいで効き目があるでしょうか」
「……ディーレさん、こういう場合は魔法はぬきで歴史を楽しむものですよ」
他にもこの屋敷には初代の幽霊が出てくるとか、この橋の人柱にした娘がすすり泣く声が聞こえるとか、幽霊に捕まらないようにおかしな建築をした家などを大量に見ることができた。
「もう伝統的な建築物を見に来たのか、幽霊話を聞きにきたのかわからなくなってきた。ディーレ、なにか憑いてきた時には浄化呪文を頼む」
「お任せください、ゴーストなら浄化呪文ですぐに退治してみせましょう!!」
「情緒がない、情緒というものがございませんよ。もう少し怖がりましょう、せっかく心霊スポット巡りをしているんですから」
いや、俺達はただ観光をしているのであって、別に幽霊が出る場所をまわっているわけではない。
次々と聞かされる幽霊の話にうんざりして、木々や花々の溢れる公園で少し休むことにした。俺は歴史的な建築物が見たいのであって、ゴーストとは迷宮にいる時に会うだけでいいと思う。
「あっ、この公園にも出るみたいですね。なんでもここは昔は処刑場で……」
「やめてくれ、処刑場の跡地に公園なんか作るなよ!!」
「ディーレさんが生き生きしております、天才の意外な趣味を発見です」
「ディーレ、お前は幽霊が好きなのか?」
「別に幽霊が好きなわけではありません、ただどんな人の一生でも書いてまとめれば、一冊の興味深い本になるといいます。そんな逸話を聞くのが好きなのです」
「ちょっと人には知られていない面白い話が好きなのですね、なるほど面白いです。今度、百物語でもしましょうか。レクス様、耐えられますか?」
「どれだけ凶悪なゴーストやアンデッドがこようが、俺にはディーレがいるからな。結局は浄化魔法で片がつく」
「はい、彷徨える魂は神の御許までご案内致しましょう」
「それではつまらないのですー、怖い話がちっとも盛り上がりません――!!」
そんなことをして午前中の時間を過ごし、午後からは体が鈍らないようにディーレと模擬戦をした。ムラクモ国で習った武術の確認をしたり、街を出て森へ行き簡単な魔法戦をして過ごした。ミゼの奴は遠慮せずに、ぐーすかとよく眠っていた。
そんな一日を過ごしたあとに眠り続けたまま、起きないミゼを脇に抱えて宿屋に戻った。ミゼは午後から次の朝まで夕食も食べずに眠り続けた、そんなに疲れていたのかと俺達はミゼを起さず好きに寝かせていた。
次の日の朝のことだった、朝起きてみるとミゼの奴がいなかった。毛布が膨らんでいる場所があるので、何となく毛布を剥いでみた。するとミゼがいつものとおりにだらしない顔をして、眠っているだけだった。
「レクスさん、こちらはドラゴンに関する報酬になります」
「ああああ、それは私のものよ!!」
「煩い、なんだお前は」
「私は金の冒険者、エスロよ!!」
ミゼの奴が寝坊しやがったから、冒険者ギルドには俺が一人で来ていた。最初の予定では迷宮の前で集まるつもりだったが、このエスロとかいう女をまかなくてはならないので予定変更だ。『従う魔への供する感覚』でミゼに細かい集合場所を伝えた。
「くそっ、私の仲間の仇!!」
「いつの間に俺がきさまの仲間の仇になった」
「ち、ちょっと待ちなさいよ、話だけでも聞きなさい!!」
「煩い、絶対に嫌だ。面倒くさい」
隙間なくくっついてこようとするエスロという女を、冒険者ギルドを出た瞬間に俺は全力疾走で引き剥がしにかかった。
人間としてはおかしくない範囲だが、都を歩く人の隙間をぬけて走り続けた。そして、角を曲がったとたんに跳躍して適当な家の屋根に登った。
「チッ、金ずるがこざかしい真似を!!」
俺を見失った瞬間、エスロという女は悪態をついた。そんな女を無視して俺は迷宮へと向かった、もう入り口の子ども達も俺が迷宮に入るのを止めはしない。
「すまん、待たせた。ドラゴンの件はこっちが依頼成功になった、報酬も貰った」
「いいえ、大丈夫ですよ。エスロさんをうまくまけたようで良かったです」
「レクス様、私は起きたらなんだか体の調子が良いのです、今ならオーガでも倒せるかもしれません」
俺達は迷宮の十階層もぐったところで合流した、始めは迷宮の前で合流予定だったが、あのくそ女候補のおかげで予定が狂ったのだ。
「よぉし、それじゃいくか。ミゼはなんだか体の感覚がいつもと違うようだから、充分に気をつけろよ」
「はい、ディーレさんにも言われました。いつもと感覚が違い不思議な気分です」
「今日の狩りは軽めにしておきましょう、ミゼさんがまだ体に慣れていません」
結局のところその後にオーガを二体ほど仕留めて今日の狩りは終わらせた、ミゼは眠っていた体が動きやすくなっているみたいで少々危なっかしかった。
ギルドで魔石やオーガの皮を売り、また違う飯屋で食事を楽しんだ。個人風呂があったのでミゼも宿屋の風呂を楽しむことができた。特に何も問題が起きることもなく、宿代が少し高くなったくらいで一日が終わった。
そして、翌日になって俺の目が覚めると、いつもどおりの黒猫のミゼが絶望といった雰囲気で先に起きていた。そうして、俺に無茶なことを言った。
「レクス様、私はもう少しで嫁に出会えるところでした。もう一度、お眠りになってください――!?」
「…………嫁探しなら現実でやれ、さてミゼに似合いのメス猫がいたかな」
「レクス様!? 私は間違っておりました、まだまだ私は嫁をめとるような資格はございません!!」
「…………そんなに遠慮することはない、よりどりみどりとはいかないが可愛い猫を探してやるぞ」
「なんて酷いことを言われるのですか、メス猫に私がいやんだめぇぇぇってされてもいいのですか!?」
「…………よく分からないが、ミゼはメス猫が嫌いなんだな」
俺がミゼの伴侶を探してやろうとすると、今度はミゼが逆に俺を止めようとした。何故だろうか、猫のミゼに似合いのメス猫を探してやろうとしただけなのにだ。
ふぁ~あ、俺は欠伸を思わずした。何故だろう体の調子が昨日からとても良かった。だから、もうひと眠りしてその感触を感じたくて、その日は結局俺は休むことになった。
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