第百四話 人の血が美味いはずがない
「ドラゴン退治の仲間を募集する依頼だ、誰か腕自慢の者はいないか!!」
もう日も昇ってお昼を過ぎている時間に短い金髪に蒼い瞳の女が入ってきて、こんなことを言えば俺達の返事は決まっている。
「今日はどこで飯を食おうか」
「あっ、宿屋の方にいいお店を教えて貰いましたよ」
「この国は私でも飯屋に出入りできるのが良いところです」
俺達は少し遅めの昼食を摂ろうと冒険者ギルドを後にしようとした、そこに先ほど喚き散らした女が立ち塞がって、もう一度同じセリフを繰り返した。
「ドラゴン退治の仲間を募集する依頼だ、誰か腕自慢の者はいないか!!」
「今日の分は充分働いた、ドラゴン退治とか危険は避ける主義だ」
「申し訳ありませんが、これから昼食の予定です。それに、勇気と無謀を間違えるつもりもありません」
「本日の労働時間は終了致しました、また明日機会があったらご利用ください」
そう言って出ていこうとする俺の前に、金の冒険者である女は涙を零しながら訴えかけてくる。
「頼む、仲間達が捕まってしまったんだ。一刻を争う、どうか手を貸して欲しい」
「…………体温、心音、呼吸の速さ、どれをとっても嘘だな。他をあたってくれ」
そう言って俺は女を押しのけると仲間と一緒に昼食に向かった、その後ろでは何名かが女性に声をかけていたが、ああいう嘘つき女にかかわると酷い目に遭うぞ。
「まるで劇を見ているかのような見事な嘘だったな、騙される奴が可哀相だ」
「レクスさんがそういうならそれが真実でしょう、騙された方が気の毒ですが大丈夫でしょうか」
「ドラゴン退治ではなく見物に行ってみますか、それくらいなら面白そうです」
なるほど、俺は昼食の唐辛子が入っているピリ辛スープ、それに果物のジュースを飲んでミゼの意見には同意した。
「退治じゃなくて見ているだけならそう危険はないかな、金の冒険者がどういう戦い方をするのかも気になるしな」
「あの女性は自業自得ですが、騙される方々は気の毒ですしね。昼食の後にどういう依頼なのか詳しく聞いてみますか。もちろん、朝に貼られていた方の依頼です」
「あの女性の依頼は信用できませんから、その方が安全ですね」
こうして俺達はちょっと綺麗な公園でも見に行こうくらいの気分で、珍しいドラゴンを見物に行くことにしたのだ。
昼食を食べ終えて休憩をとり、改めて朝のドラゴン退治の方の依頼をギルド職員に聞かせて貰った。
「ここから歩いて二時間ほどの森の中に洞窟があります、そこにドラゴンが住みついてしまったんです。商隊はその噂を聞きつけて通りたがらないし、どうにかしてドラゴンを退治するか、追い払って欲しいという依頼です」
俺達は一応はその依頼を受けてドラゴンを見物しに行くことにした、複数のパーティでも受けれる依頼だから、俺達が失敗しても特にペナルティはなかった。
採取依頼などの時には依頼を失敗した時にペナルティが課されることがある、ある薬草の材料を集めて待っていて、それが間に合わなくて誰かが死んだりした時などがそうなる。
「依頼に失敗しても何もペナルティなし、ますますただのドラゴン見物だな」
「この前、空中ですれ違ったドラゴンは綺麗でしたね、ここにいるのはどんなドラゴンなんでしょう」
「冒険者は冒険しないといいますが、今日は特別でございますね」
俺達は馬を借りて北の森にある洞窟前まで来ていた、『広範囲探知』にはとても大きな存在と微かな存在。それにこれが冒険者達だろう、いくつかの人間の気配が感じとれた。
「あっ、逃げ出した。またあの金髪女が何か言ってるけど、ありゃもう駄目だな」
「皆さん帰り支度を始めましたね、あの女性も帰るようです」
「お気の毒に何人が犠牲になったのでしょう、悪い女に騙されてはいけませんね」
誰もいなくなった洞窟内にはまだ大きな気配がある、ちょっとした悪戯心で俺は洞窟に向かって飛び降りてみた。仲間達が後に続く、皆で洞窟内の気配を探る。
「まずは俺だけ傍にいってみる、ディ―レとミゼはいつでも逃げれるように準備をしていてくれ」
「はい、あまり無茶はしないように気をつけてくださいね」
「命大事にございますよ、全く好奇心が旺盛なんだから!!」
俺は『隠蔽』で気配を消しながら洞窟に入っていった、薄暗い空間だが夜目が利くので特に困らなかった。
いた、この間見た黒龍くらいの大きさのドラゴンが中にいた。色は全く反対の白いドラゴンだ。翼のあたりから出血している、先に入った連中の仕業だろうか。痛々しい、できるなら手当をしてやりたいところだが。
『そう言って私をまた傷つけるつもりなのか、人間とは……いや違うな。この気配は懐かしい、祝福されし者がまだいたのか。どうか、私を助けて欲しい』
ドラゴンの方から俺に『思念伝達』が届いた、『隠蔽』で気配は消していたはずなのに既にバレていたようだ。こちらも、『思念伝達』を使って話しかける。
『俺は祝福されし者に近いのか、俺自身は全く自覚がない。どうすればいい、その傷を治せばお前は助かるのか』
『お前の気配は限りなく祝福されし者に近い、この傷を癒してくれるのか。そして、できることなら魔力を分けて貰いたい、そうすればもうこの場所に用はない』
『傷を治すのは仲間が得意だからここに呼んでもいいか?魔力の方は俺がわけてみるとしよう』
『祝福されし者を信じよう、ここ数日は人間が何人もやってきて困っていたのだ。この子の為にもう少し休んでいたかった』
よく見るとドラゴンの後ろに小さなドラゴンと割れた卵の殻らしきものがあった、そうか出産したばかりで動けなかったんだな。
『ディーレきてくれ、お前の出番だ。ドラゴンの傷を癒して欲しい、お前の魔法が一番効果がある』
ドラゴンを驚かせないようにディーレにも、『思念伝達』で連絡をとった。俺がそう言ったら彼はすぐに駆けつけてくれ、いつもどおりに癒しの奇跡を使った。
「『完全なる癒しの光』」
『どうだ傷は治ったか、次は魔力だな。魔力を渡す俺が、お前に触れればいいんだろうか?』
ディーレの魔法でドラゴンの傷はみるみるうちに治っていった、俺が傷が無くなったドラゴンの肌に右手を置いてみる、ゆっくりだが上級魔法数発分の魔力が吸われれていくのがわかった。全体の半分ほど、俺の魔力を吸いあげたところでドラゴンは話し出した。
『ああ、助かった。傷も癒えたし、この子を連れてここを出ていくことにする。お礼には何をあげようか、ふむこれでいいかな』
そう言うとドラゴンは二本の長い牙と、何本かの爪それに何枚かの鱗を俺達に分けてくれた。
『本当に祝福されし者じゃないのかい、この気配は彼らにそっくりだ。傷を治してくれた人間には悪いが、あまり人間に近づいてはいけないよ。さぁ、どきなさい』
俺達がドラゴンの素材を集めて洞窟を出ると、ドラゴンは子どもをつれて悠々と空へと舞いあがった。
ホワイトドラゴンが夕暮れ時に空を舞う様子はとても美しかった、またその背中にちょこんと同じく白いドラゴンが、一生懸命にしがみついているのが可愛らしかった。
「珍しいものが見れたな、来てみて良かった」
「はい、そうですねって……、レクスさん血まみれですよ!?」
「レクス様、大丈夫ですか!?」
あのホワイトドラゴンは結構な傷を負っていた、その体に触れたからドラゴンの血がついたらしい。面白そうなのでちょっとその血を舐めてみた、……美味い。
「『血液吸収』、くぅぅ美味い!! 俺は初めて血を飲んで美味いと思った」
「え? えええええ!?」
「草食系ヴァンパイアをご卒業ですか!?」
俺達は洞窟の中を確認して何名かの遺体を見つけた、最初にドラゴンに遭遇した者だろう。ドラゴンを殺す気でいたんだから、殺されても文句は言えないよな。先ほとドラゴンの血は美味く感じたが、この遺体の血を飲みたいとは思わない。
「それは無いようだ、ドラゴンだけ特別なんじゃないか? 人間でもドラゴンの血を薬にしたりするらしいからな、風邪をひいた時に甘い果物を食べたような気分だ」
「はぁ~、そういえばそうですね。ドラゴンの血とか、いろんな薬の材料でした」
「驚かさないでください、さてこれで依頼は終了ですね。日が落ちないうちに帰りましょうか」
日が暮れかかっていたのでドラゴンから貰った物を『魔法の鞄』に入れて、真っすぐにスペルニアの都に帰った。
「どうやらホワイトドラゴンの親子がいたようだが、新しい住処を探すと飛び去っていった。洞窟の中に何名かの遺体があったが、日も暮れてきて回収は諦めた」
依頼にあるドラゴンを追い払うという方は達成できたわけだ、これは後日ギルドが調査をしてから報酬を出すという話になった。
俺達としては珍しいものを見せて貰ったし、ドラゴンから素材まで貰ったので別に依頼達成にならなくても不満はない。
いつもどおりに宿屋に帰り、今日のあったことを興奮して話しながら眠りについた。翌日、ギルドにまた依頼表を見に行ったら、昨日の女に絡まれた。
「ちょっと、私の依頼を横取りしないでよ!!」
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