第百二話 しっかり休んでおくしかない
「そうそう、幾つかの本に祝福されし者という記述があったんです」
「本当か、凄いなあんな古語を読み解くなんて」
「天はディーレさんに才能を与えすぎです、私にも分けてもらいたいくらいです」
宿屋に戻って紅茶でも入れながら、ディーレの話を聞くことにする。さすがは天才のディーレだな、ミゼの言うとおりではないが、その才能を少しは分けてもらいたいと凡人の俺は思う。
「それが意見が真っ二つに分かれてまして、まずは良い方からお話しますね。祝福されし者とは世界の始まりからこの世に住まい、豊かな実りをもたらす存在だった。彼らと人が愛し合って子どもが生まれ、その子孫が各国のはじまりだという説が一つ目です」
「なるほど、ディース神の話と似ているところがあるな。祝福されし者は神様のように崇められていたわけか」
「名前のとおり祝福された存在だったのですね、王家と関わりがあるのかは後からの付け足しかもしれません」
ディーレは難しい古語の本をわかりやすくまとめて説明してくれた、これが俺だったら解読するのに何カ月かかるかわからない。ミゼに至っては魔法を覚えているだけ凄いと言える、古語まで理解しろというのは無理だろう。
「逆に悪いほうの説ではこうです、祝福されし者とは世界の力を自分達だけで独り占めしていた。ある時から祝福されし者は人間となって人と交わり異形の子が沢山生まれ世界が滅びそうになった、その悪しき子ども達を退け国を作ったのが現在の王家の始まりとされているという説です」
「それはワンダリングの部族の話とかぶるな、おかしな子は処分されるという話があった。それにしても意見が真っ二つに分かれるのか、面白い」
「歴史を語るのは権力のある方々ですから、どちらも王家に関係するというあたりが信用なりません」
祝福されし者という強い力を持った何かが居たのは確からしい、しかし片方では繁栄をもたらして国家の礎となり、片方では悪しき子どもを産んで国から退治されてしまう。
「その二つ目の異形の子どもというのが……、ヴァンパイアなのだろうか」
「その可能性はあると思います、そしてフェリシアさんが祝福されし者だと思うんです。あの方の魔力は異常に高い、ただの人間にはあんなことはできません」
「砂漠にちょいちょいっとオアシスを作ってしまうような方でした、あれと同じことをしようと思ったら、一体どれだけの魔力が必要になるのでしょうか?」
俺も上級魔法を使うものにもよるが十数回は使えるが、それでも砂漠にオアシスを作るなんてことは難しい。ファリシアはそれをなんの苦労もなく、当たり前のことのようにしてしまった。
「それじゃ、ヴァンパイアはファリシアの友人達。祝福されし者と人間の交配種なのか、もっとも能力にかなりのバラつきがあるようだ。それにヴァンパイアではなく人として産まれたものもいる、そうワンダリングの一族は言っていたな」
「祝福されし者が残っていないということは、交配によって命を落とすようなことがあったのではないでしょうか。ワンダリングの話の中にもおかしな子どもが産まれるのが悲しくて、人間よりも短い生を終えたと言っていました」
「その仮説が正しいとしてレクス様はどういう生き物になるのでしょうか、フェリシアさんは私に近くなってと言っていました。普通のヴァンパイアではないことは確かですが、祝福されし者とは草食系のヴァンパイアに近い者なのでしょうか?」
全部が推測に過ぎない話だ、フェリシアが祝福されし者かもしれない。祝福されし者との交配種がヴァンパイアなのかもしれない、普通の人間に近い子が産まれたかもしれない。草食系ヴァンパイアは祝福されし者に近いかもしれない。
「大体フェリシアの説明が抽象的過ぎてわかりにくいんだ、もっと力は大きくふわわ~と使うと説明されたって分からん」
「その辺りが詳しく分かると。レクスさんが祝福されし者になってしまうのかもしれませんよ」
「ヴァンパイアの王は実はヴァンパイアでは無かったと、ご本人自らも言っていましたもんね。そう呼ぶ子たちがいて困ってしまうと」
今度、フェリシアが現れたらその辺りの事を詳しく聞いてみよう。向こうはこっちのことを把握しているようだが、こっちから連絡をとる手段がない。
「そうだ、その話はこれ以上進まないからおいておいて、サイクロプスの皮がとれたんだ。手袋やブーツにベルトこれらを新しく作りなおさないか?」
「レクスさん……、ご無事だから安心しますけど、あまり無茶はしないでくださいね。でも、装備を丈夫なものに変えるのは賛成です」
「今日のレクス様は寂しそうでしたよ、しきりにディーレさんがいないと辛い、辛いと言ってばかりいました」
ペチンッ
「いやああぁあぁ目が――!!我が封印が解けてしまう目が――!!」
余計なことを言ったのでまたミゼの額を指ではじいてやった、そうかお前の第三の目の封印が解かれる日が近いのか、それは面白そうだからこんなことがあったら今後も遠慮なくこの攻撃を続けよう。
「俺は金属片で強化した手袋にブーツ、それに皮鎧だ。素材としてサイクロプスの皮と幾つか固い金属片を出しておこうか。『望みの姿に変化し創造されよ』」
俺が上級魔法で革製品を新しく作り出す、うん。一通り装着してみるが違和感もないし、良い出来だ。この魔法で作り出した防具はぴったりと俺の体に合う、さすがに上級魔法に分類されているだけはある。
「僕もほとんど同じ物ですね、『望みの姿に変化し創造されよ』」
ディーレも同じ材料から似たような装備を創り出した、装備して手袋やブーツなどの確認をしているが、特にそれらに問題は無いようだ。
「本当に上級魔法は上手く使えば便利だよな、権力者とかに利用されなければ皆がもっと暮らしやすくなるだろうに」
「防具屋の方が仕事がなくなったと嘆くかもしれません、何事もほどほどが良いのではないでしょうか」
「全裸待機の私には何も装備できない、……靴下くらいは履くべきでしょうか」
ミゼがまた変なことを言い出したが、靴下を履くんだったら靴もセットで履くべきだと思う。……猫に靴か、なかなか可愛らしいかもしれない。
「明日からは僕も迷宮に復帰します、怠けていると体が鈍ってしまいます!!」
「無理はしなくていいぞ、ディーレ。ここの迷宮はある意味で怖い」
「あの子ども達の熱のない視線が怖いんですよ、入り口から出口まで……怖いっ」
とりあえずディーレは最初の衝撃から立ち直ったようだ、今後も無理をしないようによく見ておこう。とにかくディーレは優し過ぎる奴だからな、ここの迷宮の子ども達から傷つけられないように気をつけておこう。
「そうそうこの新しく買った『禁じられた魔法』という本も面白そうだぞ、内容は上級魔法が使えないと難しいものばかりだ。本屋の奴もよく売ったもんだよ、悪人で魔力が高いものが使ったらとか考えないんだろうか」
「図書館の本の管理もいい加減なものでしたよ、禁書と書かれた本が普通に閲覧可能な本棚に並んでいるんです。最初に見た時は目を疑いました、置いてある以上は読んでいいと判断して読みましたけど」
「ディーレさんがレクス様の悪い影響を受けてますね、ああ昔の純朴だった頃のディーレさんがこんなことに!!」
そんな話をしながら風呂を各自で済ませて、俺達は眠りについた。また明日からも平民らしくコツコツと働かなくてはならない。
できるだけ休めるときにしっかりと休んでおくしかない、それも冒険者として生きていくうえで大切なことだ。
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