第十話 大丈夫だ、問題ない
「あの失礼ですが、そんな装備で大丈夫ですか?」
「大丈夫です、問題ありません」
「ぶっふぁっ!?…………フラグ、これは例のフラグなのでしょうか」
俺は受付のおねえさんの言葉に首を傾げた、マジク草はこの街の迷宮10階層辺りから生息していると既に図鑑で確認済だ。ミゼの奇妙な反応にはもう慣れた、またよくわからないこと言っている。ちょっとうちの従魔は頭が残念なだけだ。
10階層までに出てくるモンスターも、特に問題になりそうなものはいなかった。出てくるのは弱い方から、スライムやゴブリンの群れ、歩く狼のようなコボルト等。
あとは死んだ冒険者から生まれたゴーストやゾンビ、スケルトンなどがいるらしい。そいつらは火か光属性に弱いらしい、だから当然ごとく対策は万全だ。
つまり!その系統の魔法は既にここ一週間ほどで既に習得済だ!!魔法を覚えるに至ってはいろいろありそうなものだが、俺も一応は草食系とはいえヴァンパイアなので特に苦労することはなかった。
ヴァンパイアだって魔物だ、つまり本能的に魔法が使えるんだ。今までは俺が、魔法というものを知らないから使えなかっただけだった。『中級魔法書』と『上級魔法書』を貰うのが今から楽しみだ。
つまり、俺の装備は大丈夫だ、問題ない。
「おい、あいつあの軽装で迷宮にいくらしいぞ」
「しかも一人でだろう、どこか頭がおかしいのか」
「勿体ない、良い男なのに。うふふっ、パーティに誘ってみようかしらぁ」
「新人は痛い目にあって学ぶが、……ありゃ死ぬな」
「いーい、皆。あんな無謀な冒険者になっちゃダメだからね、ダメなお手本よ」
なんだか、ごちゃごちゃと周囲がうるさかったが、俺はいつものように雑音の類は聞き流していた。受付のおねえさんは引きつった笑顔で、俺の知らなかったことを教えてくれた。
「常時依頼は受ける際にギルドに報告する必要はありません、迷宮からマジク草を持ち帰られたら、あちらの買い取りカウンターへ持ってきてください」
「ああ、そうだったんですか。お手数をおかけしました、それでは行ってきます」
なるほど、常時依頼はいちいち受けると言わなくていいんだな。それでギルドの中が騒がしかったわけだ。少し恥ずかしいがまだ俺は若い、このくらいの失敗してもおかしくないだろう。
そして、俺は何らかの視線を沢山感じたが、下手に絡まれるのは嫌なので声をかけようとしていた者達をさっさと置いてギルドを出ていった。
「よっし、それではいくぞミゼ!!」
「はい、よく考えれば私もレクス様の装備の一つのようなもの、フラグを回収することは無いでしょう!!」
こうして、俺とミゼの二人は初めての迷宮へと足を踏み入れた。そして、足りない装備があったことに、入った後になってから気がついた。
「そういえば、この迷宮は地下に向かっていくのだから、松明か何かが必要だったわけか。俺は夜目が利くから普通に見えるが、他の冒険者に会った時は『永灯』の魔法を使おう」
「そういえば人間は闇の中では、ほとんど目が見えないのでした。私もレクス様も夜に慣れておりますので、うっかりと失念しておりました」
「うんうん、生き物は失敗から学んでいくものだ。次に来る時には腰に下げるタイプの角灯でも下げてこよう」
「はい、燃料が勿体ないですから、その角灯の中に『永灯』の魔法をかけましょう」
俺とミゼは初めての迷宮だが、特に苦になることもなく静かに歩いていった。迷宮の中は薄暗いがこのぐらいならば、俺達には昼間に街を歩くのとさほど変わりは無い。
「よっと、はーい。あの世で幸せにな、さっさと成仏してくれよ!!」
「ご愁傷さまでございます、『浄化』」
ガラッガッシャッンと音をたててスケルトンが崩れ落ちる。俺達は軽口をたたきつつ、一体のスケルトンを破壊した。ははははっ、脆い、脆いぞ。
あのヴァンパイア屋敷で、窓を開ける突貫工事に比べたら、スケルトンなんて脆すぎるだろう。念の為に『浄化』の魔法も使って、ゴーストになって蘇らないようにしておく。
「一番、レクス君。さぁ、いっきまーす!!右!左!また右!そして逃げるな前!」
「た~ま~や~、か~ぎ~や~。ふっ、汚い花火でございます」
ドガァ!!バギィ!!ガキャ!!ドガンッ!!と俺はどこからともなくわらわらと湧いてきたゴブリンを襲い掛かってきた順に、メイスで遠慮なく文字通り粉砕していった。
ミゼがそれを見て汚い花火だと言っていたがそうかこういう場面で使う言葉なんだな、実際に花火になるわけではないのか。……俺って田舎者だから本物の花火も見た事ないけどさ。
「うーん、俺の友であるメイスが思ったよりも汚れるなぁ。なぁ、ミゼ。迷宮をでたら、従魔としてきちんと手入れをしてくれ」
「水の魔法で洗うことはできますが、私のぷにぷにの肉球では細かな溝が問題です。とても綺麗に布で拭き取ることはできないと思われます」
ゴブリン共は粉々になり、その死体にまじって魔石。魔物の心臓とでもいう、魔力の結晶が残る。ただ、ちょっぴり俺が力加減を間違えると魔石もゴブリンごと砕けて消えてしまった。……うーん、手加減というのは難しい。
「おっ、コボルトの群れが現れた。なぁ、あれって一見して二足歩行する狼だよな。狼としての俊敏性を著しく失ってないか、生物として行ってはダメな方向に進化してないか?」
「多少の速さを犠牲に、彼らは両手を使えるようにして武器という、道具を持つことを選んだのでしょう。そう、そうです。レクス様、名案です。彼らの武器を奪って、使い捨てにしましょう」
「おお、なるほどあの棍棒らしきものを奪って使うのか。ミゼにしては良いことを言う、さっそく実行してみよう」
「……私の扱いが相変わらず酷い、ああ、女神の手を持つシアさんに会いたい」
ドカッ、ドガッ、バキッィ、と俺のメイスがまた敵を粉砕していく。相手がゴブリンだろうが、コボルトだろうがやることにはほとんど変わりがない。
ミゼ曰く汚い花火が、迷宮の壁に飛び散るだけのことである。それは俺の武器が棍棒に変わっても、ほとんど変わりがなかった。ただ、この棍棒は根性の無い奴で、二、三回使ったら砕けてしまったので、俺はまたメイスを相棒に復帰させた。
相変わらず一撃必殺、出会う敵、出会う敵は全て粉砕だ。魔石が無事なら拾って、血まみれなので『魔法の鞄』には入れたくなくて、あらかじめ買っておいた革袋の中に入れていった。
「ははははっ、面白いように敵が散るが、剥ぎ取りをする部分が残らん。手加減って難しい、ちょっとは真面目に棒術か何か覚えようか。面倒くさいな、何か楽に敵を最小限の傷で倒す武器は無いだろうか」
「そうですねぇ、こちらにはありませんが銃があれば倒すのは楽になるでしょう。その代わりに剥ぎ取りや解体の手間が出てきます」
ブッシャアァァァァ!!と水っぽい音があがってスライムがただの液体と化した。俺は物理的攻撃に強いと言われているスライムさえも、今日新たに手に入れた棍棒で力任せに粉砕しながら、ミゼの言葉の一つに興味を持った。
「じゅう?ミゼ、銃とは一体何だ?」
「ええと、まずは火薬。いえ、火薬もないのでした、この世界。うーん、そうだ。火の勢いを強くする時に、筒状の物で息を吹きかけることがあるでしょう」
そうだ、村にいた鍛冶をする人なんかが、確かに火の勢いを強める為にそんなことをしていた気がする。
俺はそこで人の気配を感じたので、両足に力をこめてもうこの際だから他の冒険者は無視して進むことにした。
勢いをつけて壁を走ってそのまま冒険者たちの上にある天井を静かに、しかし俺の全力での疾走で駆け抜けた。多分、冒険者達には風が吹いたか、あるいは何かが通り過ぎたことしか分からなかったはずだ。その間、ミゼも大人しく気配を消し、自分が入れられている包みにしがみついていた。
やはり草食系とはいえヴァンパイアは速い。特にこんなに薄暗い迷宮なら、こうやって気配を消せば普通の人間には見つからずに移動するくらい簡単だった。
暗闇で目が光る問題も解決している、俺は『隠蔽』という魔法を覚えて自分の瞳に使っている。この方が目が疲れることもなく楽なのだ、ただし微量の魔力が使っている間減り続ける。まぁ、半日くらいならば使い続けても大丈夫だ。
「なんだ『永灯』を使うまでもなかったな、今回はこうやって他人は無視して進むか。よほど狭い道の時だけ、『永灯』を使おう。それで、ミゼ。話の続きは?」
「はい、あのような筒を金属で作りまして、そこに弾となる石の塊のようなものを詰めます。それを片方の口から思いっきり強い力で押し出すのです、……しかし、その方法がこのミゼには思いつきません」
なるほど、あれだな要するに物語なんかで出てくる、狩りに使う吹き矢と同じような構造だ。ただ、そのじゅう?というものでは代わりに石の塊を飛ばすのだろう。
それなら、もっと柔らかいものを飛ばしてみたらどうだろうか、例えば風の弾だ。魔法にも似たような効果のあるものがある、魔石をそのじゅう?とやらに組み込めば同じような効果があるかもしれない。
何故だろうか、わくわくする。まだ見た事もないような物を作れるからだろうか、なんともいえない高揚感がある。
「なぁ、ミゼ。風の魔法に風の刃をぶつけるものがあるだろう、そのじゅう?とやらを作って、似たような効果が出せないだろうか?」
「なんとレクス様、それは空気銃の発想でございます!!風を圧縮して閉じ込めておき、その圧縮された空気を解放することで弾を飛ばす力を得ることができます」
ドッゴオォォォ!!と快音が何度か響き渡る。今度の敵はちょっと大きかったな、二足歩行の豚に角がついたような。ああ、あれがたしかオークとかいうモンスターだったっけ。俺達は出会うモンスターは片っ端からメイスによって粉砕し、アンデッドは『浄化』をかけてまわった。
迷宮に入って約半日か、とっくに10階層は通り過ぎて16階層まで来ていた。依頼に必要なマジク草もすぐに見つかった、微量の魔力を帯びているので探しやすかった。これ10本で銀貨5枚、まぁ五日から十日くらい街で過ごせるという金額だ。
乱獲しないように、採り尽すことはしなかった。もっとも、意外なことに天井にもマジク草は生えていて、人間は見つけられないのだろう。50本と少し楽々と採取することができた。
「そのじゅう?とかいう物を作ることを考えてみよう、魔法を使うよりも効果があるのかないのか、風の属性を帯びた魔石を組み込めば、どうにかなりそうな気がする」
「面白そうでございますねぇ、くくくくっ。魔改造してやる、例えば両手銃なんて男のロマン武器!!くっくくくっ、ふははははっ、もえてきたぁ――!!」
なんだかミゼがまた妙な調子になっていた、こいつは定期的に発狂するのだろうか。でも、そのじゅう?というのは何だかとても面白そうだ。それに完成すれば、俺の狩りがとても楽になると思う。
迷宮の帰りはもう面倒だったので、自分に『浮遊』をかけて体をさらに軽くし、『隠蔽』を使うことで姿を隠し人から見つからずに、なるべく音も出さずに迷宮を走り抜けた。時々はまた天井を走って、他の冒険者には一切関わらなかった。
「はい、採ってきましたマジク草、53本あるはずです、買い取りお願いします」
さすがに迷宮の出口付近は普通に歩いて戻り、外にでてみれば昼を少し過ぎたぐらいだった。せっかく空いた時間ができたんだ、依頼達成の買い取りが終わったら、また図書室で冒険ものでも読もう。
俺が採ってきたマジク草の束をみて、冒険者ギルドの買い取りカウンターにいた女性は、やけに集中して薬草を確認していた。そして、その女性は俺に向かって慈悲深く諭すように話しかけてくる。
「ねぇ、正直に言えば罪は軽いわ。このマジク草、一体どこで盗ってきたの?」
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