09 ドクターが生まれた
冬はゆっくりと流れていく。
「……今年は雪が多いな……」
雪が降れば家に閉じ籠ることも多くなる。
煙突から出る煙と雪に埋もれる村。なんとも情緒的である。
「レオガルド様」
家からギギが出てきた。
「どうした? 寒いんだから中に入っていろ」
日に何度も外に出てきてオレのところにやってくるのだ。
「レオガルド様も家の中に入れたらいいのに」
「オレは寒くないから外でも平気だよ」
何度もやったやりとり。もう気にすることもないだろうに、雪が降るとそんなことを言ってくるのだ。
……でも、そんな優しいギギに嬉しくなるんだよな……。
「なら、いつかオレが入るくらいの家を造ってくれ」
「はい。立派な家を造りますね」
そんなたわいもない会話がオレの心を満たしてくれる。
だが、生きると言うことは過酷だ。病気一つかかることなく過ごすことはできない。ゼルム族の一人が病気にかかった。おそらく、症状から風邪だろう。
ギギと会ってから清潔にすること。栄養を取ること。怪我をしないことを教えてきた。
もちろん、それでも病気になることはあるが、できることはやってきた。だが、ゼルム族に徹底することはできておらず、怪我をして熱を出したり腹を下したりしている。
「水に塩を少しとちょっと甘くなるくらいの蜂蜜を入れて飲ませろ。お湯を沸かして室内を乾燥させるな。汗はこまめに拭いてやれ」
それぐらいしか助言してやれない。あとは、病気にかかった者の抵抗力次第だ。
三日くらいして熱が引いたようで、五日後には回復したようだ。
「レオガルド様、ありがとうございます」
病気にかかった者がやってきて礼を言った。
「オレは大したことはしてない。病気に負けないよう助言しただけだ。治ったのはお前の体力があったからだ」
おばあちゃんの知恵袋にも劣るもの。人間にやることをケンタウロスにやったまで。礼など言われることじゃない。
「それでもレオガルド様の助言で助かったのは事実。ありがとうございます」
律儀なやっちゃ。
「体は常に健康にしていろ。少しでも体調が悪くなったら休め。病気は早いうちに対処すれば大体は治る」
治療法がわかってたら、だけどな。
「医者がいないのも不便だな」
開拓団には薬師みたいなものがいたらしいが、この地の植生で薬が作れるかわからない。それまでは健康に心がけるしかないだろうな。
「イシャとはなんですか?」
「病気や怪我を治すヤツのことだよ」
「それは、どうすればなれるのですか?」
「今日明日でなれるものじゃない。体の構造、病気の症状、薬となる植物はなんなのか、オレにも知らないことを学び、知ることをしないとなれないものだ」
一生のうちに腹痛に効く植物を見つければ万々歳だろうよ。
「……おれ、イシャになって病気を治したいです……」
なにやら一人の男が医術に目覚めたようだ。
「なら、仲間たちを見て、体調を聞いて回れ。体がダルいか熱いか寒いか腹が痛いかいろいろだ。怪我をした者には傷口を洗ってやり蝋で固めてやったりと、経験を積め。得られた知識と技術を次の者に託せ。そうすれば孫の代にはそれなりのことができる医者になるだろう」
オレが言ってやれるのはそのくらい。医術は一日にして成らず。小さいことを積み重ねて知識としろ、だ。
「ギギ。そいつが行動しやすいよう皆に言ってやれ。オレもそいつの行動を認めるから」
村長としてのギギとオレの言葉があれば逆らうヤツはいないだろうからな。
「お前、名前は?」
すまんな。主要なヤツしか名前を知らんのだよ。
「シナドです」
シナドか。見た目年齢は三十くらいかな? 今から医者を目指すのは大変だろうが、家族持ちなのでなんとかやっていけるだろう。ダメならダメでしかたがないと諦めるまでだ。
生き残れる種は限られている。オレなんか子孫など残せないし、残したいとも思えない。ギギとともに生きられたらそれで満足だ。
「シナドか。なら、今からシナド・ドクターと名乗れ。お前の意志と技術と知識を受け継ぐ者に与えるといい」
「はい! ありがとうございます!」
前脚を折って頭を下げた。ほんと、大袈裟だよ。
「知識を残すなら文字を覚えろよ」
違う大陸では紙は発明されており、こちらにも技術は持ち込まれているらしい。いずれ交流が生まれれば紙も流れてくるだろう。それまでは木版的なものに写していろ。
文字は人間のものになるだろうが、あるものを使ったほうが覚えも早いだろうし、人間と交流を持つ手助けにもなる。頑張って覚えてくれだ。
それぞれの思いとは関係なく時は流れ、徐々に暖かくなってきた。
「今年も一人も死なないで冬が越せました」
「ギギたちが頑張ったからな」
オレがやっていることは蚊取り線香みたいなことと適当な助言。なんの労力にもなってないよ。
雪が完全に消えたら作物の植えつけと開墾が始まる。
オレも冬の運動不足を解消するために開墾を手伝ったり、散歩したり狩りをしたりと楽しい毎日を送っていると、新緑が眩しい頃、開拓の町から四人の男たちがやってきた。
「待て! こちらはなにもしない!」
持っていた槍を地面に放ち、手を挙げて無抵抗の意志を示す男たち。
「おれたちはコルモアの町からきた」
コルモア? そんな町があったのか?
「レオガルド様。わたしたちがいたところです」
あ、あの町、コルモアって言ったんだ。知らんかったわ。
「わたしは、ギギ。レオノール村の代表です」
「もしかして、コルモアにいた者か?」
ギギの顔は知らないが、オレは覚えているようで、ギギがコルモアの町にいた者と判断したのだろう。
「そうです」
隠すことではないので素直に認めた。
「ですが、そちらから出たので従う気はありません。わたしたちはここで独自に生きてます。ゼルム族を無下に扱うなら許しません」
罰はオレが与えるがな。
「もちろんだ! こちらは調査にきたまで。もしよければ食料を分けて欲しい」
未知の大陸にきたと言うには礼儀を知ったヤツらだ。どこぞの人間は皆殺しにするのにな。
「ギギ。代価に槍をもらえ。槍一本で干し肉とゴノパンを五日分だ」
槍と言うより金属が欲しい。あれがあれば磁石が作れる。
交渉はギギと長老に任せ、オレは睨みを利かせていた。
「お前たち。ここの場所を誰に教えようが構わんが、レオノール村と仲良くしたいなら愚かなことをするなよ」
まだこちらは百五十人もいない小集団。戦いに出せる余裕はないんだからよ。
「わかった。こちらも争いはしたくない。またきてもよいだろうか? 商売がしたい」
「同等な商売なら歓迎しよう」
搾取するだけの商売なら御免被るぜ。
「わかった。またくる」
そう言って男たちは去っていった。
はぁ~。交流はもっと先だと思ってたのに、ままならないもんだぜ……。