35 霊装術
「ヤトアは何歳なんだ?」
海に向かう道すがらヤトアになんとなく年齢を尋ねてみた。
「たぶん、二十歳だと思う。十六でこの島に流れ着いて四年は過ぎたと思うからな」
「四年前? オアール人の船に乗っていたのか?」
「奴隷としてな」
なんでもマイアナは宗教国家であるせいか、異教徒は獣以下。奴隷狩りをしていたそうだ。
「おれは、剣の修行のために国を出て、マイアナによったら捕まって剣闘奴隷にされていた。修行にちょうどいいと従っていたが、まさかパラゲア大陸に連れていかれるとは思わなかったよ」
強くなるためなら奴隷になるのも厭わないか。筋金入りの剣バカだな。
「どんな剣を使っているんだ?」
「これだ」
と、鞘から抜いた。
日本刀と言うより片刃の剣だな。波紋もないし。
「刃こぼれが激しいな」
もう斬れ味とかなくなってるんじゃないか?
「ああ。この島じゃ手入れもままならないからな。だが、斬ることはできるぞ」
ヤトアの手が揺らぎ、白い靄が剣へと流れた。
「うちに代々伝わる霊装術だ」
また霊術か。オレが想像するより霊術が浸透しているようだ。
刀身に霊術が纏うと、ヤトアが近くの木に振り落とした。
人の胴くらいある木が真っ二つ。なかなかエゲつない威力である……。
「斬るに力を入れるなら刀身がまっすぐと言うのは理に叶ってないと思うのだが?」
「どう言うことだ?」
首を傾げるヤトア。もしかして、霊装術を極めようとして剣は疎かやなしたオチか?
「斬ることを求めたら刀身は反るように作るものだ。オレが知る昔話では剣と腕だけで鉄を斬ったそうだぞ」
霊装術を否定する気はないが、それが剣術になるとは思えない。ヤトアがやっているのは戦闘術だ。
「まあ、人それぞれの剣術だしな、ヤトアの求める剣術を求めたらいいさ」
本人がこれが剣術だと主張しているなら外野がとやかく言う資格はない。ヤトアが思う剣術を求めたらいいさ。
海へと出たので岩の上を駆け出し、海の中へとダイブ。でっかいウツボみたいなものがいた。
オレに噛みついてきたが、オレの体には傷すらつけられず、逆にオレに噛られて絶命した。
海から上がると、ヤトアが浅瀬で魚を捕まえていた。そうやって生き延びたのか。剣闘奴隷をやってただけあってメンタル強そうだ。
「……強そうだとは思っていたが、まさか主を捕まえてくるとはな……」
主? このでっかいウツボがか?
「そんな大した強さでもなかったがな」
これなら火を吐くゴリラのほうがまだ強かったぞ。
「……こいつがいたせいで深いところに潜れなかったんだがな……」
それでも生き延びられた人間が一番怖い生き物だよ。
十数メートルあるウツボを食べやすいように爪で切り分け、身がありそうなところにかぶりついた。
小骨が多く独特な味だが、そう悪くはない。珍味って感じだな。
半分ほどで腹一杯になり、残りをヤトアにお裾分けした。焼くと食べれるだろう。
「霊術は火もつけられるんだな」
集めてきた枯れ枝に指をかざしたと思ったら火の玉が作り出され、枯れ枝に火がつけられた。
「おれにはこれが精一杯だがな」
つまり、それ以上のことができると言うことか。剣と霊術の世界ってか? いや、科学もあるから面倒臭いことになってんな!
満腹になってウトウトしてたら陽が暮れてきた。面倒だから今日はここで夜を過ごすかね。
「レオガルド。夜の海岸は危険だぞ」
「ん? なにか出るのか?」
オレの獣センサーにはなんも引っかからんけど。
「リバットの化け物が出る」
リバット? なんじゃそりゃ?
「軟体の体で何十もの触手を持つ生き物だ。ここに流された当初は何人も食われたよ」
へ~。そんなものがいるんだ。旨いんかな?
「なら、ヤトアは奥にいっていろ」
「軟体だが、鋭い棘を持っている。人など簡単に突き刺した」
う~ん。人間は柔らかいからな~。人間を突き刺したくらいではリバットやらのヤバさは判断できんよ。
「ヤトアでも勝てないのか?」
「一匹ならなんとか倒したが、数匹現れたら逃げるしかない」
数匹? 群れでいるのか?
どんなもんかと海岸線で待っていると、波間から月明かりに照らされた黒光りするものが上がってきた。
「……タコか……?」
車くらいのサイズがあり、ヤトアが言った通り、触手がいくつも伸びていた。
とりあえず、雷を一発。あっさり昇天してしまった。弱っ!?
倒れたリバットに近寄り、爪で引っかいてみると、スーっと切れた。
「……紙装甲だな……」
つーか、こいつは地上に上がったらダメな生き物じゃないか?
まあいいと、リバットを噛み、陸地へと持っていく。
「……とんでもないな、お前……」
そのとんでもない獣と平然としゃべってられるお前もとんでもないがな。
まだ腹は膨れているが、味見はしておくか。またここにきたときの食料になるかもしれんからな。
爪で触手を切っていき、一本食ってみる。
感触的にゴムを食ってるみたいだが、噛み応えがあっていいな。味もそこまで悪くないし。
「ヤトアも食っていいぞ」
「……いや、遠慮しておくよ……」
見た目的にダメっぽいようだ。東洋系の顔をしてるなら食べることに貪欲になれよ。
クチャクチャと触手を噛んでいると、ヤトアが剣を抜いてリバットに振り下ろした。
歯こぼれしているから斬れ味はよくないが、剣で斬れる強度しかないようだ。
「霊装術で剣を覆えるならその纏ったものを飛ばせば遠距離斬擊ができるんじゃないか?」
ふと思ったことを口にしたら天啓を受けたような顔をしてオレを見た。
「霊装術がいつからあるか知らんが、誰も考えつかなかったのか?」
そうだったらショボすぎんだろう。発想力皆無かよ。
「……霊装術は、鋭く硬くが極意だったから……」
まあ、極めは人それぞれだからな。それを目標にしても不思議じゃないか。
「剣に纏えるなら体にも纏えると言うことだろう? 纏えるなら防御にも強化にも移せる。剣術の前に霊装術を極めたほうがいいんじゃないか?」
見てる限り、剣術と言うより霊装術ありきだ。なら、先に霊装術を極めたほうがいいと思うけどな。
なにか考えに入ったヤトアを眺めながら触手をクチャクチャさせた。




