151 誇り
ルゼと付き添いの連中は長いこと出歩いてなかったからか、進みは遅かった。
まあ、無理もない。違う民を治めるのが大変なもの。オレの後ろ楯があろうと気を使うことは多々あるだろうからな。
「少し休むか」
「す、すみません……」
息も途絶え途絶えに返事をするルゼ。他も似たようなものだ。
「気にするな。これは気分転換みたいなもの。ゆっくりいけばいい」
ルゼたちの食料はオレが運んでいる。第二次防衛線に築いた砦(と言うほどでもないがな)にいけば食料は貯めている。往復三十日かかっても問題はないさ。
問題はオレのエサ探しにしばらく離れることだな。まあ、オレの毛で編んだ服を着ているので獣は近づいてこないだろうが、蟲や爬虫類系は近づいてくる。その間がちょっと心配である。
「今日は次の避難場所で休むとしよう」
ミクニール氏族が逃げてきてから避難所をいくつか作ったそうだ。
「そう言えば、ミクニール氏族はまだ逃げてきてるのか?」
その辺の話、聞いてなかったわ。
「はい。小集団で逃げてきています。話ではバリュードが増えているそうです」
「増えるだけの食い物があるのか?」
あいつらも結構な量を食う。毎日熊を千匹くらい食わないと群れなんて維持できんだろう。
「なんでもゴルオと呼ばれる巨大な草食系モンスターを囲って飼っているようなんです」
「飼う? モンスターが?」
いや、オレも獣でモンスターな立場で国とか創っちゃってるけど、そんなことが可能なのか? 可能だったらバリュードのボスは人間並みに知能があるってことだぞ。
「はい。草原なところに追いやって逃げないよう見張っているようです」
「賢い上に統率も取れてるな。下にも人並みに賢いのがいそうだ」
一匹だけ賢くても群れを統率するのは難しいものだ。配下に賢いのが何匹かいて、従わせるだけの力を持ってなければな。
「厄介なのか隣にいるな」
あちらからしたらオレがいて厄介と思っているだろうけど。
避難所へ到達したら周囲を探り、害となる蟲や爬虫類系がいなかったらエサを探しに出かけた。
草食系のモンスターはいなかったが、猪の群れを発見。すべて平らげてから戻った。
「また猪が多くなったな」
「はい。バリュードから逃れてきたんじゃないかって話です」
そう言えばバリュードが出た頃も猪が多く現れたっけ。
「ミナレアでも猪を飼えばいいんだがな」
ゼルム族は基本、草食食。脂身のない魚やササミ的なものは食うが、血の多い肉は食わない。猪を飼うくらいなら畑を広げたほうが効率的なのだ。
「レオガルド様は猪は好みじゃないんですか?」
「好きかと言えば、そこまででもないな。ただ、エサを厳選した猪は食ってみたいな」
「エサを厳選、ですか?」
「ああ。猪は雑食で味は荒い。だが、特定の豆や芋だけを食わせ、たまに酒も飲ましてゆったり成長した猪は美味いんだ」
もう前世の記憶──味の記憶はなくやりかけてるが、たまに美味かった味は思い出す。鹿児島産の黒豚、あれは美味かったぜ。
なんて生肉で食ったわけじゃないんで、獣の舌にヒットするかわからんけどよ。
「そうですか。贅沢な食べ方ですね」
「そんなことができるのは遥か先だろうな」
今はまだ食料事情は厳しい。貯蔵もまだ弱い。ゴノを粉にしたものを来年に持ち越せるくらいが限度だ。豆だの芋だのを生産するのは数年後だろうよ。
せっかくだからミナレアの作物事情を聞いた。
ゴノの群生地があるので他の町に回せるが、畑はミナレアにいる者の胃を満たすほどではない。自然に生ってるものを集めているほうが多いそうだ。
「豆は増やしたいところですね。人間が持ち込んだ豆はゼルム族に好まれてますから」
「どんな食べ方をするんだ?」
「基本的には塩で煮て食べます。あとは潰して団子にしたり他の野菜と混ぜたりしますね」
あまりレパートリーはないんだ。まあ、今は食べるのがやっとだから仕方がないか。
避難所に着いたときにいろんなことを聞き、十数日で騎士の最前線基地に到着した。
オレらがくることは伝令からの報告で伝わっているようで、騎士団長のミゼルが迎えてくれた。
「久しぶりだな」
「はい。ようこそお出でくださいました」
オレが忙しいことは伝わっているようで、文句を言われることはなかった。いや、言えるヤツはいないか。
「すまんな。いろいろ任せっぱなしで」
「いいえ。本来なら我々がやらなければならないこと。レオガルド様を煩わせるわたしたちが不甲斐ないだけです」
なにやら見ない間に礼儀正しくなってるな。なにがあった?
「そうか。立派な顔つきになったな」
ミゼルの肩を叩いて労ってやる。理由を訊くのは野暮だからな。
「すまないが、ルゼ公爵たちを休ませてやってくれ」
「はい。急拵えですが、小屋を作っておきましたので、そこでお休みください」
なんとも手際がいいこと。そこまで考えられるようになったか。
「お前ら、本当に立派になったな。レオノール国の守護聖獣として誇りに思うよ」
褒めるべきところでまっすぐ褒める。ゼルム族にはこれが最大の報酬となるからだ。
誇りを刺激され、騎士たちは胸高らかにオレに敬礼を送った。




