116 王ノ巳人
意外とコミーを運ぶのに手間がかかった。
「コミー、大量発生しすぎだろう」
千匹以上はいるだろうとは思ってたが、次から次と現れるコミーの群れと遭遇していたら二千、いや、三千匹はいるんじゃないかと思えてきたよ。
「……たくさんですね……」
軽く山となったコミーを見てギギが呆れている。
「手の空いている者に解体させてくれ。農業村に分けてやろう」
ベイガー族も肉を食う。たまには猪以外の肉を食わせてやろう。
「わかりました。皮はコルモアに回しますね」
「コルモアに? またなんでだ?」
肉ならわかるが、皮はなんてなにするんだ?
「服を作るんです。人が増えてミバールは下着類に回すのが精一杯なので」
あ、服か。人間だった記憶より獣の本能が強いのか、食い物ばかり考えてて服などに気が回らなくなってたよ。
「皮を鞣したり、服にしたりする職人はいるのか?」
「マイノカにはあまりいませんが、コルモアには結構いるみたいですよ」
まあ、着の身着のままなゼルム族とは違い、人間は肌を隠す生き物だからな。服がないと困るだろうよ。
「じゃあ、コミーは人間に渡すか」
冬の間、ずっとコミーってのも飽きる。何日か置きに食うとしよう。
「それよりレオガルド様。ヤトア様が待ってますよ」
「そうだったな。コミー狩りで忘れてたよ」
冷静に狩りをしてても獣の本能が剥き出しになる。そうなると他のことが考えられなくなるのだ。
狩りでついた血を落とすべく湖に向かい、オレ用の洗い場で血を流した。
「ふー。寒さ冷たさにも強い体で助かるぜ」
湖が凍るほどなのなに、気分的には夏の日に川に入った感じである。
軽い放電を放って濡れた毛を乾かしてからヤトアの家へと向かった。
「ヤトア。きたぞ」
木戸を軽く叩く。ガラスはあるが、まだ窓ガラスにする工房もなければ職人はいない。冬は木戸を閉じて寒さを防いでいるのだ。
「遅いぞ、師匠」
木戸を開け、ヤトアが出てきた。
「すまんすまん。で、子は?」
と言うかオレ、家に入れないじゃん。赤ん坊を外に連れ出さないと見れないじゃん。
「今、ぐっすり眠っている。用意したら師匠の家に連れていく」
「いや、それなら暖かい日にしたらいいんじゃないか? 産まれたばかりの赤ん坊を外に出したら風邪引くぞ」
風邪であっさり死ぬ時代だ。無茶はさせるなって。
「師匠の毛で編んだおくるみで包んでいるから大丈夫だ」
オレの抜け毛、大活躍だな……。
「そうか。なら、火を焚かしておくよ。ギギ、頼む」
オレに火は不要だが、巫女たちのための暖炉を四つ作ってある。四つを稼働させたらそう寒くはないだろう。
「はい、すぐに」
オレも家に戻り、巫女たちの邪魔にならないよう寝床で静かに待つとする。
暖炉に火が回った頃、ヤトアと嫁が子を連れてきた。
……人間の赤ん坊を見るの、久しぶりだな……。
「赤ん坊は赤ん坊でもすっかり首が座ってるな」
「産まれたのは夏の終わり頃だからな」
そう言えばそうだったな。すっかり忘れてたよ。
「おれたちの子を祝福してやってくれ」
謎触手を伸ばし、順番に赤ん坊の頭を撫でてやる。
「守護聖獣たるレオガルドが祝福する。新たな命よ健やかなれ」
風を操り、雷を放つ力しかないんできらびやかなエフェクトは出せないが、言葉は紡げる獣である。祝福の言葉を贈ってやろう。
「産まれた順番に名を与えよう」
そのほうがあとで揉めなくていいだろう。
「ルア」
ヤトアが嫁を支えながらオレの前に立った。
「性別は?」
「女だ」
「では、この子の名前はサクヤ。オウノミトサクヤだ」
謎触手で赤ん坊──サクヤのおでこを撫でる。特に意味はなし?
「ありがとうございます、レオガルド様」
よかった。サクヤに不平がなくて。
「ミリダ」
次の嫁が前に立つ。
「性別は?」
「男だ」
「では、名前はサオウ。オウノミトサオウだ」
同じくおでこを撫でた。
「ありがとうございます、レオガルド様」
泣きそうなくらい嬉しそうでなによりだ。
「ナジュア」
三番目の嫁がオレの前に立つ。
「性別は男だ」
「では、名前はオウカ。オウノミトオウカだ」
おでこを撫でる。
「ありがとうございます、レオガルド様」
満足そうでなによりだ。
「サイ」
まだ少女と呼べる嫁がオレの前に立つ。
「性別は女だ」
「では、名前はユリカ。オウノミトユリカだ」
おでこ撫でる。特に意味はなかったが、男と女で左右分けすればよかったな。利き触手は右だから右でやっちゃったよ。
「あ、ありがとうございます!」
緊張しすぎだ。赤ん坊を落とすなよ。
「ヤトア。前に立て」
最後にヤトアを前に立たせる。
「オウノミトヤトア。お前に爵位はやれんが、王ノ巳人と言う聖なる字を与える。これから王ノ巳人の一族と名乗るがいい」
謎触手で地面に書いてやる。
「……聖なる字……」
地面に書いた王ノ巳人を食い入るように見詰めるヤトア。変な字に見えているのだろうか?
ヤトアに構わず立ち上がる。
「王ノ巳人の一族に祝福あれ!」
高らかにヤトアたちの未来がよきものになるよう願った。
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