06.戦終わって・・・
「てか先輩、闘うのが俺だったら、予め教えて下さいよ。だいたい何であの熊野郎は先輩を一切狙わなかったんスか?」
「すまんすまん。話の流れで大体分かっておると思って。奴が私を狙わなかったのは、しめ縄の原理と同じじゃ。縄は結界。その内側におる私は、奴にとってはいないものと同然なのじゃ」
戦終わって、帰り途。すっかり暗くなった郊外の小道を、自転車を引いた二人が歩いている。
「そういえば、あいつ、先輩の事を〝悪霊〟だとか、〝悪神〟だとかほざきやがって」
翔鬼は、常長が森の中で話した内容を、美咲に伝えた。
翔鬼にとってその話しは、美咲の姿からかけ離れたもので、荒唐無稽に思っていたからだ。
話が終わり美咲の方を向いた翔鬼は、思わず立ち止まってしまった。
美咲が、今まで見たことのないような、厳しい顔でこちらを見つめていた。
自転車をスタンドで固定した彼女は、戸惑う翔鬼へ歩を進める。
「その話しじゃが…」
美咲の眼が、赤く光った。月に照らされた赤い髪が風になびく。
「すべて本当じゃ」
美咲の細い指が、翔鬼の首にするりと巻きついた。
「くっ…」
翔鬼の顔が崩れる。
「く…くくく…あはははは!」
彼は、笑っていた。
今度は美咲が困った顔になる。
「ど、どうしたんじゃ翔鬼殿?今はどうひっくり返ってもそんなシーンではないぞ。空気を読むのじゃ」
「いや、先輩が悪神だなんて、考えただけでも笑えます。それって善悪がひっくり返った世界の話なんじゃないッスか?先輩は、いつもみんなに気を遣ってて、すげえ優しくて、嫌な客にも文句ひとつ言わなくて、おまけにスマイルクイーンで」
「いや、それは…」
「俺はそんな先輩だからこそ、ここまで付いてきてんスよ。俺はそんな先輩の事が」
そこまで言った時。
ポフッ。
翔鬼の肩に、熱を帯びた頭の感触。美咲が頭突きをするような姿勢のまま、彼に体を預けている。
「…先、輩?」
「私はな、本当に悪神なのじゃぞ。呪われておるのじゃぞ」
「はいはい」
「だから…、これからも…、無理だと思ったらすぐ、体育館から出て逃げろ。無理に私に付き合わなくとも…よいのじゃぞ」
「分かりましたよ。だけど先輩」
一つ大きく呼吸をし、翔鬼はニヤリ言い放つ。
「そんな忠告はきっと無意味ッス。何故なら俺は残念なことに当代一の天才縄師らしくて、そんな俺に縛れないものなんて、一つも無いッスよ」
「ふふ。それは実に頼もしいな。ではここは、素直に礼を申すとしよう」
ようやく身体を離した美咲は、いつもの笑顔を湛えていた。
「今日は本当に―――ありがとう」
その笑顔は、その時上空に輝いていた満月よりずっとずっと美しく、眩しいほどに咲き誇って見えたのだった。