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5.新生活

「ルネ先生、ありがとうございました!」

「はい。お大事に」


スッキリした様な表情で礼を言い、部屋から出ていく子供を見送る。

あれから――あの葬儀からは既に1カ月が経過していた。クレアは結局、兄の魔法によって予定通り葬儀前に別の場所に送られた。目覚めた後は元々計画していた通りに今までの生活に関係する全てを捨て去り、新たな人生を送っていた……別人を演じることによって。


新たに与えられた名前はルーネスト。クロシュテインとはいくつかの国をまたいだ上に海を隔てた場所にあるアルスレイク共和国という小さな島国から来た()()――という設定だ。

アルスレイクはクロシュテインとは元々あまり親交がなく、もし調べられたとしても情報が漏れにくい。その上、国の魔法水準が低い事もあり国民の数を把握しきれていない。国としては大きな欠点だが、その分偽の国籍を作りやすく、万が一にも詳細を調べられ、問い詰められた場合でも誤魔化しやすいと判断した上での行動だ。


諸々の経緯の上、クレアは今現在『ルーネスト』として、クロシュテイン王国の西端にあるモーリスという街の診療所にて医師の一人として働いている。

しかし男性を演じていると言ってもクレアが本当に男になったわけではない。身体は女性のままで男装をしている。元々クレア自身、女性としてはそれなりに背の高い方であったことが幸いした。容姿に関しては胸に晒を巻き、髪の毛を短くしただけで周囲からも少し細身の男性として上手く認識されている。

特殊な髪の毛や瞳の色もアルスレイクでは普通だと言えば、上手く誤魔化すことが出来た。


これは元々兄に提案された策だったが、クレアもこの男として暮らす事をかなり気に入っていた。なにせ男の立場であれば、いつまでも結婚しなかったとしても誰かから不審に思われることはない。

クレアにはエスト以上に好きになれる人はこの先現れないという確信めいたものがあった。落ちるなんて思っていなかった恋――いつの間にか落ちていた恋と言えど、それほどまでに本気の想い……一生に一度の恋だったのだ。

両親は性別までもを捨てる必要はないのではないかと反対したが、譲る気配のないクレアに対して最終的には折れる形で丸め込まれた。


「……そろそろ帰ろうかな」


現在時刻は18時直前。先程の子供が最後の患者だったようで、丁度退勤時間だった。

羽織っていた白衣を脱ぎ、軽く服装を整える。

学歴や功績、後ろ盾も何もないルーネストとしてのクレアを雇ってくれたこの診療所。院長も朗らかな性格で、同僚も院長の人柄からか貴族の様に他人を見下して足を引っ張るような人間はいない。

それに加え医師として働く人間の数が少なく、クレアが来る前は人員不足によって日々の診療すら困窮していたようで、そんなところに現れたクレア――もといルーネストはむしろ歓迎されてすらいた。

改めて恵まれているな、と感じながらもなんとなく過去に思いを馳せていた脳を切り替える。


与えられている診療室の鍵を返却して受付で働く女性に『お疲れ様です』と声を掛けられながら、診療所を出た。


長時間座っていたせいで硬直した筋肉を伸ばしながら、夜の帳が降りて暗くなった家路につく。貴族令嬢として暮らしていた屋敷とは比べ物にならない程に小さな借家だが、暮らし心地は悪くない。食事の準備やら家事やらの慣れない作業も最初の頃は苦労したが、今はその苦労自体が楽しいとすら思えるほどに心にも余裕が出来た。


未だにふとした瞬間にエストの事を思い出すと心が痛みはするが、きっとこれもこの優しい時間が解決してくれるのだと信じている。クレアの新生活はそれなりに順調だった。


しかしその3日後。そんな穏やかな生活はとある話によって崩れ去ることとなる。

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