プロローグ
好きになってはいけない人を好きになってしまった。
『俺はお前の様な馬鹿な女と結婚などするつもりなどない。馬鹿と天才とでは釣り合わないからな。だからお前と婚約するのは表面上だけだ。俺が22になり、王位を継承するその時にお前とは婚約を解消させてもらう。分かったな?』
5年前、初めて会った時。開口一番に彼・エストに言われた言葉を思い出す。あまりにも衝撃的な出会いに当時は面食らった。
そしてなんでこんな失礼な男と婚約させたのだと両親や周りの人間に対して怒りすら湧いたが、今ではその逆、彼に出会わせてくれたことに感謝すらしているのだから人生とは不思議なモノである。
あの出会いすらも今では『思い出』の一部と化しているのだから、幸せな時間が流れるのは早いと思う。
エストはあと2か月で22歳。今年が約束の年なのだ。表面上の婚約者として隣でずっと見守ってきたが、彼は次代の王になるのに相応しい人間として育った。確かに私では彼と共に在るのに力不足かもしれないと自嘲する。
だからこれこそがそんな私が彼にしてあげられる最後にして最大の贈り物――。
今後永遠に会話をすることも姿を見ることすらもできなくなることを考えると、心臓が裂けるかと思う程に苦しいが、出会った事、そして好きになった事、これから私がすることに対しても後悔を抱くことはきっと一生ないだろう。
彼にはもう十分すぎる程に色んなものを貰った。それに私がこのままこの手を放しさえすれば、彼は解放される。そうしてお互いに正しい道へと進めるのだ。
だから私は今日、私は彼との婚約を解消するためにとある薬を飲む。
この薬を飲めば、公爵令嬢としての地位も権力も、綺麗なドレスや宝石、そして今までの様な何一つ不自由のない生活も全て捨てることになる。これからは家族にすら一生会えない生活になるかもしれない。それでも私に迷いはなかった。だってそんなものよりもあの人の幸せの方が私には大切なモノなのだから。
「好き――いや、愛しているよ。君のことを」
独りきりの公爵邸の自室。私は漏れ出た気持ちをぽつりと呟き、薬を一気に煽った。