これにて、物語は閉幕です
長かった……。高校に入ってから3年、ゲーム本編が開始してから2年。ようやく観察係の仕事も終わりだ。今日の卒業式が終われば、物語はエンディングを迎えるのだ。
だが、まぁそんな日が簡単に終わってくれるはずがなかった。
学校の玄関口、往来の多い場所でエンディングシーンは始まった。
「まさか自分が恋に堕ちるとは思わなかった、君に逢うまでは。今までどれだけ自分が、酷い所業を女の子たちにしてたのか身をもって知ったよ。オレは君にどう想われてるのかな?もしかしたら、嫌われてすらいるのかも。それを聞くのが怖い。だけどどうしても君が好きなんだ」
そう言いながら、結い上げた長めの白い髪を風になびかせ、懇願するように薄紅の瞳を亜愛怜さんに向ける、白灰豊。よく隣のクラスから遊び人だと言う噂が流れて来た人物だ。
「ねえ、どこを見てるの?僕だけを見て。僕は貴女だけを見てるのに。僕を変えたのは貴女。逃げるのは許さない」
今にも周囲の卒業生を殺さんばかりに威嚇する、千佳琉。ヤンデレ予備軍と名高い彼にも手を出していたとは、内心驚きを隠せない。
「亜愛怜先輩、卒業おめでとうございます。
亜愛怜先輩に出逢えたことで、ようやく自分をここに居ていい存在なのだと認めることが出来ました。……そう、それだけで幸福だったはずなのに。だんだん欲が出てきちゃいましたっ。亜愛怜先輩とずっと離れたくないって」
丸い瞳を潤ませて笑うのは、1つ下の学年で、今までクラスメイト更には教師からも腫れ物を扱うようにされていた、石澄汐君。彼は蒼海先輩の異母兄弟で、日陰者として長年苦労してきたようだ。
「久しぶり、と言ってもまだ1年か。元気だったか、亜愛怜。お前と離れるのは辛かったが、それも今日で終わりだ。
──父の、石澄財閥会長の座を継いだ。もう婚儀の準備も出来ている。あとはお前が来るだけだ」
それ以外の選択肢はないだろう?と、言わんばかりに手を差し出すのは、石澄蒼海先輩。1人スーツでたたずむ姿には1年前の迷いはなく、不遜なぐらいの自信しか感じられない。
そして攻略対象4人に囲まれて中心にいるのは、『宝石箱で恋を探して』のヒロインである笹木亜愛怜さんだ。
「いきなりで驚きました……。
わたしも皆さんのことが大好きです。でもごめんなさい。この好きが、愛なのか友情なのかまだ分からないんです。それが分かるまで待っててくれませんか?」
上目遣いに窺うような表情。どうすれば1番可愛く、かつ庇護欲を掻き立てるのか計算し尽くされたような角度である。あとは不自然に上がっている口角さえ隠せば完璧だ。
全員が好きだと言いながら、期限も決めず誰も選ばない。上手く丸め込んで、全員を手に入れる算段だろう。だが────
ざぁと開かれた玄関口から、春先の冷たい風が辺りを支配した。
「ふふっ、アハハッ。結局最後まで気づかなかったわねぇ、アナタ。アタシの演技に。
もう動けるんじゃないの?蒼海、汐ちゃん、佳琉」
「…………え?ゆ、たか君?どうしたの?」
可笑しくて堪らないのか、突然笑い始める豊。
亜愛怜さんが、まるで天変地異でも見てしまったかのように豊を見る。それはそうだろう、真実の愛(笑)の為に女遊びから足を洗った優男を手に入れる寸前で、とんだ言葉遣いのオネエに変わってしまったのだから。こればかりは少し亜愛怜さんに憐憫の念を禁じ得ない。
「どうもこうもないわよ。アタシの本性はこっち。
ファッションコーディネーターって知ってる?名前の通り、服のコーディネートをする仕事なんだけど。アタシの夢なの。
だ、か、ら、よく色んな女の子と街中に出かけて、服を着せ替えさせてもらうことが多かったけど、やましい事なんて1度も起きなかったから。男女の関係にあるとか勝手に誤解したのはそっちよね?いい迷惑なのよ。
それとアタシも“神託者”だから。あんな下手くそな演技に引っかかるわけないじゃない」
怒涛の勢いで話したあと、今度はニヒルな嘲笑みを浮かべた。
「演技って?神託者って?何それ、そんなこと知らないっ。わたしが世界の中心で、わたしだけが特別でしょ!?」
「はあ!?そんなことも知らねぇの!?
神託者は転生者。今どきそんな奴ゴロゴロいるだろ!この学校だけでも30人はいるぞ。
くっそ、良いよなぁ神託者は気楽で。俺なんて 、一足先に縛りから開放されたと思ったのに、よりによって今日、重役会議の日にまた強制力が働いて、見たくもねぇ面見る羽目になってんのに」
強制力が切れたことを喜ぶ暇もなく、苛立ちをぶつける蒼海先輩。その様子を見て、さらに唖然とする亜愛怜さん。先程のあざとい演技は見る影もない。
「てめぇもてめぇだ、豊!なんでお前には強制力働ねぇのに、なに呑気に混ざっていやがる!そんな暇あったら助けろ!!」
「え〜、だってこうなったらどこまで騙せるか試したくなるじゃないの。何度言っても分からないようだから、逆にアタシはあの子の話の通りに合わせてあげたのよ」
「兄さん、猫がすっかり剥げてます。荒い言葉遣いの兄さんも、カッコイイとぼくは思いますけど。
はぁ、確かにどちらの気持ちも分かりますが、落ち着いて下さい」
そこへ汐君がどこか品のある笑みで、2人の間に割って入る。実は可愛い顔に似合わず、彼がやり手で、すでに蒼海先輩の秘書見習いとして働いていることを知る人は少ない。
この事態を収めてくれることを期待して、私は彼を見た。
「どうして蒼海先輩と汐君が仲良しなの……?汐君は、正当な後継者でカリスマ性のある兄に負い目を感じてるはずでしょ……?
蒼海先輩だって、愛人の子の癖に父に愛されてる異母兄弟に嫉妬してたはず……」
「だからそれはゲームの中のお話だと言ってるじゃないですか。そもそも兄さんのお父様は愛妻家なので、かすめ取る隙なんてありません。
兄さんとぼくは戸籍上、義理の兄弟となってますが、全く血の繋がってない赤の他人ですし、ぼくは兄さんに負い目など感じたことはありません、といつもストーリー外の時に言ってたのに、貴女は何も聞いてなかったんですね」
「俺も普通に親父に愛されてると思ってたから、汐に嫉妬なんか感じたことなかったぜ?」
「本当にいい迷惑だったんです。ぼくは兄さんを心の底から尊敬してるというのに、さも真実のように嘘を貴女にばらまかれて」
暗黒微笑。
残念ながら、いつも冷静な汐君さえもお怒りだったらしい。残る望みは佳琉だけだ。どうかこの争いを止めてくれと私は目を向けた。
「…………やだ〜、眠い。
昨日、一昨日って、監禁場所を探しに片道6時間、3万円かけて人気のない山に行ったあと〜、中腹まで徒歩で2時間登らされたんだよ〜?たった1枚のスチルの為に〜。もう足腰クタクタだよ〜。凜椛ちゃんが調査のために跡をつけてくれてなかったら、遭難してたよね〜」
違う、そうではない。せっかく気配を消して、移動する卒業生たちの影から観察してたのに巻き込むな。
たらりと冷や汗が流れる。嫌な予感しかしない。
ゆらりゆらり幽鬼のように揺れたあと、亜愛怜さんは目ざとく人混みに隠れて、いつもの様に観察していた私を見つけたようだ。真っ直ぐに視線をこちらに向ける。不味いっ。
「嘘よ、そんなのは信じない!
途中まで上手くいってたのに…………。
あなたのせいね!前からチラホラと視界に入ってきてウザかったのよ!モブの癖に!どうせあなたも転生者なんでしょう!邪魔しないで!!」
みるみるうちに天使が悪鬼に進化してしまった。髪を振り回すかのように亜愛怜さんがこっちへ迫り来る。私はといえば恐怖で体が硬直してしまったようで、逃げられなかった。
この状況では思わず現実逃避してしまっても仕方がないと思う。観察係のバイトが命懸けだと聞いてない。ボーナスはいくら出るだろうか。
「おい!待て!やめろ!誰がお前の尻拭いすると思ってるんだ!」
私ですね、分かります。
1年前の文化祭で、無理矢理連れてきた蒼海先輩のお父さんの接待をしたのは誰なのか、亜愛怜さんは覚えているのだろうか。蒼海先輩のお父さんがトップの立場でありながら、優しい人で良かった。
そうこう考えているうちに、蒼海先輩のガードをすり抜ける亜愛怜さん。
焦る私の傍に汐君が近づくと、涼しい表情で、すっと足を差し出し、亜愛怜さんを派手に転ばした。あれは痛い。
「そうですね。凜椛さんは、貴女が起こした数々の問題を解決してくれた恩人ですよ?恩を仇で返すのはどうかと思います」
観察係として亜愛怜さんを追いかけていると、どうしても事件にぶち当たってしまうのだ。見捨てることも出来ず、いつも泣く泣く手を貸すことに。
汐君の時も大変だった。彼が知略に長けているとは言え、当時、学校中に広がった噂話を共に消すのには苦労した。
そうして亜愛怜さんが転がった先には、イイ笑顔の豊がいた。
「やぁっと、捕まえたわぁ。アタシの時も、よくも尻軽みたいな噂流してくれたわねぇ?
何が『女の子を取っかえ引っ変えするのは、良くないと思う!』よ!そんなことした覚えもないし、そもそも学校の教室でそんな誤解を招くようなこと話さないでくれる?」
豊が素早く自分の制服のネクタイを解き、後ろ手に亜愛怜さんを拘束しつつ、今までの鬱憤をぶちまける。
失敗はしたが作戦の1つとして、1ヶ月もの間ニセ彼女と称して街に連れ出され、着せ替え人形にさせられた苦労を、亜愛怜さんには是非とも味わって頂きたいものだ。
「どうして、なんで、わたしがヒロインなのに」
「夢見る乙女は呼んでないんだよね〜」
「お前に強制力が働かないのが残念だ」
「更生施設に行ったら、今度こそ現実に帰って来れるよう頑張って下さいね」
「じゃあね、今後もし会う機会があったら、もっと女を磨いてらっしゃい」
その後、ドナドナと売られて行く子牛のように、亜愛怜さんは更生施設へと連れて行かれた。
────だがここで物語は終わりではなかった。
「ということで、これからヒロイン役よろしくね、凜椛ちゃん」
「逆ハー、玉の輿からの続きだぞ、よかったな凜椛」
「凜椛さんなら安心です。これからよろしくお願いしますね」
「別荘という名の、元監禁場所もプレゼント〜」
ヒロインが消えたとしても、イベント再現の為の強制力は消えていなかった。そう、恐ろしいことにこのゲームにはファンディスクが存在していたのだ。主人公不在のゲームはどうなるのか。
強制力という名の呪いは、主人公を求め近場にいた人間────私を巻き込んだ。
「こんな話、聞いてないんだけど!」