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バックヤードへようこそ


 秋、学校、祭りと言えば“文化祭”だろう。

 名目上は、共同作業を通して団結力を深めることが目標とされている行事だが、実際には日々の学業に疲れた生徒達の、息抜きの日として機能している。

 まぁそんな訳で多少羽目を外した所で怒られはしない。例え、こんな茶番を繰り広げていたとしても。




「こんなお遊びの、たった3日間で終わるような祭りで何が得られると言うんだ?

何の利益も生みはしない。

協調性?馬鹿馬鹿しい。さすがに高校生にもなれば、ある程度身についているはずだ。

絆?もっと馬鹿らしい。そんな不安定なもののどこが信じられる?

だが、何故だろうな。こんなことで笑っているクラスメイト達を見ると、とても羨ましく感じるんだ」


 青年は、そっと怜悧(れいり)な目を伏せ、迷子になった子供のように笑う。髪は、眉毛や制服の襟首にかからないように切りそろえられており、制服も第1ボタンまでしっかりと留められていた。

 ────絵に描いたような模範生。その様子が酷く息苦しそうに見える。


「どうしてそんなことを言うんですか?蒼海(あおき)先輩だって峰磯(ほうき)高校の生徒なのに。そうですよ、まだ子供ですよ。ですからこんな堅苦しい格好ばっかりしないで、たまには蒼海先輩だって一緒に遊びませんか?人生楽しむことが長生きの秘訣だってわたしのおばあちゃんも言ってましたよ!

……本当に蒼海先輩のお父さんは(せき)君ばかり愛してたのかもしれません。ですが、真実は本人に聞いてみるまでは分かりませんよ!」


 対する少女はとても巧妙だ。一見模範生に見えるが、顔にはバレないように高度なナチュラルメイクが施されている。袖は手先しか見えないぐらい長く、スカートは織り込まれ、膝上丈になる様に弄られていた。確かに可愛いが、それらの作られた魅力はどこをとっても校則違反である。

 この様子だと以前言っていた、制服のサイズを間違えた、という話が嘘なのは間違いない。


亜愛怜(あられ)……。そうだな、まだ今年が残っていた。

忙しいだろうに2年の教室まで押しかけてしまってすまない」


「いえ、悩んでいた蒼海先輩には不謹慎だと思いますけど、むしろ蒼海先輩と話せて嬉しかったです!」


 そうしていくらか憂いの取れた様子の蒼海先輩が教室を出て行き、不気味なほど静かだった教室が、生徒たちのざわめきと共に日常へ戻っていく。


 本当に迷惑である。文化祭で浮かれて、2人の世界をつくることに関しては文句は言わない。

 ……だが、こんな茶番劇は、文化祭作業で忙しい教室以外でやって欲しいものだ。私としては観察しやすいが。




 この嬉しそうな様子を見るに、自分と同じ年数を生きてきたはずの亜愛怜さんは、未だ夢の世界にいるようだ。

 ────思いもしないのだろう、今教室を出た蒼海先輩が『あ゛ぁーーー、またかよ!最悪だ!』とか何とか言いながら、優等生の仮面を脱ぎ捨てていることなど。






**********






 多くの人々が想像する、理想の異性の条件とは何だろうか。学歴、収入、見た目、色々あるだろう。もしそれらが全て良かったとしたら?とても良い優良物件として引く手数多なはず。

 しかし、この世界ならそうはならない。むしろ問題物件として知人作りさえも危うくなる。




 《家庭用ゲーム機器被害者保護観察区域》──通称、機器特区と呼ばれる場所がこの世界には存在する。特に日本では全国各地に数ヶ所存在しており、世界一の数を誇る。なぜこのような場所が存在するのか?簡単に言えば、上司の尻拭いだそうだ。それも()の世界での。


 この世界の神いわく、【可能性(せかい)】は沢山、それこそ星の数ほど存在するという。その中でもこの【可能性】のベースとなった、【可能性】──仮に源界(げんかい)と称する──の所の神が、残念ながらこの世界の神の上司であった。

 ある日趣味である、人間界の観察していた上司()が呟いた『このゲーム面白くね?』と。悪魔の囁きであった。

 それからあれよあれよと、科学のみが発展した源界を参考に新しい世界が創造され、ゲームに登場する場所に似せた舞台が創られ、そこに生まれた生命へ勝手に(キャラ)が振られていった。

 たんたんと上司の無茶ぶりに巻き込まれる部下。最後に上司は、疲労困憊状態の部下を気遣うこともなく言った『じゃ、俺の世界で死んだ魂を“役持ち”として送り込むからよろしく!』と。部下は嘆き崩れた。


 こうして出来たこの世界──枝界(きかい)は、元となった源界と違い1つ制約があった。

 “ゲームのイベントを再現すること”。

 そのためゲームと同じ時間、舞台、人など条件が揃うように神憑り的な強制力が働き、実際揃うと人々はゲームと同じ行動しか取れないようになってしまう。幸いそういった強制力が働くのは、ゲーム内でセリフがあるキャラを振られてしまった不幸な人、“役持ち”たちだけなのでその他一般人にはほぼ関係のない話だ。


 だがその一方で、生まれた時から人間にあるまじき真っピンクな髪色を持つ人や、由緒正しい家の本家に生まれてしまった人、はたまた超能力を持つ人は、人生終了のお知らせである。たまに例外もいるが、ほぼ確実に一般人と違った特徴を持つ人はゲームと同じ舞台をつくるための登場人物、役持ち決定だ。あとはもう毎日のように面倒事を起こし、巻き込まれ。息つくまもなくやってくるトラブルに、平和な日々など訪れない。


 そんなハズレを引いてしまった役持ちたちのために出来たのが、機器特区だ。ここでは役持ち関係者の住民税は高く、その他一般人には安くなるようになっている。その代わり役持ちたちは、人権を保障され、トラブルを起こしても国から金が出るようになっている。極端な例だが、ここでは最悪、強制力で殺人をしてしまっても牢屋に入れられることはないのだ。逆に一般人には巻き込まれ注意の、危険地帯になってしまうが。






 だからこそこの世界では“平凡が至上”なのだ。

 以前母に父との馴れ初めを聞いた時も『黒目黒髪だったから選んだ相手だったんだけど……、今ではトラブルの度に涙目になってる貴方も愛してるわ!』と言っていた。

 ──そう、残念ながら父も役持ちだった。

 ちなみにこのことを聞いた父は複雑そうな表情をしていた。




 5年前、父が役持ちだと気づいたのは、職場で帳簿を書き換えてしまったことからである。有名な企業の支部で、さして重要でもないポストにいた自分がまさかと思ったそうだ。国へ正式に調査依頼を出してみると、とあるオフィスラブをテーマにしたゲームの、当て馬以下の盛り上げ役だった。この時からだろう、父の涙目をよく目にするようになったのは。


 その後すぐに手続きをして、家族3人みんなで機器特区へ引っ越した。幸い私は、中学進学直前であったので、同じ小学校を過ごしてきた仲間と離れるのは寂しかったが、春から新入生として機器特区の中学校へ進学出来たのは良かったと思う。


 私が入学したのは中高一貫の峰磯中学。1クラスに1〜5人ほど、瞳の色や髪色が違ったり、サイコキネシスが使えるクラスメイトがいたが、それ以外は特に以前と変わらない風景だった。父の調査をした時に、私と母の調査もしており役持ちでは知っていたので、役持ちの多い機器特区の学校でやっていけるか心配だった。が、役有り無しに関わらず、みな優しく友人も出来、無事に学校に馴染んでいった。






**********






「りーんか!

あれ?どしたの?作業が止まってる。

……ああ、あれか。“成りきりさん”は今日もお盛んだこと。これも金のためだと割り切って頑張るしかない。

いいな、凜椛(りんか)は。毎日、亜愛怜ちゃん見てるだけで、沢山お金貰えるんだから。ボクも役持ちじゃなかったらなぁ、観察係出来たのに」


 文化祭で使う道具を取りに行っていた友人が帰って来たようだ。

 恐らく死んだ魚のようになってるであろう目を瞬かせてから、声の方へ視線を向ける。目に入るのは黄緑の目に黄色の髪を持つ人物、朝輝翠(あさひすい)である。小柄な女の子だが、ほんのりとした小麦色の肌から分かるように、外にいるのが好きで運動神経は抜群だ。同じクラスになってからというもの運動会や球技大会で負けたことはない。

 おまけに人懐こいので、男女関係なく人気が高い。


「翠……。1年前、この学内バイト見つけた時は、こんなに精神的にくると思わなかったけどね……。高いバイト代には裏があったわけだ。1学年の時はあんなに大人しかったのに、なんで2学年になった途端にこんな活動し始めたんだろ?」


「この学校が舞台になってる乙女ゲーム、『宝石箱で恋を探して』の本編スタートが高2からだからじゃないかな。

にしても今回はサポートキャラで本当に良かった!!前回こっちに転生した時は乙女ゲームの攻略対象だったから、毎日ヒロインのくっさい香水を嗅ぐ羽目になったうえに、お風呂にまで押し入られたし!!せめてRPGのキャラだったら良かったのに!

あぁ〜それに比べて凜椛はなんていい香りなの!」


 翠は座ってた椅子の後ろからギュッと私を抱きしめて、思う存分匂いを嗅ぎ始める。毎日お風呂に入っているから、臭くはないはずだが。


「やめて。離れて。前世男だったんでしょ?」


「ぶーぶー、いいじゃん。今世は女なんだし。女女男男男女で回数的には半々なんだから大丈夫だって」


 そう言われたところで安心は出来ない。魂に性別はない、と豪語するこの友は転生数5回の経歴に違わず、男女どちらともいけるバイなのである。誠実な性格ではあるので、遊ばれる心配はないのだが。よく自分の性別を忘れる翠が安全な時があるとしたら、あちらの世界、いわゆる源界にいる時だけだろう。


 こちらとあちらの世界を行き来する魂──一般的に転生者と呼ばれる人たちが、源界に生まれて生活している間は、それまでの記憶は全て消されてまっさらな状態なのだとか。だが枝界に転生する時に、真っ暗な狭間の空間に神が現れて、これまでの記憶を返すことと、その転生する魂に与えられる役が登場するゲームについての情報を教えて消えるそうだ。

 以前、神の容姿(みため)について聞いてみたら『見た目は光の玉で表情分からないはずなんだけど、やたら腰が低くて、謝罪スキルが高くて、疲労感滲む声してた。いつだかの転生で、ブラック企業に働いてたころの自分を思い出したよ……。毎日のように書類の束を押し付けられて、今日中に終わらせろと、上司の仕事ばかりさせられてたな……』と遠い目をした翠が言っていた。






 こうして源界から転生してくる魂たちは唯一、この世界の神と会い、枝界にゲーム(シナリオ)についての情報をもたらしてくれることから“神託者”とも呼ばれている。


 源界の人々が枝界に転生するにあたっての特典は4つだ。

 1つ、役持ちでありながら、この世界の強制力が働かないこと。

 2つ、ゲームに登場するメインキャラとして、美形になったり特殊能力がもらえること。

 3つ、ゲーム情報、つまり誰が役持ちなのかや、この世界の未来を知ってることから、この世界の人々に重要人物として生活を保障されること。

 4つ、これまでの記憶を保持したまま、人生のやり直しが出来ること。


 特にこの4つ目の特典が曲者で、“成りきりさん”と呼ばれる存在が生まれるゆえんになっているのではないかと思う。後を絶たないのだ、神からの願いを曲解して捉え、世間からの忠告を聞き流し、自らを“特別な存在”だと思い込んでいる者が。物語の通りに演じれば、主人公になれると信じている者が。


 自分と同じように観察係をしている人もこんなに苦労しているのかな、と考えつつ今日も私はこの茶番劇が終わる日を待つしかないのだ。




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