第六話(最終話) 誕生! 鮮烈の騎士甲冑!
俺は絶好調だった。
駆けて、駆けて、駆けぬけていた。
もう人間の警備員は近くにいない。どうもアストリッドが引き付けてくれているようだ。これがとてもありがたい。繰り返すが、人を傷付けずにすむなら、それに越した事はない。
勿論、《荒夏》の警戒が薄いというわけではない。
代わりに異形の群れが次々と来る。
少数の竜盤型と多数の蜥蜴型が陣形を成して迫り来る。
だが、それも、今の俺にとっては『所詮は自律式』に過ぎなかった。それどころか
――「《荒夏》は人間の労働者を自律式異形などへ積極的に置き換えているわ」
――「連中の目的は一部の選良者とそれに奉仕する異形などによる楽園建設」
――「具体的には北海道にある行政特区【飛天市】みたいな城壁都市とかね」
――「逆に言えば、選良者以外の人間は切り捨てる組織なの」
――「つまり、『悪の秘密結社』というわけよ」
という以前のアストリッドの説明を思い出すゆとりすらあったぐらいだ。
もっとも、俺は所詮中学生だ。そういう政治?の話?はよくわからない。
ツツジを取り戻す。ただ、それだけである。だから
「邪魔をするなああああああ!!」
俺は異形の群れへと吶喊する。
当然、四方八方から、無数の異形が爪牙と共に俺へと襲い掛かる。
しかし、それを俺は受け。
または、それを俺は払い。
そして、それを俺は突く。
――よし、イケる!
俺の技はキレまくっていた。
だから、目を向けなくてもわかる。
無数の自律式異形は損傷に耐えきれず、ブクブクと泡立ち、水と窒素と二酸化炭素へ次々【融解】していく。
この鎧袖一触の秘密は結晶性の外殻装甲にある。
これまで何度か触れてきたが、異形細胞が展開した際、結晶細胞が副次的に鋭利強靭な爪牙盾角の類を形成する事がある。それこそ、本物の甲虫目が成虫原基を発現させた時と同じだ。アストリッドの女王級軍隊蟻型甲冑式異形体も、結晶性の外殻装甲で要所要所が覆われていた。
同様に、俺の――おそらくは半端な――異形甲冑にも肘膝踵には突起が生えていた。
しかし、先刻アストリッドに指摘された通り、今回はその形状には多少の変化があった。
具体的には肘膝踵の突起の内、肘の突起が左右共に巨大化していたのだ。その結果、
――トンファー
に酷似した形状になったのである。
そして、このトンファー形状の外殻装甲が、俺の技能と噛み合っているのだ。
形を考えれば、わかる。
空手家の『受け』『払い』『突き』といった基本動作は、トンファーを握った状態でも、そのまま機能する。これは偶然ではないはずだ。おそらく、空手の技はトンファーの様な武具を持った時のために調整されてきたのだろう。実際、刑部先輩は『手技は肘から先の小指側を使うように』と、繰り返し説いていた。
……いや、その理由を実感したのは今日が初めてだったが……。
いずれにせよ、そんな俺の空手に合わせたかのように、俺の異形甲冑はトンファー状の結晶外殻が都合よく形成したのだ。無双の敵中突破も無理なからぬ話である。
「いや、これもまた『最適化』か?」
俺は自嘲しながら、両腕を振るう。
すると、肘先のトンファー状結晶で蜥蜴型の首が面白いように刎ね飛ぶ。
「なるほど、『肘は斬れる』な……!」
俺にとっては最高の装備だった。
これは今の様に極近距離で機能する肘技が強化されてありがたいというだけではない。
俺の本質は打撃屋なのだ。異形相手に取っ組み合いをする自信はない。打撃の間合いを堅持する必要がある。このトンファー状結晶はいざ間合いを詰められた時に、相手を突き放し、自分の間合いを取り戻す手段としても有効だろう。また、打撃部位が保護されれば、当然、攻撃力・防御力が有機的・相乗的に向上する。
そうすれば、巨大な相手にも落ち着いて対処できる。
つまり――しっかりと腰をキメて、中段突きを叩き込む事も出来る。
「……不思議だろう? 腹を撃たれて背中が痛いなんてな」
俺が鳩尾へ綺麗に一撃を入れると、竜盤型はそのまま腰から崩れ落ちた。
それはまさに俺と俺を鎧う異形の甲冑の『整合』が成功した証でもある。
この調子なら、刑部先輩のインチキ技だって再現できそうである。
しかも、ツツジの監禁場所まであと少しだ。一応、それを阻むかのような大型異形体の気配もあるが……。
「ふんっ、今更、竜盤型の一体や二体!?」
しかし、次の瞬間、通常の竜盤型ではありえない反応を感知する。
それは誘導飛翔弾だった
以前にも見た疑似生体誘導飛翔弾が再び俺へ襲来したのだ。
――馬鹿なっ!
それでも俺は誘導飛翔弾を何とか躱す。まさに異形の反応の賜だった。しかし、近接信管が作動したのか、誘導飛翔弾は結局炸裂する。
猛烈な衝撃。
異形甲冑ごと吹き飛ばされ、俺の躰は壁に叩き付けられる。
だが、苦痛に悶えている暇はない。脅威の正体を正確に把握せねばならない。
俺はそう考えて、複眼視線を含む超感覚を目標に向ける。
――やはり、自律式異形だ。しかし、あれは……。
一応、甲冑式ではない。俺はその事に安堵しつつも戸惑った。ここにきて初めて見る『型』の異形だったからだ。
いや、あえて分類するなら、それはやはり竜盤型に似ていた。
ただ、それは既に竜盤型とは呼び難い形状だった。
そう、それこそ、暴竜型とも呼び得る形状だった。
だから……その異形の猛撃が周辺を圧倒するのも自然だった。
***
***
***
あたしは戦慄に震えていた。
問題の【スタフィリニデ=ミーシル】を無力化した後、「さて、彼と彼女はどこかな?」と探査系を全開にした。すると「んー? 晶光クンは苦戦中? なんで?」と首を傾げる羽目になった。あげく「え……この気配……!?」と心配になり、駆け出していた。
そして、現場にたどり着くと二つの異形体が相対していた。すなわち。
――満身創痍な歩兵級軍隊蟻型甲冑式異形体【レギオ=ペデス】、つまり、晶光クン
と
――見た事のない強大な自律式異形体
だった。
……言っておくが、後者についても心当たりがないわけではない。
「《超竜型》……? 実用化されていたの?」
そう、噂では聞いた事があったのだ。
あの強大な《超竜型》――超越級竜盤型自律式異形体【サウリシア=スペリオール】については!
元々、《竜盤型》は、《蜥蜴型》などに比べ、汎用性においては明確に劣る。
竜盤型異形は、その名の通り、竜盤目獣脚類を参考に開発され、二足歩行する大型肉食恐竜……それこそ、一昔前の図鑑に描かれていたティラノサウルスに近い体型だ。勿論、十メートルを超える体躯は再現困難なため、全長は約二メートルに抑えられている。腕は大きく、姿勢はほぼ直立。直立するために前方投影面積が大きくなり、二足歩行するため、移動速度を犠牲にしている。
その分、攻撃力と防御力に優れるため、拠点防衛用としては重宝されていた。他の自律式異形に比べれば、ヒト型に近いという事もあり、警備員がわりにも多く使われている。
逆に言えば、それだけの自律式異形だった。基本的には。あたし達のように細胞段階で高品位な甲冑式を自在に操る異形統御者の敵ではない。
ただ、そんな竜盤型も設計上・構造上の可搬性では突出していた。
考えてみればわかる。ヒト型に近いという事は、構造的にヒト=現行人類(ホモ=サピエンス)に近い、可搬性の豊富さを具えている。
だから、装甲や筋力を強化した《重竜型》――重量級竜盤型自律式異形体【サウリシア=グラヴィス】のような亜種も存在している。
しかし、超越級竜盤型自律式異形体《超竜型》はその《重竜型》をも上回る、文字通り超越的存在として、噂されていたのだ。
発想としては《重竜型》の延長だ。装甲や筋力を《重竜型》よりもさらに増強した上で、感覚器官と兵装担架を大量増設し――今回は全身に結晶刀爪と誘導弾砲を装備していた。(腹部には凝集光砲の痕跡らしきものまである。さすがにこれは技術的に高度過ぎ、発現失敗だったようだが)。
いずれにせよ、これは兵器としてのバランスが劣悪なはずだ。生産性以前の問題である。おそらく継戦能力も低い。数キロメートル走っただけで、バテてしまうだろう。明らかに欠陥品だ。
「ギオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
さらに《超竜型》は咆哮する。隠密性とはかけ離れている。これはやはり失敗作だ。が、技術上は十二分にあり得た超高脅威自律式異形体でもあった。
盗み聞きしていたツツジさんの台詞が思い出される。
『自律式の方が技術的制約の少ない分、強力になる』
――政治・経済要素を無視した見解ね。
と、あの時は思った。今でもこの見解を撤回するつもりはない。眼前に居座る《超竜型》が大規模量産されることはないだろう。対費用効率を考えれば、《超竜型》を一体造るより、蜥蜴型と誘導弾砲装備の自律式異形を数体造る方がはるかにマシだからだ。
それでも、なお一騎当千が求めるならば、甲冑式異形に任せればいい。
繰り返す。この《超竜型》は工業製品としては明確な欠陥品・失敗作だ。
とはいえ、その純粋な戦闘能力を考えれば――。
「あたしも、消耗が激しい」
これは事実だった。軍隊蟻型が正式採用されなかった理由の一つだ。だから――。
「撤退するわ。いいわね?」
あたしは晶光クンに告げる。だが
「嫌だ」
と、彼はあたしの親切心を拒んだ。
「戦力比を考えなさい」
「この先にツツジの気配がある」
「複数の固有で微弱な輻射・振動・排出はあたしも感知しているわ。それらを総合して、ツツジさんの特有の『生体反応』はたしかにある。それはあたしも保障する。でも――」
「俺はツツジを助ける」
「チッ」あたしは異形越しに舌打ちした。「好きになさい。あたしは逃げるわ」
「ああ。貴様は好きにしろ。俺も好きにする」
すると、彼は異形化を解いた。
あたしは驚愕せざるをえない。
「ちょ、生身をさらしたりしたら……!」
次の瞬間、当然の様に《超竜型》が彼に飛び掛かる。
異形体基準ならなんて事のない動きだ。が、生身の彼にとっては、まさに死の宣告……のはずだった。
しかし、生身の彼は予想に反して、《超竜型》の爪をゆらりと躱した。
続く《超竜型》の牙もゆらりと躱す。さらに《超竜型》はその特徴ともいえる全身の結晶刀爪を振るい始めるが、これも生身の彼はゆらりゆらりと動き、回避し続けた。
――正気の沙汰ではない。
と、あたしは思った。結晶刀爪の殺傷能力はまちまちだが、生身の人間を切り裂くのは容易い。また、巨大な四肢は仮に鋭利でなくとも、絶命必死な鈍器たりえるのだ。そんな凶器を異形の速さで振るわれ続けているというのに、彼は平然としていたのだ。
「……未来予知に基づく超反応――《交霊領域(エクスタシス=ゾーン)》とでもいうの?」
「ん? ああ、『領域』に入るというのはこういう事か?」
あたしの呟きに彼はポツリと答えた。
異様な彼に異形の獣も恐怖を覚えたのか?
強大な《超竜型》も一度後方へ飛び跳ね、一旦距離を置く。
それは戦場に時たまある静寂だった。
すると、彼はむしろ朦朧とした様子で、懐から錠剤を取り出す。
その複数の錠剤にはあたしも見覚えがあった。
IGFTEL――インシュリン類似(Insulin-like )成長因子(Growth Factor )三型内因性リガンド(Three Endogenous Ligand)。
実際には誘導剤付きで成形されている神経系初期化剤だった。
「……君、それをどこで?」
「影山ほのか女史の遺物だよ。貴様が派手に立ち去った時に落っことしていたろう?」
「……!」
落下物・残留物がある事には気付いていた。ただ、あたしもあたしで人体一つを抱えて、建築物から建築物へと触手で飛び移る事に処理能力の多くを割いていた。だから、落下物・残留物の詳細に気をとめる余裕はなかった。
迂闊だった。影山ほのか女史も異形統御者だったのだ。ならば、自身の脳神経系をより異形側へと適合させるべく、IGFTELのような神経系初期化剤を常備常用していてもおかしくない。
「ツツジの指示だったよ。異形化を解く前に、異形甲冑の超感覚と超認識で、周辺探査をしておくべき――とね。そして、見つけた」
彼はそれらをまとめて水もなしにボリボリと食らった。
「……IGFTELはそんな急速には作用しないわよ」
「わかっている。実際、貴様から説明を受けて以来、用量用法に気を付けて、定期摂取を心掛けていた。が、どうせ、ここが正念場だ。残しておいても仕方がないだろう?」
そして、彼は両手を下腹で交差させ、高らかに叫ぶ。
「【イクスプレッション】!」
その声に応える様に彼の中の異形が【発現】する。
勿論、彼の下腹には何も埋まってはいない。
当然、異形の触手は、あくまでも成虫原基が埋め込まれた胸元からこそ、飛び出る。
しかし、その夥しい数の触手は、彼の全身だけではなく、下腹にもまた集う。
わかる。新たな苗床が生まれるのがわかる。
これで彼は二つの成虫原基を持つ事になる。
「《二重成虫原基》……!」
あたしの驚きの答える様に、彼は再び叫ぶ。
「【イクロージョン】!!」
その【羽化】はむしろ『最適化』の一つの完成形に思えた。
体内から飛び出た赤黒く生々しい数多の触手が全身を覆う。彼はそれに逆らわず、受け入れる。それどころか、自身の四肢に異形の触手が絡みやすいように、手足をその時々で大きく広げる程だ。
「この国に伝わる『変身ポーズ』って、こういうことなの?」
そして、蛹か繭を思わせる有様を経て、その表面がピキピキ結晶化する。直後に結晶部分がパラパラと風に乗り散り去り消え行く。残るのは、ほぼヒト型をなぞっている異形細胞の全身甲冑。
その上をさらに結晶性の外殻装甲はほぼ全身をくまなく包む。しかし、重量配分や関節構造において、明確な機能美がある。彼の動きを妨げないため――というより、彼の打撃部分を保護する事で、彼が動き易くなる事をこそ目的としているかのようだ。
肘膝踵の突起も洗練大型化され、『バンデージ=トンファー』と言うべき、手足を守る事で攻撃力を向上させる器官を造っていた。
おまけに彼の背部装甲が内側から弾け飛ぶ。
その奥からは膜翅とでも言うべき正体不明の器官が現れた。
「だから、『羽化』? たしかに元ネタの軍隊蟻でも雄は翅を持ちうるけど……これも遺伝的アルゴリズムによる収斂進化ってこと? それとも、放熱器官の一種?」
少なくとも、あの翅隠型に共通する鞘翅状器官は放熱機関だった。凝集光砲にせよ、誘導弾砲にせよ、強力で特殊な器官の急速な形成や使用にはそれなりの化学反応が必要で、その際には排熱が問題になるからだ。
しかし――
「セイッ」
彼は雄々しく咆哮し、三戦の構えを取った。
あたしもまた講道館柔道――究極に近い完成度の近代格闘技を習った身である。三戦に限らず、あの手の『型』が実際に使えるはずがない事はわかっている。
実際、《超竜型》はその隙を狙って各部装甲を『展開』する。というか、《超竜型》は元々このために距離を置いたのかもしれない。
そう、超竜型が『展開』した装甲の奥で、無数の誘導飛翔弾が発射寸前の状態で震えていたのだ。
一方の東方晶光が鎧う異形甲冑は膜翅をブウウゥゥンと低い音を立てて振動させる。いや、さすがに飛行する事はあり得ない。異形もまた物理法則に縛られているのだ。あの形状で空を飛ぶなど、航空力学的に不可能だ。では、この膜翅の振動は?
「? 反響定位……?」
あたしの推察と共に、《超竜型》の誘導飛翔弾が複数同時に発射される。
一応、言っておくが、この過程は異形化している故の疑似時間加速があって初めて認識できたものだ。さもなくば、誘導飛翔弾の挙動など察知する事すら不可能だ。
しかし、その上で、さらに、信じられない光景をあたしは目にする。
鮮烈一閃。
彼が手刀足刀で誘導飛翔弾をすべて叩き斬ったのだ。
信管を破壊され、無力化された誘導飛翔弾の群れは彼のもとにゴロゴロと転がり落ちる。
「って、何で? 何で近接信管は作動しないの?」
「その前に叩き斬れば、済む話だ」
「いやっ! その理屈はおかしいっ!!!」
「貴様にはわからぬ『領域』の話だよ」
「なっ……!?」
意味不明な言動に戸惑ったのはあたしだけではない。
あの《超竜型》にとっても想定外の事態だったらしく、一瞬だが露骨に機能不全に陥る。
ただ、それも一瞬の事だった。
次の瞬間、《超竜型》は強制再起動を行ったかのように、一転してさらに後方に下がり、各部装甲を――おそらくは出し惜しみなしで――疑似生体誘導飛翔弾全門展開発射体制に入る。
しかし、彼は動じない。
いずれにせよ、《超竜型》は誘導飛翔弾を放つ。一発二発ではない。巨体に蓄えている夥しい数の誘導飛翔弾を一斉発射する。
それでも、彼の対応は変わらない。
受け。
払い。
突き。
迫り来る誘導飛翔弾群の悉くをそうやって無力化していった。それもウィービングやダッキングをしない、近代格闘技ではありえない、体幹を崩さない《武》の動きのままだ。
彼の技能は異形の甲冑と完全に調和していた。
「疑似再現ではない。真なる《光霊領域(エクスタシス=ゾーン)》!?」
その上で、一歩一歩、彼は確実に《超竜型》に接近する。いや……
「ツツジを、返してもらう……!」
と、彼は改めて、自分の目的を口にする。
彼は《超竜型》に近付いているのではない。
その後ろにいるツツジさんに近付いているのだ。
彼にとってはツツジさん以外は障害物でしかない。誘導飛翔弾は羽虫であり、超竜型は石ころである。邪魔だから、薙ぎ払っているだけで、目的はあくまでもツツジさんなのだ。
これではおとぎ話だ。
しかし、その近接格闘能力は凄まじい。あるいはあの『無支祈型一号』にも比肩しうるかもしれない。
もはや、彼は『歩兵級』と呼ぶ段階ではないだろう。
「……『昇格』と呼ぶべきかしら?」
それこそ、囚われの姫君を救うため、邪悪な暴竜を討つ騎士だ。
すなわち――。
「騎士級軍隊蟻型甲冑式異形体【レギオ=エクウェス】……!」
実際、それは【騎士】を髣髴とさせた。結晶装甲による荘厳な曲線美がそうさせるのだ。
そして、そんな彼はとうとう一足一刀の間合いにまで暴竜へ近づく。
だが、間合いを詰めた彼は、
すとん――と、むしろ穏やかに右手を《超竜型》の胸部中枢に当てる。
その右手は『拳』ではなく、『掌』の形をとっていた。
あたしは絶句せざるを得ない。
そも、そこは、一番装甲の分厚い場所だったからだ。
しかし、彼は迷わず有言実行する。
「打ち抜く……!」
数秒の後、《超竜型》はその場で崩れ落ちた。
あたしは茫然とその名を口にする。
「ワン・インチ・パンチ……?」
寸勁――一寸の間合いでもなお機能する勁拳。胡散臭いと思っていた伝説。
相手に当てる前に、最大限、速度を高めておく西洋的な拳撃ではない。
相手に当てた後に、最大限、衝撃を伝えきる東洋的な拳撃である。
あたしが、実現不可能な幻想と諦めてきた《武》の一端を見せ付けられた瞬間だった。
甲冑式異形の超感覚も教えてくれる。
暴竜の内部構造は既にズタズタだった。
どれだけ信じ難くとも、認めるしかなかった。
実際、《超竜型》は、内側から、【融解】していたのだ。
***
***
***
そして――
私、三葉ツツジ十三歳は目を覚ました。
天井に見覚えはない。例の監禁場所からも移されたらしい。
シーツをかけられ、ベッドに寝かされていた。だから、起き上がろうとして――
「え、私、何で? 裸?」
である事に気付いた。
「どういう事?」
私は、一糸纏わぬ自身の姿に驚きつつも、記憶を整理する。たしか私は監禁されて……。
「あたしが保護したの」
という声はアストリッドさんのものだった。
実際、振り向くと、何故か、下着姿の金髪碧眼美少女がいた。サテンコードとマカロニコードを組み合わせた紫のブラ&ショーツ姿――上品だが、露出が多い。明らかに自身の肉体を見せ付けるための意匠。
そんな姿のアストリッドさんが椅子に座り、両手両足を組んでこちらを観察していた
あたしは反射的に肌を隠した。
アストリッドさんは「言っておくけど」とケラケラ笑った上で説明する。
「何もしていないわよ。万が一にも、騎士の怒りを買いたくはないから」
「騎士? ……それ、晶兄の事ですか?」
「そうよ。彼はあなたへの絶対の服従を誓った忠勇なる僕でしょう?」
棘のある言い廻しだったが、確認すべきはそこではない。
「……その口ぶりからすると、晶兄は無事なんですね?」
「ええ、精神も肉体も成虫原基も極度に消耗しているけど、五体満足よ。今は疲労回復のために、薬で眠ってもらっているけどね」
「薬……?」
そこで思い出した。私も男の人が来て、「緊急事態だ。少し眠ってもらう」とか言って、無理やり何かの薬を打たれて……そこから先の記憶がなかった。
「彼は全力を出し切った直後に倒れたから、あたしが診断して投薬して安眠させたのよ。次に、あたしが監禁場所に突入すると、今度は薬で眠らされたあなたがいたの」
アストリッドさんは仕方なく、私と晶兄を触手で確保し、現場から離脱したらしい。
「そして、あなたたち二人をこのセーフハウスに運び込んだというわけ」
「じゃあ、私が全裸なのは……?」
「いわゆる『消毒』のため。異形統御者の感覚認識で精査したら、あなたの衣服は下着にいたるまで盗聴器や発信器がウジャウジャと埋め込まれていたの。まあ、体内への注射はされてなかったみたいだけどね」
「それで……あなたのその格好は?」
「このセーフハウスの主へのご機嫌取り」
と、アストリッドさん。
「一周りも年下のあたしにこんな格好をさせて、滅茶苦茶にされるのが大好きな変態さんだけどね。こういう時には役に立つから」
「……」
私は念のために股間に手をやる。馬鹿馬鹿しい話ではある。処女を失う時に出血を伴うとは限らないし、破瓜の痕跡を誤魔化す手段は無数にある。ただ、それでもなお、そこで私は一息をつく。
「ふ~ん? 初めては『晶兄』のためにってわけ?」
彼女がケラケラ笑う前に、私は口を開いていた。
「――はい。その通りです」
「え……?」
「来年には唇を許そうと思っていました。その頃には、晶兄も第二次性徴を終え、幼い頃とは違って、その意味がわかるでしょうし」
「……いや」
「初体験は高校入学時点を予定しています。私と同じ志望校に合格させるつもりなので、まあ、ご褒美ですね。万が一、しくじったら、慰めの意味で初体験」
「あの……」
「で、高校三年間は青春を謳歌し、大学の間に結婚式と初出産を済ませて、平凡と呼ばれながらも、実のところ、現実には困難で、至高の価値がある、幸せな家庭を築きます」
「……全部、計画の上という事?」
「まさか」私は嘆息する。もしそうだったら、どれほどよかったことか。「これまでにも危うい時はあったんですよ。例えば、思春期に入った頃には焦りましたね。晶兄が私を『女』と意識し始めたんです。いえ、勿論、それ自体は順当でしたが、同時に私を露骨に避け始めたので一苦労ですよ。今思えば、あれは思春期男子にありがちな通過儀礼に過ぎませんでしたが」
でも、私は幼い頃、両親に言われたのだ。
『ツツジは将来きっと従兄弟のアキミツ君と結婚するね』――と。
ならば、晶兄には私の夫に相応しくなってもらわねばならない。
だから、私は晶兄をここまで育ててきたのだ。その結果、晶兄は中学二年男子にしては心身ともにかなりマシな方に仕上がったと自負している。というか、今の晶兄は、ラノベ主人公が務まるぐらいには有能な十四歳に仕上がったと思う(ついでに言えば、私は専業主婦志望で、守るよりも守られたい人間である。だから、なるべく家父長的に仕上げた)。
ただ、
「しかし、これは完全に想定の範囲外です。おかげで人生設計が大幅に狂い出しました」
「……あなた、彼の飼い主を気取っているの?」
何故かアストリッドさんの口調には非難めいたものがあった。
「? 私は晶兄の幸福を第一に考えているだけですよ。命がけの冒険は空想の中で十分。現実なんて、テンプレなラブコメがちょうどいい。――違いますか?」
「そうやって、彼を己の枷で縛ろうとしている。だから、飼い主気取りと言っているの」
「互いに影響を与え合っているだけですよ」私はアストリッドさんの誤解を訂正する。「私もまた晶兄の影響を強く受けています。実際、今の私は刑部先輩みたいに眼鏡かけて、百合趣味があって、見た目は『地味子』でしょう? これらは全て晶兄の好みに合わせた結果ですよ」
さすがに、刑部先輩と違って、あんなに髪を伸ばしてはないし、空手もやっていないし、胸も大きくないけど。
「それに後悔もしていているんです」
「……具体的には?」
「晶兄があなたのような女と手を組んだ事です。教育の失敗に他なりません」
「ふ~ん」
アストリッドさんは両足を組み替え、両手を伸ばした。胸と尻の膨らみとくびれを強調する姿勢だ。つまり――。
金髪碧眼美少女は私を挑発している。
「でも、実際にあなたの奪還に成功しているけど?」
「私の知る限りでも今の晶兄は、影山ほむらと影山ほのか、両名の生命と貞操を安く見ています」
「あら、それは……」
「おそらくは恋の盲目、私を助けるための非常手段のつもりだったのでしょう」
「なら……」
「しかし、私への一途な想い故とはいえ、同じ人間たる他者の生命と尊厳を軽んじるとは重大な問題行為です。世界は私と晶兄だけでできているわけではありませんから。修正が必要です」
***
***
***
「な・る・ほ・ど」
その時、あたしの臍下はジュクジュクしていた。
それは、生まれて初めて、誰かを本気で寝取りたくなった瞬間だった。
[了]