終わりの始まり
日差しが強く暑かったその日、魔王が死んだ。病死で眠るように息を引き取った。
思い返せば、全てここから始まったのだ、私の旅は。
◇◇◇
人間と魔族、2つの種族が争っていたのはもう昔の昔の話だ。
私が生まれる30年前、たった1日で世界中の何百、何千、何万でも済まされない程に多くの人が死ぬ大きな出来事があったのだという。生き残った数少ない者達によって『光の災害』と呼ばれることになったその出来事を経て、世界はゆっくりと、しかし確実に滅びへと近づいていった。我々はお互いに、滅んでしまった文明を前に戦いを止めざるを得なかったのだ。
衰退していく世界に対して魔族も人間も関係なく、協力せざるを得なかった。だが、私達は世界の危機に対してあまりにも無力だった。世界は段々と乾いていき、魔族も人も、住める環境が狭まっていった。
魔王の息子として生まれた私だったが、私の国はもはや国として機能していなかった。魔王を頼りにする者など誰もいない。リスターという名前を父から与えられた私は魔王の息子であったが、魔王ではなかった。国を動かす力などない。父の死と共に私の国は死んだのだ。
そもそも、父の代の時点で国民はもう王族になど頼っていなかった。滅びゆく世界に対して有効な打開策もとれない魔王達に国民は見切りをつけたのだ。家来もほとんどが消え、国民からも頼りにされなくなっても、父は魔王として自分の国をなんとかしようとしていた。だが、その努力が実ることはなかった。
大昔、魔族というのは実力主義社会であったらしい。強い者が王となる、強い者程偉い。そんなシンプルなルールしかなかったという。それが敵対とはいえ人間と関わるようになってから、魔族にもルールや規律というものが作られていったのだと歴史の勉強で習った。滅びという恐怖を前にルールなんて意味を成さなくなったその国は、そんな昔の魔族に戻ったようにも見える。
私は魔王城の王の私室で父の遺品を整理していた。そして、父の机の中から日記を見つけた。
魔王として、国を、魔族を守るために忙しく働いていた父がどういう人物だったのか、私はよく知らなかった。日記を読めば、父がどういう人だったのか知ることができるかもしれない。そう思って私は日記を開いた。多くは仕事に関する疲れを書いたものだったが、死ぬ前の日の1ページだけ、様子が違った。
もうすぐ私は死ぬ。なんとなくだが分かるのだ。
こうして魔王として国のために動いてきたが、国が良くなることはなかった。
息子と関わることもせずに仕事に明け暮れ、その結果がこれだ。
私は魔王としても、父親としても、私は最低だった。
もしも、聞いた話が本当ならば……。
全ては、死んだ父のせいだ。そして、その周りの奴らのせいだ。
先代の魔王、勇者、その仲間達、世界をこうした歴史、何もかもが憎い。
だが何よりも、あの日の光を私は憎む。
そして、世界のどこかにあるという神の装置の存在を憎む。
他のページの綺麗で丁寧な字の日記と違い、強く力をこめて書かれたのがよく分かる字だった。私は日記に書かれた『神の装置』という言葉が気になった。
そして私は旅に出ることに決めた。
最初はただの好奇心だった。『神の装置』について調べれば、この世界の状況もどうにかなるかもしれないという理由を盾に、このまま国にいてもどうしようもない、いっそこの国から逃げてしまいたいという気持ちを隠して私は旅の準備を始めた。止める者は誰もいない。私に思い入れがある者など、魔王の城には1人もいなかった。
◇◇◇
少しの水と食料を袋に入れて、私は1人でひっそりと城を出た。もうここに帰ることもないだろう。
正直に言えば、私は自分の国にそこまでの思い入れはなかった。魔王の息子であるが故に、城の外に出られる自由もなく、出られたとしても、外での自由もなかった。私の中の世界とは、たったそれだけの範囲しかなかった。つまり、私は城の外について何も知らなかったのだ。
国を出るどころか町を出るのさえままならなかった。そんな何も知らない私の旅は、不安ばかりを詰め込んだ始まりとなってしまった。