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クリームパンと祈原鈴の事情

 目を覚ます。

 見慣れない何処か白っぽい樹木が複雑に絡み合う天井が見えた。

「……ぅぇぁ、ぁぃ……」

 夢じゃ、ない。

 生まれたての幼児の様、というよりかは何年も眠り続け、衰弱した病人の様だと思う。

 意識が微睡から覚めるにつれ、眠る前のことを思いだした。

「ぁ、しぁ……」

 私は、と言ったつもりだったのだが、やはり声が上手く出せない。

 私、祈原鈴は一度死に、そしてこの世界に異世界転生した。

 本来の私は日本人らしく黒髪ボブだったのだが、今じゃあロングの金髪で、更には普通の人間ではありえないような特徴……『エルフ耳』がある。

 長く伸び、先に向けて尖った耳に上手く力の入らない腕を持ち上げ、指を這わせてみる。

 きちんと自分の暖かな体温や皮膚の感触が指先に現れ、指が這っている感触が耳に与えられた。

 これはやはり偽物ではないらしい。

 次いで、金髪を軽く引っ張る。

「ぃっ」

 痛みがある。これもカツラとかじゃない。

 どんどん自分が違う誰かになったという確証が胸の奥で膨らんでいくが、不思議と混乱は起きなかった。

 眠ってしまう前に散々泣きはらしたからだろうか。

 泣き疲れて眠ってしまったからだろうか。

 それとも、ずっと私を抱きしめて、大丈夫という言葉を繰り返していたこの身体の『お母さん』の──

「‼」

 反射的に体が強張った。

「ん……」

 小さな、吐息のような声がした。

 左に、あの女の人……『お母さん』が椅子に座って船を漕いでいた。

 少し痩せてはいるものの、美人と言えるような金髪の女の人。

 その薄青の瞳がゆらゆらと揺れ、こちらを捉えて、

「……リンネ。おはよう」

 まだ寝ぼけているのかぼんやりとこちらにそう言って、

「……リンネ⁉」

 女の人が叫んだ。

 反射的に身をすくめると、女の人は慌てたように笑い、

「ごめんなさいね、びっくりしたでしょう。大丈夫よ、私はあなたのお母さんなんだから」

 赤ん坊にするかのように、優しく抱きしめられた。

「あなたは私の子供。リンネ。それがあなたの名前よ。怖がらなくっていいわ。少しずつ、少しずつでいいの」

 頭を撫でられる。似ている、と思った。これは、あの二人の温かさによく似ている、と。

 じゃあ違うのは何?

 それは、きっとこれが兄弟に向けるようなものじゃなくって、親が、子供に向ける──

 意識が途切れた。


 次に目を覚ますと、自分の『両親』が立っていた。

 父親の抱擁っていうのは、こんなに優しいものなのかと知った。

 エルフの医者から診断を受けて、リハビリをするようになった。

 そこで知ったのは、私がこんなにも衰弱していた理由だった。

「魔力病……」

 それは、生物の誰もがなりうる病気。しかし発症頻度は低く、症例も少ない。しかし発症したが最後、高確率で患者を死に至らせる。

 しかし恐ろしく低い確率の中で生き残れた患者には、圧倒的な魔力が備わるようになる。

 それもまあ、続く高熱、魔力の異常損耗、肉体を蝕んでいく病気の原因、悪性魔力がもたらす激痛に心身ともに耐えられたらの話だが。

 娘さんはよく耐えた。絶望的な状況下で頑張ることの出来たこの子をきっと神様は守ってくださるよ──。

 そう医者が言っていた。

 リハビリをしている間はまだきちんとした食事は摂れない、ということでハーブみたいな匂いのする流動食のようなものを食べていた。

 きちんと日常生活できるような体力が付き、身体機能が回復して退院許可が出ると、院内の人全員が祝ってくれた。そのころにはこの特異な状況を何とか受け止めることが出来ていたし、素直に喜ぶことが出来た。

 その日は、初めて『家』に向かった。

 世界は沢山の木で出来ていて、陽光は沢山の葉を透かして届き、家すらも沢山の枝や幹で出来ていた。

 ファンタジーだあ、なんて思っていると、一軒の白い木で出来た家に着いた。

「ほら、ここが私たち家族の家よ」

 中は暖かくて、優しい木の匂いがした。

 思わず子供のようにはしゃいだが、まあ外見的には問題ない。

 私の姿は小学生の如く小柄で、幼いのだ。

 しかも病院にいた時も感じていたが、外見があまり変わっていない。

 ファンタジーでは定石の『エルフは寿命が異常に長く、老いも遅い』というのは健在のようだ。

 その日のご飯は、病院の質素なものではなく、とても豪華な食事だった。


「……よし」

 ちゃんと動くようになった口で一言呟いた。

 私は今、子供でも利用できる図書館に来ていた。

 周りの人は私が長い間眠っているのを知っていたのか優しかったし、両親だって優しい。

 だけどそれじゃあ『恩返し』と『親孝行』が出来ていない。

 甘えていてはだめだし、私にはもう一つの『家族』がある。

 だから取り敢えず、勉強することにしたのだ。

 この世界の常識、知るべきこと、お金を稼ぐ方法や上手く自分を活かせる場所を探す。

 この世界の通貨は金銀銅の貨幣に銀銅の紙幣。

 この世界には魔力というエネルギーが電気の様に流通している。

 この世界には魔法がある。

 この世界には三つの大国が中心となった戦争が半和平状態で存在している。

 この世界の主な種族は、「人間族(ノーマル)」「精霊族(エレメント)(エルフ、獣人などの亜人を指す)」「魔族(デーモン)」「妖精族(フェアリー)」の四つである。

「こんなとこかな」

 一通り受付でもらった羊皮紙(ごわごわする)にこっそり拝借してきた万年筆で書きとめる。

 本を閉じてまた別の本へ。それを繰り返していると、ぐんぐん時間はすり減っていった。

 気が付けば、もう帰らなくてはならないくらいに日が傾いていた。

 羊皮紙の裏面まで使い尽くし、二枚目にまで手を伸ばしていた私は、はっと我に返る。

「か、帰らないと」

 あの人たちが心配してしまう。そうするとこの身体にも申し訳なくなるというのに。

 羊皮紙二枚を掴み取って、万年筆を受付に戻しておき、図書館を後にする。

 それから数日。私は学校に通う事となった。

 この世界に学校が無いわけではなかったらしい。

 初めて学校へ行った日。

 両親が一緒ではないこの場で、魔力測定が行われた。

 そしてその数値はあまりにも普通じゃなかったらしい。

 そして私は特別クラスという隔離を受け──、

「プレアーさん! 今のところを答えてください!」

「魔力量がギリ足りずに自爆。あと魔力量6000越えの奴が一人いたら成功してましたー」

「く……っ!」

 今に至る。

 今の私は中学生サイズの小生意気エルフである。

 長めの金髪を軽くすくい上げる。

 先の方がウェーブしていた。何度も毛先を伸ばしたストレートに挑戦しているが、何故かこのウェーブは転生前から変わってくれない。

 転生したんだったらこの髪は何とかしてほしい、なんて思ってちょっとイライラしていると、またあのキーキーうるさい女教師が何か言おうとして、何やらやたらと幻想的なチャイムが鳴って授業が終わった。

「それじゃー失礼しまーす」

「あ、ま、待ちなさいプレアーさん!」

 聞かずに廊下へと出る。

 この学校は小中高一貫で、なおかつ弁当制ではないために購買がある。

 そして今日はそこで一週間に一度の「最高級クリームパン」の値引きがあるのだ──!

 普段は恐ろしく高いものの割引日だけは大幅値引きがある。だがその時間は十五分ととても短い。

 あの転生前に大好きだったクリームパンととても似た味のあれを逃すわけにはいかない!

 という訳で。

 ぎりぎり間に合いクリームパンを恰幅のいいおばちゃんから奪い去り金を置いていくといういつも通りの行為をして、そして何気なくカウンターの横に置かれた新聞が目に入った。

「勇者、召喚?」

 何やら面白そうな予感がする。そして、私が一度でもいいから元の世界に戻るきっかけになるかもしれない。

 クリームパンをむぐむぐしつつ、私は予定を立て始めた──。

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