とあるギルド職員の事情
「どうかされましたか?」
そんな声に我に返った。
俺こと大野和人は現在あの優しい執事っぽい人に渡された地図の通りに街へと辿り着き、衛兵と出会ったわけだが……。
「ん、あ、いえ。俺の暮らしてた集落じゃ、あんたみたいなかっこいい人は見たことなかったもんでさ」
「ああ、亜竜種は珍しいですからね。驚くのも無理はないと思いますが、怖がらないでくださいね?」
そう。今俺の目の前には、
衛兵の鎧を着た、
鱗とか生えちゃってて、
尻尾とかまである、
漫画とかで見る竜みたいな目をした、
やたらとかっちょいいお兄さんが立っていた。
顔とかは鱗とか入っちゃってるけども人間っぽいんだけど。
尻尾とか目とかはもうほんとにファンタジー。
俺の中の常識ががらがら崩れ去っていくぜ。へへへ。
「……あの?」
お兄さんが心配したかのように声をかけてくる。
その声に近くにいた衛兵がちらりとこちらを見る。
黙っていたことで警戒されたか。
「あー、すいませんけど衛兵さん。ギルドってここからどう行けばいいんでしょう。仕事斡旋してもらおうと思ってて」
「え、は、はい。ギルドでしたらこの道をまっすぐ行って右に曲がれば見えてきますよ」
急激な話題の転換に戸惑ったようだけど、衛兵は俺の求めていた答えをくれた。
よし、誤魔化せた。
異世界召喚ものって、主人公が異世界から来たと知られたら怪しまれること間違いなしだもんな!
衛兵に礼を言って人通りの多い道を歩き出す。
「……それにしてもファンタジーですこと」
歩く人の中には獣耳を生やした奴や、そもそも姿が人のそれと全く異なる奴なんていうのもいるし。
道端に並ぶ露店からは、
「ポーション一つ百二十エーテル! 安いよー!」
なんていう安いか高いかよく分からない値段を叫ぶおじさんや、
「魔導石はいかがですかー! 今なら加工素材としてイルミナ武具店に持ち込めば二割引きされまーす‼」
なんていうそもそも魔導石ってなんだよ、って言いたくなるような掛け声もある。
「……金の単位分かんないんじゃ暮らせないよな」
いくら元の世界に帰る方法を見つけたいと言っても、取り敢えず着るもの、食べられるもの、住む場所+良い稼ぎ方が無ければサバイバル出来ない俺では死んでしまう。
道端のベンチに座って、執事っぽいお兄さんから貰ったこの世界の常識が書いてある本を開いてみる。
目次を眺めて、幾つか重要そうな項目に学生鞄に入っていた黄色いマーカーペンで線を引いた。
ついでに携帯を取り出してみるが、
「……やっぱ圏外かよ」
何処かで希望を持っていたのだろうか。
「うあー」
現状を飲み込むことはできなくても、受け止めなければきっと対応できない。
気分を変えるために軽く伸びをして、
「金の単位、と」
もしもこの本が無くなってしまった時のために、とまっさらノートにシャーペンを走らせて書き写していく。
【貨幣・紙幣の単位】
『この人間国アルキミーアでは、貨幣の単位はエーテルとされている。
普通のポーションで三百エーテルといった具合だ』
つまりあのおじさんが叫んでたポーションって本当に安かったわけだ。
『最低の一エーテルは銅貨、十エーテルは銀貨となる。百エーテルは金貨となり、それ以上は紙幣での取引となる。
銅の装飾がされたものは千エーテル、銀の装飾がされたものは一万エーテルである。それ以上の紙幣は存在せず、例えば十万エーテルを支払う場合は銀紙幣を十枚まとめて支払う事となる。
なお、紙幣は偽造しやすいと考える輩もいるが、正規の製造法でなければ偽造しても紙幣と認められることはなく、紙幣に無意識に漏れる魔力で判別が可能なため、偽造はお勧めできない』
そこで文は終わっており、隣のページに銅貨や銀貨などの絵が描かれていた。
「……紙幣がやたらと高度なような気がすんなぁ……」
途中で現れた魔力とか言う描写に関してはもうスルーで行こうと決めた。
そしてあの執事っぽいお兄さんから貰ったお金は八百エーテルだと分かった。
どうせなら千エーテルにしてほしかった。
何せ道端の露店では食べ物も売っているのだが、
「はいコカトリスの焼き鳥だよー! 一個六百エーテルだよー!」
「キラーキャベツと爆破人参とビッグボアの肉で作った焼きそば、一個七百エーテルです! おひとついかがですかー!」
「ななななんと‼ あのワイルドレッドドラゴンの肉が手に入りました‼ 一切れしかないためお値段千エーテル!」
物凄く興味をそそられるもので一杯。
というかワイルドレッドドラゴンの肉って何超気になる!
まあ買ったら所持金とんでもないことになるけどな!
屋台の前を何とか素通りして、俺は大きな建物の前に立った。
ギルドだと屋根の上に乗っけられた看板から分かる。
勇気を出して踏み込む。
わいわいがやがやと普通の喧騒があった。怒鳴り声とか全然ない。
ギルドって荒くれ冒険者がひしめいてるとこだと思ってたけど全然違った。
家族連れなんかも普通にいるし、あまり威圧はされなさそうだ。
奥のカウンターに向かってみる。
優しそうな女の人が「いらっしゃいませ、ギルドへようこそ! 本日はどのようなご用件で?」と聞いてくる。
「あー、住民票の登録です。あと仕事を探してまして」
そう頭をかきながら言うと受付嬢は「はい、承りました」と言って書類を取り出す。
「えー、と?」
こっそり受付嬢の名札を見て、姓を後ろに回すかどうか確認。
「名前はカズト・オオノで、年は十六、と」
そのほかにもいくつかの項目を埋め、提出すると受付嬢はその書類を隣の機械に入れ、代わりに出てきたカードを渡してきた。
「こちらが住民票となります、オオノ様。それから登録記念といたしまして、こちらをプレゼントさせていただきます」
渡されたのは本だった。
「えー、と。これは?」
「日記帳のようなものです。詳細は本の中に書いてあります。いわゆる、サプライズのようなものですよ」
にっこりと笑みを見せられる。営業スマイルなのだろうが……綺麗な人だと思わずにはいられない。
「あ、あと仕事をお探しの様ですが……どのようなものが……」
「はい、できれば住み込みの仕事を探してます」
そう言うと受付嬢の笑みが凍った。そして冷や汗を流し始め……。
「お、オオノ様‼ 現在住み込みの仕事はこれしかないんです……!」
そう言ってプルプル震えながら受付嬢が差し出してきたのは、誠に好待遇な仕事だった。
【食堂での働き手募集。力仕事を頼める人員求む。三食休憩付き。時給三百エーテル】
三百エーテルが好待遇かはあんまりわかってないが、三食休憩付きは大きい。しかも住み込み。
「あ、あの……これでお願いできますか?」
「はう⁉ と、当ギルドは一切の責任を負えませんからね! 殴り込んだりしないでくださいね……?」
え、何かヤバいとこなの、という暇もなく、受付嬢はさっきのびくびく顔から一転、にこやかな営業スマイルで仕事の書かれた羊皮紙にスタンプを押し、
「住民票発行料、仕事仲介料、合わせて八百エーテルになります♪」
あ、そこはしっかりしてんのね。