リンネ・プレアーの事情 その二
「××××主よ、××××××××祈り××××、××から××と××巫女×××を授けたまえ────」
だ、れの、声────…………?
「お×! 主は我×に希××を授け××ださ××! この御×××が我らを救う道しるべにな×××××───!」
何、これ……?
「いいかい? 君の名前はリン××××××××」
何、言って……。
「××××××××××××××××─────」
やだ……誰か、誰か……秀君……大野く
「‼」
身体が跳ね上がった。
身体中が汗でびしょ濡れだった。
息が荒い。
身体も何だかだるい。
目のふちに汗ではない雫が浮かんでいるのに気づいてふらふらと力の入りにくい腕を動かした。
そこで気づいた。
「ぁ、ぇ?」
肌が紙のように白く、腕もかなり細くなっている。
声だって、あれ? といったつもりが口はほとんど動かずに空気を吐き出しただけだった。
──ここは、いつもの私の部屋じゃあ、無い?
ようやく視界に思考がくっついてきた。
布団が下半身にかけられていたが、わたし愛用のカバーではなく、簡素な白い色合いがそこにはある。
ここは病院だろうか。
そうだ、私はトラックに轢かれたんだ。
生きていることに安堵を覚える。
……でも、身体の具合からして結構眠ってたみたい。どれくらい時間が経ったのかな。
一週間。……いや、三日くらいがいい。
そのくらいの日にちで、身体はこんなに痩せ細ったりしないとは思うが、一年二年経ってたなんていう事になったらちょっと進学とか就職とかに影響しそうで怖い。
ようやく布団から視線を剥がして辺りを見回す。
現実逃避の意味合いもあったかもしれない。
でも、結局それは叶わなかった。
病院特有の白さなんてどこにもなかった。
その部屋は、沢山の樹木が折り重なり、絡み合って出来ていた。
「……ぇ?」
思考が空転した。
……外、国。なのかな。
違う。外国にだってこんな場所はないだろう。
じゃあ、ここはどこ?
ガチャン、という音が空白の思考に割り込んだ。
「……う、そ」
その人は肌が白くて、目が青くて、金髪な女の人だった。
……外国人?
その人は長い耳を揺らして自らの取り落とした花瓶の破片を踏み、よろよろとこちらへ歩み寄ってきた。
「りん、ね。本当に、リンネなの?」
リンネとは誰のことだろうか。
私の名前は鈴だし……。
「ああ……、リンネ!」
ぎゅう、と女の人に抱きすくめられた。
あの人違いです、なんて言う暇もなく、かき抱くように抱き締められた。
慌てて身を離そうとして腕をつっぱろうとするが、やめる。
この人の抱擁には、どこか縋っているような、安心したような気持ちが込められていたからだ。
私は、なすがままに抱き締められ続けた。
自分の姿が見たい、というと女の人は力の入らない私を支えてくれた。
部屋に備え付けられた洗面台へと案内される。
「……ひ」
喉が、引き攣った。
鏡の中に、私はいなかった。
代わりに、白い肌に青い瞳、金髪という女の人そっくりな顔立ちをした髪の長い少女が映っていた。
そして、もう一つ。その鏡に映った少女の耳は、いわゆるエルフ耳、という長い耳になっていた。
今私を支えている、女の人と同じ。
恐怖と悪寒が全身を這いずり回った。
身体ががくがくと震えた。なけなしの力が抜ける。
崩れ落ちた私を女の人が支えてくれる。
でも、誰かに支えられている感じはしなかった。
こんな耳の人間、地球には存在しない。
私は、まるでラノベの世界にでも巻き込まれたように、異世界転生したのだ。
事故で、いつも通りに学校へと向かっていただけなのに、あっさりと死んで。
涙が零れた。
「あぁ────!」
あの世界で私は死んだのだ。
大好きな幼馴染二人……私の『家族』にはもう会えない。
もう私は一人なのだ。
女の人のなだめる声を聴きながら、私は泣きじゃくった──。