大野和人の事情
その日、王様はとても浮かれていた。だからこそ、気づけなかった。その勇者の危険性に……。
その日。大野和人はいつも通りに寝坊して欠伸をしながら学校へと向かっていた。だからこそ気づけなかった。自分の歩いている一帯が、謎の物質消失事件の舞台であることに。
……。
「……え?」
目の前に、何だか知らんが大昔の貴族っぽい格好をしたおっさんが立っている。
何だ俺。また寝ぼけてんのか。
何かよく見ると周りにも人結構いるし。というかここどこだ。やたらと豪奢だなおい。
「よくぞ参られた、救国の勇者────」
何かおっさんが喋りだしたがまあ分かった。これは夢だ。
昨日お前はこんな異世界召喚系のラノベを読んだはずだ。
ついに鈴のラノベ熱に感染したか。
ヤバいな、俺。
これ鈴とか秀に言ったら大喜びされるんじゃないだろうか。
っていうか早く学校行かないと。今日テストなのに。
よし。目を覚まそう。
目を覚ますには痛みを感じるのが一番っていうよな、うん。
そうして俺は、目の前にいる王冠を被ったおっさんの長い髭を掴んで引き千切った。
「ぬぃいあぎゃひぃいいいいいいいい⁉ のぅ‼ のぅうあ‼」
おっさんが仰け反ってのたうち回る。だが俺は、そんなことよりも気になることがあった。
「……え?」
手に握った髭の感触は本物だ。昔触っていた爺さんのと同じ感触。
そして、のたうち回るおっさんが質素な服を着た人たちに介抱されながら言った。
「ぬあああああ⁉ せっ、せっかく勇者を召喚できたと思ったのにぃ! この魔法だってぇ、娘が一週間かけて編んだのにぃ!」
召、喚? 嫌な汗が噴き出た。
「おいおっさん、それってどういう事だ?」
「おっさんじゃない! 国王だ⁉ 今のはつまりっ、『異世界から勇者を召喚したっていう事』だぁっ!」
ぞ、と嫌な感覚が走り抜けた。