王様? と仲間たち? の事情
そこは、やけに紫やら黒やらを主張する空間だった。
角のような飾りが辺りの壁や床を這い、随分と禍々しい雰囲気を生み出している。
「おらぁ! いつまで引きこもってるつもりだ⁉」
突如、静寂が破られた。褐色の肌をした、燃えるような髪の男がこれまた随分禍々しいデザインの大扉を蹴りつけて開けたからだ。
「な、ガウルッ! 貴様、魔王様に断りもなく玉座の間を蹴り開けるなど……‼」
白に金の縁取りがされた衣装を纏った若侍のような少年が叫び、腰に下げた剣の柄を握る。
大扉の鍵だった閂の砕け散った木片がばらばらと散って床に幾つもの乾いた音を立てる。
「あぁ? 何だってんだよダルタニアン。もう三日も部屋に引きこもってる腰抜け魔王様にちょーっと過激な目覚ましを突き付けてやっただけだろう?」
「あの……」
「ふざけるなガウル! 魔王様にもしものことがあったらどうするつもりだ⁉ 異世界人ということは我々と違い酷く身体の弱い方かもしれぬのだぞ!」
「あのぉ……」
「は⁉ 魔王になれるほどの奴がそんなひ弱なわけねーだろうが! え⁉」
「そのもしもがあったらどうする気だ! 貴様が魔王になるのか⁉ リーゼ殿にも勝てないのにか⁉」
「あの──」
「「うるさい黙れ!」」
「ひぃぃぃい⁉」
髪の長い、地味な格好の少女が気絶した。
床に倒れかける彼女を支えたのは燕尾服を纏った老人だ。
「ガウル様、ダルタニアン様。あまり騒ぎ立てては──」
「あ⁉ ハリオスもこいつに味方すんのか⁉」
「ハリオス殿! あなたまで──」
「うっさああああああい‼ うっさいのよあんたたちぃ! エリスが気絶したでしょうが! え⁉」
突如会話を遮ったのは地味な少女の隣にいたやたらと扇情的な黒のボンテージで豊満な肉体を強調している女だった。
肩口までで切りそろえた金髪からは、悪魔のような角が二本生えている。
背に生えた翼で浮遊する彼女は眉をきつくして、
「いー加減にしなさいよあんたたちぃ! さっきからずーっと普段は寡黙なリーゼさんが『前見ろ』ジェスチャーしてんじゃないの!」
え、と呟いたガウルとダルタニアンは後ろを振り返る。
大きな、筋骨隆々の熊すら素手で絞め殺せそうな男が、その身体に似合わない動きで人差し指をちょいちょいと二人の後ろに向けていた。
また振り返る。
困ったような笑みをした少年が、掃除用具を両手で持って立っていた。
「「うおわあああああ⁉」」
ガウルとダルタニアンは突然目の前に現れた少年を見て、盛大に飛び退いた。
……びっくりさせちゃったかなあ。
僕──渡辺秀は取り敢えず、モップを持ったまま飛び退いた二人に近づいた。
「あ、あの……」
「……ぁん?……あー、何だお前。新入りか?」
黒い肌に真っ赤な髪で、頭にバンダナをまいた何だか随分大工っぽいお兄さんがそう問いかけてきた。
あー、まあ確かに新魔王だし、新入りでいいのかな。
「はい、新入りです」
「ん、そうか。それにしてもいきなり玉座の間の掃除を頼まれるたぁ災難だったな。ここ広いし」
大工っぽいお兄さんは随分優しい人みたいだ。それにしても後ろにいる人たちは誰だろう。さっき女の子が気絶しちゃったし。
というかあのボンテージのお姉さんは何なんだろう。キャバ嬢?
「あ、あの。ここの掃除は頼まれたんじゃなくって自主的に……」
「おー、そりゃ偉いな。でもなんでだ?」
「お客様が来るみたいですし、掃除しておいた方がいいかな、と」
そう答えつつ何となく思った。
何か僕、年齢よりずいぶん子供に見えてないかな。何だか対応が十六歳の高校生に向けるそれじゃあない気がするんだけど。
「ほんとお前、良い奴なのな。名前は?」
「渡辺秀です」
「ふーん。じゃあシュウ」
何だかいきなり呼び捨てにされた。……もしかして、これって異世界でよくある「名前の表記が外国人」ってやつかな。
でもお兄さんはもうシュウで確定しちゃったみたいだし、誤解は解かなくてもいいか。
それにしてもこの人、ちょっと和人に似てるかも。
「……ん、どうした?」
「あ、いえ。故郷にいる、僕の兄に何だか似てらっしゃるなー、って」
それにお兄さんが言葉を返そうとした時。
「シュウさーん! って、もう来てましたか!」
大きい紫色の玉座の後ろから、巫女さんの衣装を着たフィーリアが走ってきた。
「あ、フィーリア殿!」
それに反応したのがお兄さんの後ろにいたかっこいい若侍みたいな僕と同年代くらいの少年だ。
知り合いかな。っていうか、フィーリアの言ってたお客さんってもしかしてこの人たちだったり?
「あ? おい腹黒魔女、こいつお前の知り合いかよ」
お兄さんが酷かった。でも納得出来る一言である。
「あーっ、酷いですねガウルさん! それに「こいつ」じゃありませんよ皆さん‼ 新しい魔王様に何て言い草ですか!」
何だか、突然時が止まったような静寂が起きた。
そんな中、僕をぎぎぎと錆びついたブリキのロボットみたいな動きで見たお兄さんが、
「……え、おま、ま、魔王、なの?」
「? はい」
「……」
静寂の満ちる中、気絶していた女の子が頭を振って起き上がり、
「ん……? ふぁ、ぁ──」
「「「はぁあああああああああああ⁉」」」
「──」
ばたん、と再び気絶して、老執事さんに受け止められた。