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5.一週間(後編)

エストレアに来てから五日目。今日はファドリケ皇子が部屋に来なかった。


「きっと嫌われたんだわ」


昨日、パーティーから帰ってから何度となく思ったことを布団に包まりながらつぶやいた。


「そんなはずありませんわ」

「だったら、どうしてファドリケ皇子は来なかったの?昨日もおとといも、朝は挨拶に来てくださったのに……」

「皇子には事情がおありなのでしょう」


イザベルはそう言って慰めてくれるけど、はっきり言うと効果なし。


「昨夜、あんなこと言っちゃったからよ」

「いい加減にしてくださいまし。姫様がまだモノリスにいた頃、嫁に来いとアレほど熱烈にアプローチしていたお方が、そう簡単に気持ちを変えられるわけがありません」

「そんなこと言ったって、それはお兄様がわたしをその気にさせるために言っていた大嘘かもしれないじゃない。きっと嫌われたんだわ……」


覆水盆に還らず、いくら後悔したってもう遅いの。

あぁ、きっと嫌われたんだわ。

心なしか具合も悪くなってきた気がする。


失礼でぶしつけだったわ。明日はファドリケ皇子に会いに行って、きちんと謝ろう。


六日目、わたしはダルイ身体に鞭打って皇子に謝りに行こうとした。

そしたら会えないって言われちゃった。ファドリケ皇子の部屋の前で、騎士みたいなヒトに、部屋にお戻りくださいって。


言われるままに、イザベルに付き添われてふらふらと廊下を歩いた。


もしかして、顔も見たくないってことなの?そんなに嫌われちゃったの?

もうだめだわ。きっとそうなのよ。

わたしがあまりにも失礼だったから、わたしがエストレアに来る前にファドリケ皇子が抱いていたであろう会いたかった気持ちも、砂埃のごとく失せたんだわ。


行きよりもふらふらする足で用意された部屋に戻ると、ジーニーが聴診器を首にかけて待っていた。


ぼんやりする頭で、胸が苦しい、息が出来ない、涙が出てくる、これはきっと失恋したからに違いないと訴えれば、ジーニーは馬鹿な子を見る目つきで言った。


「発熱しています。おそらく風邪かと」


風邪?そんなの嘘。これは失恋したからだわ。

そんなことを思っていると、あれよあれよという間にドレスを脱がされ寝間着を着せられベッドに放り込まれた。

そこから先はあまり覚えていない。失恋で記憶まであいまいになるとは聞いたことがなかったから、やっぱりジーニーの言うとおり風邪だったのかもしれない。


その翌日の七日目。

三年くらい前、咳が出ないで一週間過ごせたことがある。虚弱体質が直ったのかと医者や侍女と喜びに浸り始めた次の日、わたしは高熱を発し生死の淵をさ迷い歩いた。うふふ、熱が出ないのは布石でしかないのよ。


上等な布団に包まれ、熱のある頭で考える。今日でちょうど一週間が過ぎるわ。

きっと何かが起こるのよ。もうすでに熱を出してるけど。

それでもって、物語の主人公よろしく不幸のどん底に突き落とされるんだわ!


まるまる二日間、ファドリケ皇子に会わなかったから、浮かれていた頭がはっきりしてきたというのもあるのかもしれない。

ていうか絶対にそうよ。わたしは現実が見えてきた。


恋ってあんまり良いものじゃなかったみたい……。恋した相手に会えないと、なんだか病気とは違った感覚で胸が苦しい。つまり、今は風邪と恋わずらいでいつもの二倍は体調がきついってことになるわ。


恋をしてなかったら、あんな変なこと(あくまでわたしにとっては褒め言葉だけど)言わなかったし、こんな傷ついた気持ちになることもなかったのに。


なんで恋なんかしちゃったんだろう。


それは多分、ファドリケ皇子がわたしを認めてくれたからだわ。

待っていたって言われて、わたしは初めて必要とされていると感じたのよ。


今まで、周りの人たちはどこかで諦めの気持ちでいたに違いない。それは事実だ。

わたしは長くは生きられない。そんな人を必要としたら、亡くしたときに悲しくなるだけだ。


わたし、皇子に必要とされたかったんだ。彼が生きていくうえで、なくてはならない存在になりたかったんだ。


でももうそれも叶わないんだわ……。

皇子にはあれっきり会ってないし、もう今日で一週間が経つ。人生の幸せを味わったわたしを待つのは死だけ……。


「イザベル、わたしまだ死にたくないわ」

「ただの風邪で何をおっしゃっているのですか。過去、姫様の罹った病気に比べれば今回は軽症もいいところですわ」

「でも、胸が苦しいのよ。なんだかこう、むかむかと……」


あれ、恋で苦しいときにむかむかなんていう擬態語は間違ってる気がする。


「桶なら枕元ですわ。ちょっと、そこのあなた」


わたしは桶に手を伸ばしてうつぶせになった。これは長年の勘だからわかるけど、この調子じゃ確実に吐くわ。そしてそれは恋わずらいのせいじゃなくて、風邪のせいなのもわかる。


「ジーニー様をお呼びしてくださる?そろそろ姫様の熱が上がる時間ですから――」


そうイザベルがもう一人の侍女に頼んだ時である。部屋の扉が開く音がして、誰かが入ってきた。


「その必要はないよ。僕が来たからね」


一体誰よ、ジーニーより役に立つ人材なんて早々いないんだからね。

と思って部屋に入ってきた人物を確認すれば、それは二日間会いたくてたまらなかった、ファドリケ皇子その人であった。


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