4.恋
4.恋
エストレアはとても綺麗だった。
爽やかな風、やさしく照る日の光。空は広く、視界いっぱい、地平線が続いている。
花の香りのする空気は暖かく、力に満ちていた。
新大陸。
生命と活力に満ち溢れ、新しい未来を紡いでいくのにふさわしい舞台。
エストレアはそんな場所に在った。
港に着いたモノリスの船を出迎えたのは、人々の歓声とどこからか舞い降ってくる若緑色の花弁だ。その内の一片が、甲板に出たわたしの元へひらひらと舞い落ちてきた。手で掴み観察してみる。人差し指ほどの大きさのそれは、とてもいい匂いがした。船旅でくたびれた心身が癒された気がする。
これは取って置こうっと。わたしがエストレアについてから、最初に手にしたものだから。そう思って服の胸元にそっと入れた。
船を下りると、歓声を上げていたヒト族の顔がよく見えた。どの顔も獣人族ほど毛深くなくて、髪の色がたくさんあって、これを言ったら失礼なのかもしれないけど、個々の顔の判別が難しかった。どれも同じような顔に見える……。
それにしても、動かない地面って素敵。最高潮に悪かった気分も落ち着いてきた。
深呼吸をして胸を張ると、桟橋の入り口あたりに、銀色に光る金属の鎧を着て武器を持った人たちが立っているのが見えた。
その中から一人、他の人より豪奢な服を着た、でも武器は持っていない男性が歩み出てくる。
というか、多分、男性。エストレアの女性が着るというドレスを着ていなかったから。
その人は真っ先にわたしの前に跪き、こう言った。
「ようこそエストレア帝国へ、ニーナ姫。私は第七皇子のファドリケ」
驚いたわ!このヒトがわたしの旦那さまね?
そのヒトは真っ直ぐな砂色の髪をしていて、桜色の肌だった。彼の仕草と共に、髪がさらさらと揺れる。思わず触っちゃいたくなるような、そんな毛並みだった。
「貴方と合間見える、今日という日を待ち望んでいました。どうぞ私と結婚してください」
そう言ってそのヒトは私の右手を取り、赤い唇を甲へ押し付けた。
「……!!!!」
どうしましょう!?どうすればいいの!?
顔が真っ赤になるのが自分でもわかったわ。あわてて側にいたお兄様の方をちらっと見ると、お兄様はにっこり笑いながら頷いた。
わたしは目の前で跪いているヒトへ視線を戻すと、ごくりとのどを鳴らした。
覚悟を決めなくちゃ。この言葉を言えば、わたしはもう戻れない。
それでもわたしは言わなくちゃならないんだわ。
今までわたしを育ててくれた国のために、今のわたしを形作った人々のために。
わたしはこのヒトと、結婚しなくちゃならないんだわ。
「か、か、歓迎……!ありがとう、ございます……。その――」
途中で声が裏返っちゃって恥ずかしい。
「――喜んでお受けします……!」
そっと相手の顔を伺い見て、ちょうど顔を上げたそのヒトと目が合う。彼はとても綺麗な空色の瞳を持っていた。
その時、わたしは何もかも忘れた。
長かった船旅も、最高潮に悪かった気分も、動かない硬い地面も。
国のためとか、誰かに言われたからとか、そんなこと全部、関係なくなっていた。
目が合うと、彼はそのやさしげな顔に微笑を浮かべた。
その笑みを見たわたしは、人生で初めて恋に落ちた。
わたしを見て幸福そうに笑うファドリケ皇子に、恋をしたのだ。